講演資料 『黒い雨』訴訟と新ヒバクシャ援護法 小山美砂さん 毎日新聞大阪社会部記者9月18日(日)13:30~15:30

小山美砂『「黒い雨」裁判』集英社新書2022年7月20日

9月18日 小山美砂オンライン講演会にご参加のみなさま

 本日の講師のスライド、および、関係資料です。

2022年9月18日 内部被ばくを考える市民研究会 オンライン講演会 小山美砂 スライド

原爆被爆者対策基本問題懇談会意見報告(概要) 厚生大臣の私的諮問機関 1980年12月11日

「黒い雨」訴訟 意見書 広島黒い雨の特性について 琉球大学名誉教授 矢ヶ崎克馬 2017年11月29日

「2021岡山市医師会医学会発表  「2011年フクシマ原発事故による放射能汚染、東京から避難移住した一開業医が東日本、首都圏、さらに岡山の健康被害を考える 第4報」  県民健康調査vs『新ヒバクシャ』」youtube動画 14分34秒

 内部被ばくを考える市民研究会事務局

内部被ばくを考える市民研究会 例会 小山美砂さんを迎えて 9月18日(日)13:30~15:30 ツィキャス

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講演 『黒い雨』訴訟と新ヒバクシャ援護法 小山美砂さん 毎日新聞大阪社会部記者9月18日(日)13:30~15:30 ツィキャス
事前、お申し込みの方はZoomでも視聴できます。


 2021年7月14日広島高裁は、「黒い雨」を浴びた原告84人全員を被爆者として認めた前年の広島地裁判決を認め、国の控訴を棄却しました。同年7月26日菅政権は、「84人の原告の皆さんについて、被爆者援護法に基づき、その理念に立ち返る中で救済するべきだと考えました」との首相の政治判断を示し、最高裁への上告を断念しました。

 小山美砂さんは、毎日新聞の広島支局の記者として2018年から「黒い雨」訴訟の担当となり、この「黒い雨」訴訟の原告の被爆者とともに取材を続けてきました。2022年7月20日に集英社新書から「『黒い雨』訴訟」を出版しました。

小山美砂『「黒い雨」裁判』集英社新書2022年7月20日

 序章 終わらない戦後 に小山美砂さんはこう書いています。

「なぜ、黒い雨被爆者は戦後75年余りも間、置き去りにされてきたのか。そこには、被ばくの影響を訴える声を『切り捨てる』論理があった。これに異議を唱え、被ばくを巡る救済のあり方を問うたのが、『黒い雨』訴訟だった。黒い雨被爆者がなぜ、どのように切り捨てられ、そして何を訴えて援護を勝ち得たのか。本書は、黒い雨被爆者が『切り捨てられてきた』戦後を記録した、初めてのノンフィクションである。その記録は長崎で、福島で、そして世界中で今も置き去りにされている放射線による被害者を救う道しるべになると確信している。」

 裁判の中で、「黒い雨」を浴びた人々が爆心地近くで被ばくした人々と同様に、原爆症を発症していたことが明らかになっています。原子物理学者で反原発を唱えていた、水戸巌氏の言葉を借りて、「外部被ばくは、機関銃を外から撃たれたようなもので、一過性。だが、内部被ばくは体の中に機関銃を抱えて、内部から絶えず弾丸を打ち出されているようなものだ」と紹介しています。この訴訟が、福島第一原発事故への影響を恐れた厚生労働省の田村憲久大臣は「空気中の浮遊していた放射性微粒子を吸い込む、もしくは食物、飲料水などから体の中に入れる場合、放射線量に限らず、そういう(健康影響を与える)可能性がある、ということが(判決文)に書かれている」と発言したことも紹介されています。この小山美砂さんの「『黒い雨』訴訟」は、内部被ばくの教科書として読めると思います。

 「100ミリシーベルト以上の放射線を浴びた場合は病気を発症するが、それ未満の放射線ならば放射線によって発症することはない」という「100ミリシーベルト閾値論」を国は主張してきました。「100ミリシーベルト閾値論」の根拠は、寿命調査と呼ばれる広島・長崎の被爆者生存追跡データです。しかし、この寿命調査は、初期放射線に対する評価であって、黒い雨で問題となる残留放射線の影響は排除されています。広島地裁判決では、この「100ミリシーベルト閾値論」を取らず、原告それぞれが「身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような状況にあった者」と言えるか否か検討した、と書かれています。
 まさに、東電福島第一原発事故の放射能を受けてしまった、私たち新ヒバクシャは、この「放射能の影響を受けるような状況にあった者」ではないでしょうか。

 序章に原告3人の方が紹介されています。その健康被害とは

① 川本妙子さん。原爆投下当時3歳。23歳の時に甲状腺機能低下症。その後、糖尿病、骨髄異形成症候群(白血病の前段階と言われる)、68歳、72歳で脳梗塞。

② 斉藤徹磨さん。原爆投下当時13歳。30歳過ぎてから体調を崩しがちになり、高血圧、白内障、糖尿病、心臓弁膜症、高脂血症。

③ 高東征二さん。原爆投下当時3歳。投下当時自宅の中にいた。見上げた空の色が、赤、黄、青、緑と色を変えた。チリや灰が降ってきたことを記憶している。しかし、その後の記憶がない。比較的健康で、雨に濡れた記憶もない。しかし、運動の過程で知り合った研究者からは、「チリや灰など、放射性微粒子が浮遊する空間にいたのだから被ばくしています」と言われている。高血圧を発症し、2019年、74歳の時に脳梗塞で入院。その後、不整脈、心房細動のカテーテルアブレーション治療を受けた。

 原発事故からまだ、11年。川本さんが発症したのは20年後、斉藤さんが発症したのは17年後、高東さんが発症したのは71年後。私たち新ヒバクシャが、自分の健康被害と向き合うのは、これからではないでしょうか。黒い雨被爆者の現在は私たちの未来かもしれません。自らの問題として、この「黒い雨」訴訟を学びたいと思います。

 事前申し込みいただいた方には、Zoom案内をお送りします。
以下、事務局宛て、お名前とZ0om参加のメールアドレスをお送り下さい。折り返し、参加Zoom urlをお送りします。


申し込み 内部被ばくを考える市民研究会事務局
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事前申し込みは9月18日12:00までです。

 本、小山美砂さん講演会にカンパをお願いいたします。お一人1000円程度のカンパをいただけるとありがたいです。

振込先:内部被ばくを考える市民研究会

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「黒い雨」不安一掃を重視 広島高裁判決、発症前でも救済に道開く

深掘り 金秀蓮 中山敦貴 小山美砂 芝村侑美

2021年7月14日 毎日新聞 

「黒い雨」の体験者への被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟の控訴審判決を前に、広島高裁に向かう原告団=広島市中区で2021年7月14日午後2時14分、山田尚弘撮影
「黒い雨」の体験者への被爆者健康手帳の交付を求めた訴訟の控訴審判決を前に、広島高裁に向かう原告団=広島市中区で2021年7月14日午後2時14分、山田尚弘撮影

 「黒い雨」を巡る14日の広島高裁判決は、再び住民全員を被爆者と認めた。放射線の影響への不安を一掃するという被爆者援護法の理念を重視し、病気の発症前でも被爆者と認める新たな枠組みを示した。「科学的裏付け」にこだわってきた国の姿勢が否定された形だが、今回の司法判断は早期救済に結びつくのか。

 「被爆者援護行政の根本的な見直しを迫る画期的な判決だ」。閉廷後、原告側の竹森雅泰弁護士が声明を読み上げると、集まった原告や支援者から拍手が起こった。

 最大の争点となったのは、原告らが被爆者援護法の「3号被爆者」といえるかどうかだ。同法では「原爆放射能の影響を受けるような事情の下にあった者」と定め、直接被爆(1号被爆者)や原爆投下後2週間以内に爆心地近くに行った入市被爆(2号被爆者)などと区別している。

「黒い雨」と国の援護対象区域
「黒い雨」と国の援護対象区域

 1審・広島地裁判決は、この規定を「健康被害を生じる可能性」があったかどうかで判断すべきだと解釈したが、高裁判決は「健康被害を否定することができない事情があれば足りる」として、認定のハードルを一段下げた。

 救済の枠組みも1審判決より踏み込んだ。

 国は1976年、終戦直後の気象台調査に基づき、大雨が降ったとされる地域を黒い雨の援護区域に指定。この区域にいた人は無料で健康診断が受けられ、国が「放射線の影響が否定できない」と定める造血機能障害など11種類の疾患を発症すれば「被爆者」とみなされ、被爆者健康手帳を受け取れる。

 1審判決はこの仕組みを準用し、区域外であっても黒い雨に遭い、11疾患を発症すれば被爆者と認める判断基準を示した。

 高裁判決は、健康被害が顕在化していない住民も援護対象とする法の趣旨を踏まえ、11疾患を発症していなくても被爆者と認定する枠組みを提示。さらに多くの黒い雨体験者が救済される道を切り開いた。

 黒い雨を巡っては、広島市や広島県などが長年にわたって区域拡大を求めてきた。しかし、国は80年に厚相(当時)の諮問機関が出した「被爆地域の指定は科学的・合理的根拠のある場合に限定して行うべきだ」との報告書を盾に否定し続けてきた。

「黒い雨」訴訟・控訴審の主な争点
「黒い雨」訴訟・控訴審の主な争点

 今回の訴訟でも国は被爆者認定に「高度な立証」を求めたが、高裁判決は「認定を否定するためでなく、被爆者と認めるために科学的知見を活用すべきだ」と厳しく批判した。

 科学的知見を巡って争点となったのが、黒い雨による健康被害があるかどうかだ。

<中略>

 1審判決後に体調を悪化させて入院した原告も少なくなく、県と市は訴訟や検討会の結論を待たない早期の救済を求めている。共に原告として闘った姉を2018年に亡くした原告の広谷倉三さん(79)は、「国は、被害を否定しようと意地になっとる。わしらもあと何年生きられるかわからず、先がない。一刻も早く『被爆者』と認めてほしい」と訴えた。

 ただ、国にとって「科学的な根拠がない」として控訴した1審判決を踏襲する広島高裁判決は受け入れ難い。厚労省幹部は「控訴した理由を考えれば、上告を視野に検討することになるだろう。だが、県と市がどのような方針か分からず、今後について協議して対応したい」と話す。衆院選が間近に迫っており、ある省庁幹部は「上告を断念し、原告を救済する政治的判断はあるかもしれない」と指摘する。上告期限の28日まで検討を重ねる方針だ。【金秀蓮、小山美砂】

長崎の「被爆体験者」にも光

 国による援護対象区域の線引きを巡っては、長崎でも区域外にいたため被爆者と認められない「被爆体験者」が、広島と同様の訴訟を相次いで起こしている。最高裁で敗訴が確定したが、一部の原告は再提訴して現在も争っており、援護対象区域外にいた原告の訴えを認めた広島高裁判決を歓迎する声が上がった。

岩永千代子さん
岩永千代子さん

 長崎では原爆投下当時の行政区域を基に、爆心地から南北各約12キロ、東西各約7キロのいびつな形で被爆地域が指定されている。被爆地域内の被爆者は被爆者健康手帳を所持し、医療費が無料となるのに対し、同じ半径12キロ以内でも被爆地域の外側にいた「被爆体験者」への援護内容は、1年に1回の無料健康診断など限られている。

 このため、12キロ圏内でも被爆者と認められない東西約7~12キロの「被爆体験者」が2007年以降、放射性物質で汚染された水や農作物などを摂取し内部被ばくしたとして、被爆者健康手帳交付を求めて長崎地裁に集団提訴した。しかし、地裁、福岡高裁ともに訴えを退け、17年に最高裁で敗訴が確定。11年には第2陣が提訴し、長崎地裁が161人のうち10人を被爆者と認めたが、福岡高裁で全員敗訴し、19年に最高裁で敗訴が確定した。1陣、2陣の原告の一部は再提訴し、長崎地裁で争っている。

 広島高裁の判決を受け、長崎市内で記者会見した第1陣の原告団長の岩永千代子さん(85)は「光が見えてきた。見捨てられたまま亡くなっていく被爆者の存在を歴史から消させないための礎になる判決だ」と評価。第2陣の原告団長の山内武さん(78)は「今回の判決が私たちの訴訟に良い影響を与えてほしい」と期待した。弁護団の三宅敬英(としひで)弁護士は「長崎も広島と同じ論点で闘っており、長崎の原告の全面勝訴、全面救済につながる一歩だ」と話した。【中山敦貴】

阿蘇のコシヒカリの農家さんのご紹介 2022 水田土壌はセシウム137 2.2ベクレル/kg セシウム134は不検出(<0.084)

阿蘇のコシヒカリ農家さんの農地土壌を採取し、阿蘇のコシヒカリの水田土壌を測定させていただきました。

 ちくりん舎のゲルマニウム半導体検出器で68.6時間測定で、セシウム134 不検出(検出限界0.084ベクレル/kg)、セシウム137だけが検出されました。2.2±0.45ベクレル/kgです。 

水田土壌測定結果 

阿蘇 水田土壌(阿蘇市中原154) 1822.6g セシウム134 不検出(検出限界0.084ベクレル/kg) セシウム137 2.2±0.45Bq/kg 土壌採取日 2022年6月9日 14:00pm 測定日 2022年7月1日 Ge半導体検出器 68.6時間測定

 これはほぼ大気圏内核実験によって降下したセシウム137のみと考えられるほど低い汚染度であると思います。2009年平均の日本全国の土壌0~5cmのセシウム137の汚染度は下記をご覧下さい。熊本県阿蘇市西原村の土壌はセシウム137が38ベクレル/kg(表土0~5cm)でした。これと比較すると非常に低い汚染であると考えられます。

 この阿蘇のコシヒカリを1俵(30kg入りを2つ、玄米です)、送料込みで27,000円で販売します。このうち、1000円分は、ゲルマニウム半導体検出器で24時間以上測定した際の検査費用として使わせていただきます。<申し込み方法は一番下にあります>

ちくりん舎測定結果報告書 熊本県阿蘇市 水田土壌 中原154 セシウム134 ND(<0.0075) セシウム137 1.9 2021年6月10日 14:00 採取
ちくりん舎測定結果報告書 熊本県阿蘇市 水田土壌  中原154(試料稲土壌)14工区 セシウム134 ND(<0.084) セシウム137 2.2 スペクトルデータ 2022年6月9日 10:00am採取 

ちくりん舎測定結果報告書 熊本県阿蘇市 水田土壌  中原154(試料稲土壌)14工区 セシウム137 2.2±0.45 スペクトルデータ 2022年6月9日 10:00am採取

土壌 0から5cm 中のセシウム137測定値 2009年度年間平均 環境中の放射能より

 原発事故前の水田土壌中のストロンチウム90とその土壌で育った白米中のストロンチウム90、水田土壌のセシウム137とその土壌で育った白米中のセシウム137のデータです。セシウム137が水田土壌に5.7ベクレル/kgあって、白米には0.063ベクレル/kgなどです。つまり、今回の熊本県阿蘇市のように水田土壌にセシウム137が2.2ベクレル/kg程度であれば、白米には0.1ベクレル/kgもない、ということを示しています。

2009年度 白米および水田土壌のストロンチウム90、セシウム137濃度 単位 ベクレル/kg

 東電福島第一原発事故前には、白米中のストロンチウム90は0.005ベクレル/kg程度、セシウム137は0.05ベクレル/kg程度まで下がっていました。熊本県阿蘇市のお米はこの程度の放射能汚染であると思います。

玄米と白米におけるSr90とCs137濃度の経年推移(全国平均) 駒村ら 2006年

阿蘇のコシヒカリ栽培農家

熊本県阿蘇市
農業者 田中幸博さん
経営規模 水田   465アール
     水稲   120アール
     飼料稲  250アール
    ねぎ    25アール  
     飼料作物  70アール  


繁殖牛(褐色和牛) 5頭 阿蘇のあか牛を飼育

このお米は、除草剤を1回だけ使用し、有機肥料で育てた、有機肥料・減農薬の特栽米です。

 この阿蘇のコシヒカリを1俵(30kg入りを2つ、玄米です)、送料込みで27,000円で販売します。このうち、1000円分は、ゲルマニウム半導体検出器で24時間以上測定した際の検査費用として使わせていただきます。また、半俵(30kg入り1袋)も販売します。13,500円とさせていただきます。

 また、ねぎ5kgも販売します。送料込みで1箱5kg入り4000円です。お金はお米と同時期に納入いただきますが、ねぎの発送は一番おいしくなった12月の中旬に送らせていただきます。

 数量は24俵です。9月22日までに下記のアドレスまでに、下記の内容をお申し込み下さい。かならず、下記の内容をお書き下さい。また、同様に9月30日までに1俵あたり27,000円をお振り込み下さい。9月20日過ぎには発送させていただきます。振り込み先は申し込みを確認した際に改めてご案内します。

申し込みアドレス

entry.naibu@gmail.com 内部被ばくを考える市民研究会事務局

申し込み内容

1.氏名
2.メールアドレス
3.申し込み俵数・箱数 阿蘇のコシヒカリ  俵

         ねぎ  箱

(1俵あたり27,000円、ねぎ5kg 1箱4,000円、お米半俵の場合は13,500円)
4.送付先住所
5.電話番号
6.振り込み金額      円

(1俵あたり27,000円、ねぎ5kg 1箱4,000円、お米半俵の場合は13,500円)
7.振込者名
※ 申し込み者と振込者名が違う場合は必ず7番をお書き下さい。
同じ場合は「1に同じ」で結構です。

申し込み締め切り 2022年9月15日 第1次締め切り
2022年9月22日 第2次締め切り

メールの申し込み後、振込先をご連絡します。

内部被ばくを考える市民研究会 例会 2022年7月3日(日)13:30~15:30 ツィキャスのみ配信

※ 基本的に毎月日曜日に開催しています。以下、ツイキャスをご覧下さい。会員の方はZoomでも視聴できます。

ぜひ、ツィキャスをご覧下さい。

ツイキャス http://twitcasting.tv/naibuhibakushim/show/

本日のテーマ

1. [連続講座4] 内部被ばく1ミリシーベルトは放射性セシウムがか
らだに5万1000ベクレルあること。死の危険。放射能の単位、ミリシー
ベルトとは。<続編>

福島県県民健康管理調査検討委員会 検査結果の見かた 1mSvとはセシウム134が2万 セシウム137が3万1000ベクレルあること 枠付き 20110724 拡大版

13:30~14:00 報告 川根眞也

2. 福島県の小児甲状腺がん、原発事故の影響ではないのか?隠され
た初期被ばくを追う。311子ども甲状腺がん裁判に支援を!

14:00~14:30 報告 川根眞也


3. 東電 福島第一原発事故、国に責任はないとした6.17最高裁判決文
を読む/葛尾村、大熊町の「特定復興再生拠点区域」避難指示解除は間違いだ

14:30~15:00 報告 川根眞也


4. ドイツの脱原発とNATOの非核兵器化、日本は何をしているのか?

  15:00~15:30 報告 川根眞也

ツイキャス http://twitcasting.tv/naibuhibakushim/show/

 5月例会より、およそ24回連続で、原発事故と内部被ばくについて連続講座を開いていきます。川根が原発事故以降11年間にかけて、調べて、読み、考えてきたこと。そして、第1種放射線取扱主任者試験の勉強を通じて理解したこと。国際放射線防護委員会(ICRP)、国連科学委員会(UNSCEAR)、国際原子力機関(IAEA)、放射線影響研究所(RERF)、日本の放射線医学総合研究所の、放射線防護学の誤りについて、お話ししていきたいと思います。

 第4回目は放射能の単位、ミリシーベルトとは。<続編>についてです。

 記事1は、2022年6月30日に「特定復興再生拠点」が避難指示解除された大熊町についてのものです。この中で「東北大の吉田浩子研究教授(放射線防護)は「帰還した住民は大半の時間を家の中で過ごす。復興拠点でも住民の被ばく量は年間1ミリシーベルト程度に落ち着くはずで、健康リスクは十分低い」と説明する。」と書かれています。土地の放射能汚染を無視した、暴論です。この帰還困難区域に住民を帰還させることは、緩慢な殺人を意味すると思います。ベクレルとミリシーベルトとの関係を考えていきます。

<参考>

大熊町の土壌汚染はチェルノブイリを超えている 2013年5月6日 内部被ばくを考える市民研究会資料

https://www.radiationexposuresociety.com/archives/2935

[記事1]

福島第1原発事故 大熊町、一部避難解除 復興拠点、かさむ費用 除染・解体、6町村で2911億円 

2022年7月1日 毎日新聞 朝刊 19面

 東京電力福島第1原発事故に伴う福島県の帰還困難区域のうち、政府が優先的に除染を進めてきた特定復興再生拠点区域(復興拠点)で避難指示の解除が始まった。最初の葛尾(かつらお)村が6月12日から、2例目の大熊町は30日からで、全町民の避難が唯一続く双葉町でも近く解除される見通し。ただ、将来にわたり避難指示が続くとされた帰還困難区域に人が住めるようにする取り組みには、課題も少なくない。【尾崎修二】

 「町の復興に向けた大きな節目だ。ようやくスタートラインに立った」。大熊町のJR大野駅前で30日午前9時、避難指示の解除に合わせて始まったパトロールの出動式で、吉田淳町長はこう述べた。周辺は再開発のまっただ中。行き交うのは、除染や建物の解体に取り組む業者がほとんどだ。

 帰還困難区域は、政府が2011年12月時点で、年間の放射線被ばく線量が50ミリシーベルト(毎時9・5マイクロシーベルト相当)を超え、5年たっても20ミリシーベルトを下回らないと見込まれた地域を指す。県内7市町村(南相馬市、飯舘村、葛尾村、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町)の約3万3700ヘクタール。13年8月までに設けられ、当初は定住できないとされていた。

 だが、政府は16年8月、年月を経て空間放射線量が下がり、地元の要望も根強くあるとの理由で、除染の済んだ一部地域で避難指示を解除する方針を決めた。17~18年には南相馬市を除く6町村に復興拠点を設定し、除染やインフラ整備を優先的に進めた。

 避難指示解除の目安は、線量が毎時3・8マイクロシーベルトを下回ることだ。線量の高い地域ほど、除染の作業は大がかりにならざるを得ない。大熊町下野上の県立大野病院(閉鎖中)前では5月中旬、作業員たちが、歩道のアスファルト舗装の表面を重機ではがし、路盤と呼ばれる部分をさらに5センチ削り取る作業に汗を流した。

 環境省のガイドラインによると、道路の除染は、主として路面を洗い流したり、表面を削ったりする作業だ。だが、大野病院前では、雨水が染み込んだ亀裂の付近の線量が高く、たまった土をかき出しても線量は下がりきらなかった。舗装をはがす除染は双葉町や富岡町でも行われたという。

 環境省によると、ガイドライン記載の作業だけでは除染が不十分な事例は他の復興拠点でも散見された。同じ場所での除染が繰り返され、当初は「今年春ごろ」とされた避難指示の解除は6月末にずれ込んだ。

 大熊町の依頼で除染の効果や手法について検証した小豆川勝見・東京大助教(環境分析化学)は「帰還困難区域の除染は従来と次元が違う。相当な手間とコストがかかる」と指摘する。

 6町村の復興拠点は計約2747ヘクタールで、実際に除染する面積は計約2166ヘクタール。除染はおおむね完了しており、22年度末までの除染費用は家屋の解体費も含めて2911億円に上る見通しだ。1ヘクタール当たり約1億3400万円の計算。住民や自治体の要望があれば、今後もさらに作業を続ける。従来の除染は東電が費用を負担してきたが、帰還困難区域については、住民に対する東電側の賠償は済んだとして、全額が国費でまかなわれる。

福島第1原発事故 大熊町、一部避難解除 復興拠点、かさむ費用 除染・解体、6町村で2911億円 2022年7月1日 毎日新聞 朝刊 19面

残る不安、帰還少なく

 復興拠点の避難指示解除が先行する葛尾、大熊、双葉の3町村は、当面の帰還者がごく一部にとどまる見通しだ。解除を前に、帰還に向けて寝泊まりする「準備宿泊」に登録した住民が、住民票を置く人の1~5%で、合計しても100人強にとどまっている。

 帰還困難区域がある7自治体のうち飯舘村を除く6市町村の住民を対象に、復興庁が21年に実施したアンケートによると、帰還しないと決めている理由(複数回答)で最も多かったのは、避難先に生活基盤が移ったことだ。大熊、双葉両町では6割近くを占めた。一方、空間放射線量や原発の安全性への不安を挙げる人も、大熊、双葉両町では2割強に上る。

 環境省によると、大熊町の復興拠点では、避難指示解除の目安となる線量(毎時3・8マイクロシーベルト)をおおむね下回るものの、毎時1~2マイクロシーベルト前後の地点は屋外に点在している。

 東北大の吉田浩子研究教授(放射線防護)は「帰還した住民は大半の時間を家の中で過ごす。復興拠点でも住民の被ばく量は年間1ミリシーベルト程度に落ち着くはずで、健康リスクは十分低い」と説明する。

 ただ、住民の受け止め方は一様ではない。

 避難指示の解除を待って帰還したいという双葉町の男性(71)は自ら重機を運転し、自宅裏山の樹木を伐採した。落ち葉や表土を取り除く環境省の除染だけでは不安だったからだ。

 線量が局所的に高い「ホットスポット」が自宅の庭で見つかった大熊町の70代女性は「他地域より線量が高いまま『解除』といわれても納得できない」という。「もう放射線は気にしていない」という住民もいる一方で、「子どもを住ませるのは不安」などの声もある。

 「避難指示解除はゴールではなく、復興のスタートだ」。岸田文雄首相は6月5日に葛尾村を視察してこう述べた。残る浪江、富岡、飯舘の3町村にある復興拠点は、来春ごろまでの避難指示解除が見込まれる。

 吉田研究教授は「点在する高線量のスポットには長居しないよう注意を喚起し、帰還する住民が気軽に放射線に関する心配事を相談できる仕組みを作ることが必要だ」と指摘し、政府や自治体が住民に対し、息の長い支援を続けるよう求めている。


帰還困難区域を巡る動向

2011年

  3月 原発事故が発生。その後、20キロ圏内などが警戒区域に

 12月 政府が避難指示区域の再編を決定。新設の帰還困難区域は「将来にわたり居住を制限する」と定義

  13年

 12月 「全員帰還」の原則を転換し、帰還困難区域の住民らの避難先への移住を支援する指針を政府が決定

  16年

  8月 帰還困難区域の一部に「復興拠点」を設けて集中的に除染し、5年後をめどに避難指示の解除を目指す方針を政府が決定

  17年

  6月 政府が復興拠点を国費で除染する方針を決定。その後、18年5月までに各復興拠点を設定。除染やインフラ整備が始まる

  20年

  3月 JR常磐線の全線開通に伴い、復興拠点内にある鉄路や駅周辺の避難指示が解除

  21年

  8月 復興拠点ではない帰還困難区域への帰還希望者の宅地や道路を除染する方針を政府が決定

  22年

  6月 葛尾村と大熊町の復興拠点で避難指示が解除

トリチウムの「線質係数」は1.7ではなく、4か5にすべきだ。ーカール・Z・モーガン

 アメリカの原爆開発”マンハッタン計画”に携わり、その後も原発や原子力産業で働く作業員の被曝許容線量を求めてきたカール・Z・モーガン。彼は、1950年から1971年までの間、国際放射線防護委員会(ICRP)および全米放射線防護委員会(NCRP)の内部被ばく線量委員会委員長を務めた。そのカール・Z・モーガンが著書『原子力開発の光と影 核開発者からの証言』昭和堂、2003年で、トリチウムのDNAへの危険性について語っている。1947年にモーガンたちが考えたよりも、50倍癌のリスクが高まっているにもかかわらず、放射線防護基準を決める機関である国際放射線防護委員会(ICRP)が、トリチウムの「線質係数」を1.7から1に引き下げたと書いています。モーガンは、トリチウムの「線質係数」は1ではなく5に引き上げるべきだ、と書いています。

 より高い「線質係数」を使うと、政府がトリチウムを使った兵器製造ができなくなるからである。

 以下、『原子力開発の光と影 核開発者からの証言』第7章 保健物理学の発展と衰退 より該当部分を引用する。

カール・Z・モーガン『原子力開発の光と影 核開発者からの証言』昭和堂、2003年

第7章 保健物理学の発展と衰退 pp.153~155

 1960年の早い時期、当時世界で最も著名な遺伝学者であるH.J.ミユーラー(H.J.Muller)と私は、「10日間規則」として一般に知られるようになった事柄を
国際放射線防護委員会(ICRP)が確信をもって採用できるように国際放射線防護委員会(ICRP)の支援に精力を傾けた。この規則の目的は、胎児が障害を受けないように出産年齢の婦人を防護することである。容易に実行できるようにするため、この規則は、出産年齢の婦人に対する骨盤、腹部のエックス線診断は、月経開始に続く10日間に延期すべきであると述べている。

 この規則の大部分は、アリス・スチュアート(Alice Stewart )の世界的に受け入れられている研究結果に基づいている。後年国際放射線防護委員会(ICRP)は、「この10日間規則」を弱め実質的に廃止した。

 国際放射線防護委員会(ICRP)はまた、核融合爆弾の主要構成要素であるトリチウム(3H)の危険性に関連して自らの名誉を悪用した。

 トリチウムは、非常に弱いベータ・エネルギー放出核種で、人間の組織に沈着すると破壊的になりうる。低エネルギー・ベータ粒子が人間の組織に与える影響を理解するために、有用であるがぞっとする類似性を以下に述べる。テロリストがマシンガンを発射しながら車で家のそばをとおりかかると想像してみる。もしテロリストが1時間に80マイル(約128キロメートル)で走る場合、多分10発以上の弾丸がその家には当たらないだろう。もし車が、1時間にわずか5マイル(約8キロメートル)で移動すると、何千発もの弾丸がその家に当たるであろう。これと同じようにゆっくりと動くベータ線放出核種であるトリチウムは、何千発もの「弾丸」を放出しながら……この場合、組織の原子から電子をたたき出しながら組織を移動する。

 トリチウム(3H)がどれほど危険であるかということを私たちが明らかにしたので、私と同じオークリッジ国立研究所(ORNL)保健物理部の次長であるとともに、国際放射線防護委員会(ICRP)の内部被ばく線量委員会の事務局員でもあったW.S.スナイダー(W.S.Snyder)が、私と一緒にトリチウムの「線質係数」の値を上げるよう命がけで努力した。「線質係数」を上げることは放射性核種の最大許容濃度(MPC)の値を比例して下げることになる。放射性核種の最大許容濃度(MPC)が低くなれば、産業界と軍にとってこれに対応するためにより困難が生じ経費がかかるので重大なことである。他の表現をすると、「線質係数」が高くなると、トリチウムに対する放射性核種の最大許容濃度(MPC)が低くなり、放射線を取り扱っている施設に雇用されている人の作業条件がより安全になる。

 スナイダーと私は、トリチウムの「線質係数」は1.7から4あるいは5に上げることを議論した。私たちは、強い反対に直面した。英国出身の国際放射線防護委員会(ICRP)のメンバーであるグレッグ・マーレイ(Gregg Marley)は、少なくとも原子力産業界が国際放射線防護委員会(ICRP)に対して密接な関係を持っていることを率直に認めている。国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会の会議の際に、マーレイはスナイダーと私が望んでいる、より高い「線質係数」を使えば作業条件はその分だけ安全になるが、そのように変えると政府はトリチウムを使った兵器製造ができなくなるということを公に認めた。同じことがロス・アラモスにおいても真実であり続けた。

 私がとくに当惑させたことは、ロス・アラモスでグルーブ・ボックスに手を入れている大多数の放射線作業者が婦人だったことである。(グローブ・ボックスは、科学者、技術者が彼らまたは彼女らなどの手が放射性物質で汚染すること、あるいは、放射性物質を呼吸により体内に取り込むことを防ぐための装置である。この箱は、直径8インチ(約20センチメートル)の開口部を持つ約4フィート(約120センチメートル)の中さの立方体でゴムの手袋が装着されている。作業者は、汚染物質を手袋で掴むことができる。フード内は、吸入を防ぐために排気されている。)1970年に私が国際放射線防護委員会(ICRP)を去って間もなく、トリチウム問題は、「線質係数」を1.7から1に引き下げることにより解決し、それが現在も残っている。その値は3以下にするべきではなく、適切な値は5であろう。

 放射線被ばくによる癌のリスクは、私たちが1947年に考えたよりも50倍高くなると現在認められているが、このことの根拠について議論されていないという理由で放射線防護基準を決める機関が最大許容被ばくレベルを上げることは良心的ではない。

 私は、リスクが高くなったという意見があるにもかかわらず、許容被ばくレベルを下げるのではなく、上げたことに国際放射線防護委員会(ICRP)に対する不満を記録に残した。私は、許容被ばくレベルを上げたことは、もがきながら進んでいく原子力産業を救出したいという希望を背景に形成された利害の深刻な衝突に直接起因していると固く信じている。

国連科学委員会1977年報告 p.476~477 ANNEX H 375 376 377 トリチウム水によるヒトリンパ球の染色体異常の誘導 堀雅明 中井斌による研究

 以下の、国連科学委員会(UNSCEAR)1977年報告に掲載された、トリチウム水によるヒトリンパ球の染色体異常の誘導 堀雅明 中井斌による研究である(UNSCEAR 1977 ANNEX H 375 376 377)。その前の372から全文を紹介する。DeepLによる翻訳である。


国連科学委員会1977年報告 ANNEX H 375 376 377 トリチウム水によるヒトリンパ球の染色体異常の誘導
  1. トリチウム(3H)

(a)マウスの優性致死遺伝の誘発

  1. Carsten and Commerford (81) と Carsten and Cronkite (80) は、トリチウム水(HTO)を与えたマウス(ランダム飼育の Hale-Stoner-Brookhaven 系統)において、ドミナントレサルを誘発する研究結果を発表している。HTO試験動物は、4週齢の離乳時からHTO(3μCi/ml)で飼育された8週齢の動物の交配から生まれた初産マウスであった。対照動物は、コロニーから採取した水道水飼育の初生児マウスである。2世代目の動物から、優性致死試験用に4つの実験群を設定した。グループlは、雄と雌の両方がHTOを投与された動物で構成された。グループ2のメスはHTOを、オスは水道水を投与した。第3群は第2群とは逆に、第4群には水道水のみを与えた(雌雄とも)。8週齢になると、各グループにおいて、各オスは5匹のメスと5日間交配し、この交配期間の中間点から15日後にメスを殺し、子宮内容物を調べて優性致死を評価した。
  2. その結果、対照群366頭、第1群764頭、第2群315頭、第3群316頭の妊娠雌牛に基づき、男女ともにHTOにより優性致死が誘発されることが明確に示された。交配相手が2人とも、あるいは雌だけがトリチウムを投与された場合、生存胚の数は著しく減少した。同様に、交配相手を両方ともトリチウムにした場合、初期死亡(暗黒モグラ)の発生率が対照群より有意に高くなった。雄だけを処理しても同様の効果が得られたが、これは有意ではなかった。着床後の死亡率(著者らの用語では早期死亡+後期死亡)を比較の基準とすると、第2群および第3群のHTOによる死亡率の増加は男女とも同じ大きさであり、第1群(男女ともHTO)ではその効果は第2群または第3群のほぼ2倍であった。現在の実験は、1.0μCi/mlの低濃度でこれらの研究を繰り返すことに向けられている。

(b) 雄マウスにおける特異的遺伝子座突然変異の誘発

  1. Cummingら(128)はマウスにおける3H誘発特異的遺伝子突然変異に関する最初の一連の実験を完了し、あらゆる哺乳動物におけるそのような遺伝子突然変異に関する利用可能な唯一のデータを提供した。既存の原子力施設だけでなく、計画中の制御熱核反応炉からもトリチウムが放出される可能性があることを考慮すると、これらのデータは非常に重要である。合計 14 群の雄を使用した。その結果、トリチウムの崩壊によるベータ線は、精原細胞および減数分裂後の段階で特定の遺伝子座の突然変異を誘発することが示された。精原細胞に照射した生殖細胞から生まれた合計20 626個に16個の突然変異が、また、減数分裂後のステージに照射した7943個に11個の突然変異が確認された。精原細胞の平均吸収線量は700rad、後生物細胞のそれは430radと推定された。これらのデータから推定される突然変異率は、精原細胞では1遺伝子座当たり1.58 10-7 rad-1、その他の段階では1遺伝子座当たり4.60 10-7 rad-1である。これらの突然変異率は、X線またはガンマ線による同等の外部被曝線量から予想される統計的限界の範囲内である。精子形成後段階のRBEの点推定値は1に近く、信頼区間はかなり広い。精原細胞のRBEは2をやや上回り、信頼区間には1も含まれている。7つの遺伝子座における突然変異体の分布は、ガンマ線によって生じた分布とは異なる可能性があることを示すいくつかの兆候がある:注目すべきは、突然変異のうち1つだけがs遺伝子座にあったという観察である(予想では約5、6個となる)。最近の研究では、Cumming と W. L. Russell (129) が精原細胞における突然変異の誘発に注目し、トリチウム照射に関するより広範なデータの収集に従事している。

(c) トリチウム水によるヒトリンパ球の染色体異常の誘発 ( HTO )

  1. Hori and Nakai (233) と Bocian ら (39) は、in vitro でトリチウム水に暴露されたヒトリンパ球に染色体異常が誘発されることを報告している。HoriとNakaiの研究では、トリチウムの濃度は1 10-6 μCi/mlから1 10-2 μCi/mlで、細胞は培養中の全期間(48時間)被曝させられた。Bocianらは2つの方法を用いた。1つは(著者らの用語で「急性被曝」)、リンパ球をPHA刺激前に2時間被曝させ(濃度範囲、1.71-14.36 mCi/ml)、その後洗浄、培養したもの(53時間培養)、もう一つは(「長期的な系列」)は細胞を53時間にわたって被曝させた(濃度範囲、0.063-0.51 mCi/ml)。
  2. その結果、長時間の被曝(48時間または53時間)では、生じた異常は主にギャップ、欠失、断片などの染色体タイプであり、染色体交換は比較的少なかったことが分かった。
    交換は比較的少なかった。堀と中井が用いた濃度範囲では、低濃度では誘発される切断の数に対する線量効果曲線は非常に複雑であった。Bocianらの仕事と彼らが使用した濃度範囲では
    Bocianらの研究および彼らが用いた濃度範囲では、染色体異常の頻度は線量に対して直線的に増加した。しかし、各グループが使用した固定時間は1回だけで、しかも濃度の範囲が異なっていたので、2つのグループの著者間の頻度の定量的比較は不可能であった。
  3. Bocianらの2時間暴露実験では、染色体異常の誘発が確認された(ダイセントリック、セントリックリング、ターミナルおよびインタースティシャル欠失)。ダイセントリックとリングのデータ、および欠失のデータは、線形+二次モデルによく適合した。X線照射実験(50-300radの急性線量)で得られたデータを用いた。Bocianらは、二動原体+動原体輪の誘発に対するRBEは約1.2であると推定している。

原文 

SOURCES AND EFFECTS
OF IONIZING RADIATION
United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation
1977 report to the General Assembly, with annexes

  1. Tritium (3 H)

(a) Induction of dominant lethals in mice

  1. Carsten and Commerford (81) and Carsten and Cronkite (80) have published the results of their studies on the induction of dominant lethals in mice (random-bred, Hale-Stoner-Brookhaven strain) fed with tritiated water (HTO). The HTO test animals were first-litter mice resulting from breeding of eight-week-old animals that had been maintained on HTO (3 μCi/ml) since weaning at four weeks of age. The control animals were first-litter mice taken from the colony and maintained on tap water. From the second generation animals. four experimental groups were established for dominant lethal tests. Group l consisted of animals where both the male and female were on HTO. Group 2 females received HTO. males, tap water. In group 3, the situation was the reverse of that in group 2. and group 4 received only tap water (both males and females). At eight weeks of age, in each group. each male was mated to five females for a 5-day period, and 15 days after the mid-point of this breeding period, the females were killed and their uterine contents examined for assessing dominant lethality.
  2. The results, based on 366 pregnant females in the controls, 764 in group 1, 315 in group 2. and 316 in group 3, clearly demonstrated that dominant lethals are induced by HTO in both sexes. Significantly fewer viable embryos were found when either both mating partners or only the female was maintained on the tritium regimen. Similarly. when both the partners were on tritium, the incidence of early death (dark mole) is significantly higher than in the control group. Treatment of the males only gave similar effects, but these were not significant. When post-implantation mortality (early plus late deaths in the authors’ terminology) is used as the basis for comparison, the increased mortality due to HTO in groups 2 and 3 is of the same magnitude in both sexes, and in group 1 (both sexes on HTO) the effect is nearly twice that in groups 2 or 3. Current experiments are directed at repeating these studies with a lower concentration of 1.0 μCi/ml.

(b) Induction of specific-locus mutations in male mice

  1. Cumming et al. (128) have completed the first series of experiments on 3 H-induced specific-locus mutations in mice, providing the only data available on such gene mutations in any mammal. In view of possible levels of tritium release,. not only from existing nuclear installations but also from contemplated controlled thermonuclear reactors. these data are of great relevance. A total of 14 groups of males was used. Two groups were injected with 0.75 mCi, and the 12 others with 0.50 mCi, of tritiated water per gram of body weight.The results demonstrate that beta radiation from the decay of tritium can induce specific-locus mutations in spermatogonia as well as in post-meiotic stages: 16 mutations have been recovered among a total of 20 626 offspring derived from germ cells irradiated as spermatogonia and 11 in 7943 offspring from irradiated post-meiotic stages. The mean absorbed dose to the spermatogonial cells has been estimated to be 700 rad and that to post-meiotic cells, 430 rad. These data thus permit mutation-rate estimates of 1.58 10-7 rad-1 per locus for spermatogonia and 4.60 10-7 rad-1 per locus for the other stages. These rates are within the statistical limits of what would have been expected from a comparable external dose of x or eamma irradiation. The point estimate of the RBE for post-spermatogonial stages is close to 1, with fairly wide confidence intervals; that for spermatogonia is slightly above 2, with confidence intervals that include 1. There are some indications that the distribution of mutants among the seven loci may differ from that produced by gamma rays: noteworthy is the observation that only one of the mutations was at the s locus (the expectation would be about 5 or 6). In more recent studies, currently in progress at Oak Ridge.,Cumming and W. L. Russell (129) are engaged in collecting more extensive data on tritium irradiation, focusing attention on the induction of mutations in spermatogonia.

(c) Induction of chromosome aberrations in human lymphocytes by tritiated water ( HTO)

  1. Hori and Nakai (233) and Bocian et al. (39) have reported on the induction of chromosome aberrations in human lymphocytes exposed to tritiated water in vitro.Exposures were carried out by the addition of whole blood to the culture medium containing tritiated water. In the work of Hori and Nakai, the concentration of tritium ranged from 1 10-6 μCi/ml to 1 10-2 μCi/ml, and the cells were exposed during their entire period in culture ( 48 h). Bocian et al., used two regimens: in one (“acute exposures” in the authors· terminology), the lymphocytes were exposed for a 2-h period prior to PHA stimulation (range of concentrations, 1.71-14.36 mCi/ml), after which they were washed and cultured (53-h cultures); in the other (“protracted series”) the cells were exposed during 53 h (concentration range, 0.063-0.51 mCi/ml).
  2. The results indicate that with protracted exposures (48 or 53 h) the aberrations produced were mos~ly of the chromatid type. such as gaps. deletions and fragments, and there were relatively few chromatid
    exchanges. In the concentration range used by Hori and Nakai, the dose-effect curve for the number of breaks induced was quite complex at low concentrations. In the work of Bocian et al. and with the range of
    concentrations they used, the frequency of chromatid aberrations increased linearly with dose. A quantitative comparison of the frequencies between the two groups of authors is, however, not possible because each group used only one (but different) fixation time, and in addition. the ranges of concentration were different.
  3. In the 2-hour exposure experiments of Bocian et al., chromosome-type aberrations were found to be induced (dicentrics, centric rings, terminal and interstitial deletions). The data for dicentrics plus rings, as well as those on deletions, gave a good fit to a linear plus quadratic model. Using the data obtained in x irradiation experiments (acute doses of 50-300 rad). Bocian et al. have estimated that the RBE for the induction of dicentrics plus centric rings is about 1.2.

極めて低線量のトリチウム被ばくによるヒトリンパ球で誘導された染色体異常の、普通ではない線量―応答関係 堀雅明 中井斌

放射線医学総合研究所、遺伝研究部、千葉市穴川4-9-1 〒280、日本

1977年3月3日原稿受付

1977年10月11日改訂版受付

1977年10月28日受理

Mutation Research, 50 (1978) 101―110 © Elsevier/North-Holland Biomedical Press

原論文:UNUSUAL DOSE-RESPONSE OF CHROMOSOME ABERRATIONS INDUCED IN HUMAN LYMPHOCYTES BY VERY LOW DOSE EXPOSURES TO TRITIUM

TADA-AKI HORI and SAYAKA NAKAI

Division of Genetics, National Institute of Radiological Sciences,

9-1, 4-Anagawa, Chiba 280 (Japan)

(Received 3 May 1977)

(Revision received 11 October 1977)

(Accepted 28 October 1977)

Mutation Research, 50 (1978) 101–110

© Elsevier/North-Holland Biomedical Press

[解説]この論文は、国連科学委員会(UNSCEAR)1977年報告 ANNEX H 375 376 377 トチリウム水によるヒトリンパ球の染色体異常の誘導 にも引用された論文である。2019年に川根眞也が日本語訳したものである。しかし、なぜか、同じ堀雅明氏、中井斌氏の別の日本語論文には、トリチウム水のもっと低い線量で染色分体切断が起きている実験結果が掲載されている。こちらの方が低線量でのトリチウム水による染色分体切断の危険性が分かる実験結果が掲載されている。

堀雅明氏、中井斌氏の別の論文

論文 低レベル・トリチウムの遺伝的効果について 特に染色体異常を中心に 堀雅明 中井斌 保健物理, 11, 1~11(1976) 総説

概要(Summary)

人間の末梢血の白血球培養組織を、48時間慢性的に広い線量域にわたって、トリチウム水または[3H]チミジンのトリチウムに被ばくさせ、リンパ球の最初の細胞分裂中期の染色体の異常を調べました。そして、この実験の条件においてトリチウム水と[3H]チミジンから照射される放射線から誘発される異常は、大部分は染色分体型異常(例えば染色分体ギャップと切断)でした。細胞あたりの染色分体切断についての線量―応答関係は、トリチウム水または[3H]チミジンの両方のケースで変わった線量依存関係を示しました。高い線量域での細胞あたりの染色分体切断の産生頻度は線量に応じて直線的に増加したにもかかわらず、低い線量域での細胞あたりの染色分体切断の産生頻度は、この高線量域の直線的な線量―応答関係を低い線量への外挿により期待される産生頻度よりも明らかに多く観察されたことが分かりました。極めて低い線量域での被ばくにおいては、部分的ヒットもしくは部分的ターゲットの動力学現象が起きることが観察されました。

はじめに(Introduction)

トリチウムが環境中に存在することによる人への潜在的危険を評価することは、原子力産業がますます発展している中で非常に重要になっています。原子炉から発生するトリチウムは、素早くそして一様に生体系内に分布するトリチウム水となって、素早く生体圏に低い線量レベルで入っていきます[14]。これに加えて、トリチウム水に含まれているトリチウムは、さまざまな放射線影響を受けるもっとも敏感なターゲットであるDNAが含まれている、代謝活性のある高分子に取り込まれることが証明されました[7、20]。[3H]チミジン(チミジンはDNAの前駆体の1つ)から放出されたベータ線による遺伝的影響は、植物[13、15、19、24]と動物[3、5、6](人[1、2、16、21]を含む)について、染色体異常に関して特によく研究されています。トリチウム水からのベータ線により、染色体異常が起きることも示されました[3、11]。しかし、危険性評価のため、特に低い線量での影響評価が重要であるにもかかわらず、トリチウムによって誘発された染色体異常の線量―応答関係についてのデータがほとんどありません。

この研究は、トリチウム水および[3H]チミジンによって照射されたことで誘発される、ヒトリンパ球における染色体異常についての、広い線量範囲での定量的なデータを得るために行われました。ヒトリンパ球は、生体においても(in vivo)また試験管内の生体外の実験系(in vitro)においても、染色体異常を引き起こすことができる極めて敏感な生物指標であり、また、ヒトにおける染色体異常の研究の唯一実行可能なテスト・システムでもあります。ヒト末梢血の白血球培養組織は48時間、トリチウム水と[3H]チミジンに慢性的に被ばくさせられました。そして、最初の細胞分裂中期にヒトリンパ球染色体の異常が調べられました。

実験対象と方法(Materials and methods)

培養方法(Culture methods)

この研究で記述されるすべての実験では、我々は、1人の健康な成人男性の提供者から採取された人間のリンパ球の培養組織を使いました。静脈血は無菌ヘパリンで凝血防止された注射器に採血され、その後、白血球を含んでいる血しょう分画が集められました。白血球培養は、ファルコン・プラスチック培養試験管(16×125mm)の中で、血しょう分画(0.5mL)を加え、MEMイーグル(ギブコ; 4.5mL)の培養基に入れました。胎児の子牛血清(ギブコ; 10%)、フィトヘムアグルチニン(PHA-M.ディフコ; 2%)、そして、抗生物質を追加しました。

トリチウム水と[3H]チミジンによる照射(Irradiation with tritiated water and [3H]thymidine)

 培養を始めると同時に、トリチウム水(放射化学センター、英国)と[3H]チミジン(ニューイングランド原子力機関、米国:比放射能2Ci/m mole)が培養組織に加えられました。そして、すべての培養組織はリンパ球がトリチウムに慢性的に被ばくするように48時間、37℃で培養されました。培養組織のトリチウムの濃度は、液体シンチレーションカウンター(ベックマンLS230)で、培養基とトリチウム水と[3H]チミジンの最初の貯蔵液を放射能分析することによって決定されました。トリチウム水の濃度は、10-3 μCi/mLから102μCi/mLまでの範囲のものを使いました。これは1.2×10-2mRラド/h~1.2ラド/hの線量率を生じると計算されました。[3H]チミジンの濃度は、10-3(1.2×10-4μg/mL)から10μCi/mL(1.2pg/mL)の範囲でした。

染色体異常の染色体準備とスコアリング(Chromosome preparation and scoring of chromosome aberrations)

培養開始から43時間後で、コルセミド(10-6M)が培養組織に加えられました、そして、5時間後に、培養細胞は収集されました。

(編集者注)コルセミドとは

細胞分裂の際には紡錘糸というものが形成されて、この紡錘糸が染色体の中心部で染色分体と染色分体とをつないでいる動原体に結びつき、紡錘糸が動原体を両極に引っ張ることで細胞分裂が行われます。コルセミドはこの紡錘糸の形成を阻害します。このことにより、細胞分裂を細胞分裂中期(M期)で停止されることから染色体のようすを観察することができます。

培養基の放射性物質を洗い流した後に、細胞は低浸透圧溶液で処理されました(0.5%のクエン酸ナトリウム、0.1%のKC1、0.2%のNaC1、そして、0.1%のブドウ糖)。その後、氷酢酸とエタノール(1:3、v/v)の混合物で固定されます。冷やされた湿式スライドガラスに細胞分裂停止液を2、3滴滴下し、染色体は引火乾燥法で広げられました。空気乾燥の後、スライドはゼーレンゾンリン酸塩緩衝液(pH 6.8)で希釈した、3%のギムザ液で染色されました。細胞分裂中期の形状は丸い視野の範囲で低拡大倍率(100×)の下で選び観察しました。そして、46の動原体を含んでいる細胞分裂中期の形状だけは油浸オイル法(1000×)の下で調べられました。染色体型異常は、二動原体染色体と環状染色体と分類されました。この研究では、二動原体染色体と環状染色体のいずれかしか観察されなかったため、無動原体断片は観察されませんでした。染色分体型異常は、染色分体ギャップ、染色分体欠失と染色分体交換とに分類されました。同腕染色分体型異常も同様に、同腕染色分体ギャップと同腕染色分体欠失とに分類されました。染色分体欠失は、染色分体断片の置き換えが起きているギャップと区別されました。

この研究において、細胞あたりの切断数が、染色体異常の指標として使われました。細胞あたりの切断数を計算すると、二動原体染色体、環状染色体と染色分体交換はこの実験ではごくまれに観察されませんでしたが、2種類の切断数として分類しました。一方、染色分体ギャップと染色分体欠失は、もっとも観察された主要な異常でしたが、我々はこれらを1つの切断数に分類しました。同腕染色分体異常もその発生起源が明らかではないので、1つの切断数に分類して数えました。

DNA合成および有糸分裂指標のオートラジオグラフィ分析(Autoradiographic analysis of DNA synthesis and mitotic indices)

白血球培養組織は、PHA刺激の時に加えられた[3H]チミジン(0.5μCi/mL)によって、48時間継続的に標識されました。

(編集者注)PHAとは

 かつてリンパ球は小さな円形状の核と幅が狭い細胞質をもち、細胞小器官にも乏しい特徴が少ない細胞であるところから、分裂も分化もしない成熟しきった細胞であると考えられていました。

1960年Nowellらは、末梢リンパ球を五月ささげより抽出されたPHA(phytohemagglutinin)と共に数日間培養すると、リンパ球は大型化し、かつ幼若化し、多数の分裂像が観察されることを明らかにしました。PHAを加えたリンパ球培養が染色体分析に極めて有用であることを報告しました。

このようにPHAはリンパ球を幼若化する働きを持っています。(河野均也 リンパ球培養の臨床的応用 第185回順天堂医学会学術集会 1973年5月17日)

さまざまな細胞周期ごとに細胞は集められて、氷酢酸とエタノール(1:3、v/v)の混合物で固定され、オートラジオグラフィで分析されました。スライド標本は、1:1に希釈された写真乳剤(NR-M2、サクラ)に浸されました。空気乾燥の後、スライドは3~5日の間暴露されました。

スライドは5分間コレクト―ル(富士)現像剤で現像され、20℃で15分の間フィクサー(富士)定着剤で固定され、それから、3%のギムザ液で染色されました。DNA合成の標識指標と分裂指数は、総数5000以上の単核細胞から決定されました。

結果(Results)

この研究において、白血球培養組織は48時間トリチウム水もしくは[3H]チミジンに慢性的にさらされました。そして、リンパ球染色体の異常は、分裂停止剤コルセミドで5時間の処理の間に蓄積された細胞分裂中期の像から調べられました。人間のリンパ球の培養は試験管内(in vitro)で多くの要因に依存している複雑なシステムであるので、適切な解釈のためには実験的な状態における細胞分裂周期パターンを知っていることが重要です。DNA合成が完了した結果とMEMイーグル培地の中でPHA刺激により開始された培養組織の分裂指数は、図1に示されます。

DNA合成の初期は、培養開始24時間後という早い時期に見つかりました。DNA(標識化された指標)を合成している細胞の頻度は、連続的に増加して、48時間で20%まで達しました。

最初の有糸分裂は培養開始およそ40時間後に起こり、有糸分裂の指標は48―50時間後に最大の0.25%になりました。

若干の細胞が有糸分裂段階に入ったとき、他の細胞はまだS期でDNAを合成していました。

これらの結果は、PHA刺激後のリンパ球が非同期的に細胞周期を行うことを暗示しています。

細胞が48時間継続的に[3H]チミジンに標識され、細胞中期の染色体のオートラジオグラムが準備されたとき、両方の姉妹染色分体の分布密度と同じ密度で銀粒子があるとわかりました。

表1 トリチウム水および[3H]チミジンによって誘発されたヒトリンパ球の染色体異常の種類と頻度

縦の欄 処理方法 対照群 トリチウム水 [3H]チミジン

横の欄 被ばく線量(μCi/mL) 実験細胞の数 異常細胞の割合 染色分体異常のタイプ(染色分体ギャップ 染色分体切断 同腕染色分体ギャップ 同腕染色分体切断 染色分体交換) 染色体異常のタイプ(二動原体 環状) 細胞あたりの染色分体切断の割合(±標準偏差)

脚注a 標準偏差は、ポアソン分布に従うと仮定して計算されました

図1

PHA刺激を受けた後、DNA合成している細胞の頻度(標識化された細胞の割合)と有糸核分裂細胞の頻度(有糸分裂した細胞の割合)。3種類の培養組織は培養開始から継続的に[3H]チミジン(0.5μCi/mL)で標識されました。そして、その時刻ごとに細胞はオートラジオグラフィのために固定されました。

横軸 時間(時)

縦軸 左 標識化された細胞の割合(%) 右 有糸分裂した細胞の割合(%)

有糸分裂がDNA合成と同期していないにもかかわらず、細胞中期の染色体の異常があるかないかすべてをオートラジオグラフィで確認することが実験後の最初に行われました。この結果は5-ブロモデオキシウリジン(BUdR)―ギムザ法に基づいて行った我々の未公表データと一致しており、この実験と同様な条件下で行った2回目の有糸分裂の頻度についてはほとんど無視できる結果となりました。

 トリチウム水と[3H]チミジンによって誘発される染色体異常の種類と頻度に関するデータをまとめたものが表1です。与えられた線量ごとの異常数は、少なくとも2種類の実験から得られ、また、その数はそれほど異なるものではありませんでしたが、それぞれの線量ごとに計数されました。トリチウムによって誘発される染色体異常の種類は、大部分は染色分体型異常、例えば染色分体ギャップおよび染色分体切断、でした。トリチウム水と[3H]チミジンによって誘発される染色体異常のタイプは、そのほとんどが類似していましたが、染色体型異常に関してはトリチウム水で標識された細胞でより多く観察されました。[3H]チミジンによって誘発される染色体異常は、もっぱら染色分体型でした。これはS期のDNA複製の間に[3H]チミジンが染色体DNAに取り込まれるという事実から、染色体の複製が行われる後にだけ[3H]チミジンの影響を受けることが期待されます。一方、トリチウム水で標識された細胞では、染色体型異常の少ないけれども明からな増加が観察されました。細胞分裂の時期に関係なく、トリチウム水のトリチウムは細胞の中に素早く、そして一様に入っていくので、G0期あるいはG1期に細胞の染色体DNAと接触したトリチウムにより、染色体型異常が誘導されるかもしれません。これらのトリチウムで標識されたヌクレオシドが、RNA合成とタンパク質合成が活発に行われているG1期で細胞に取り込まれたとき、[3H]ウリジンおよび[3H]ロイシンもまた、染色体型異常も引き起こすことが、我々の予備研究の結果で実際に示されています[8]。

<編集者注>チミジンはDNAの前駆体であるのに対して、ウリジンはRNAの前駆体、ロイシンはタンパク質の前駆体です。

細胞あたりの染色分体切断の割合を計算したものが、実験対象と方法(Materials and methods)表1の最後の欄に記載されています。トリチウム(μCi/mL)の被ばく線量と細胞あたりの染色分体切断数(対照群の同切断数を差し引いています)との関係は図2に示されています。線量に対する切断数は対数目盛で示されています。[3H]チミジンは、トリチウム化水よりおよそ100倍染色体異常を生じる効果的があるように見えます。被ばく線量は細胞培養の際のトリチウム濃度を意味するので、[3H]チミジンの一見の高い線量効果はトリチウムが染色体DNAに取り込まれることによる非常に局所的なベータ線照射によって引き起こされた、と解釈することができます。

 その線量―応答関係は両方のケースで変わった曲線を描きました。これは注目に値します。染色体異常が生まれる率はトリチウム水の場合は5μCi/mL以下で、[3H]チミジンの場合は5×10-2μCi/mL以下でそれぞれより少なくなっています。我々はこの2つの曲線について、べき乗数則(the power low model)Y = k D nに基づいて、最小二乗法回帰分析を行いました。Yが細胞あたりの染色分体切断数であり、DはμCi/mLで表された被ばく線量、kとnは定数です。

図2 トリチウムによる被ばく線量(μCi/mL)と細胞あたりの染色分体切断数との関係(対照群の切断数を差し引いてある)白い丸がトリチウム水を示し、黒丸が[3H]チミジンを示します。べき乗則に基づき実線を引いてあります。

縦軸 処理方法 トリチウム水 [3H]チミジン

横軸 被ばく線量の範囲(μCi/mL) 定数k 定数n 適合度(x d.f. P)

対数変換すると、この関係は直線、log Y =log k+ n log D となります。表2で示すように、べき乗数則は、データに極めて良く適合しています。統計分析のこれらの結果から、我々は、48時間のトリチウムへの慢性暴露によって誘発される染色体異常の線量―応答関係は、2つの要素を持っているととりあえず結論しました。高い線量での線量―応答関係では、線量D のべき指数nは、トリチウム水では0.953と[3H]チミジンでは0.790と1.0から大きく外れず、線量に対する細胞あたりの切断数が線量に直線的に依存することを示しています。P値については、トリチウム水では0.1>P> 0.05、[3H]チミジンでは0.3>P> 0.2でした。しかし、低い線量の範囲では、線量D のべき指数nがトリチウム水では0.380、[3H]チミジン0.338であり1.0からかなり逸脱して、明らかに線形動力学に当てはまりません。このときP値はP < 0.001でした。したがって、部分的ヒットまたは部分的ターゲットによって引き起こされることが明らかになりました。トリチウム水と[3H]チミジンにいずれにおいても、細胞の染色分体切断の数は、いずれの線量においてもポアソン分布を示しました。ただし[3H]チミジンの50μCi/mLおよび10μCi/mLの2つのケースは例外です。ここでは選択的な細胞死が恐らく起こるかもしれません。したがって、極めて低い線量の範囲で示された変わった線量依存関係は、染色体異常の偏った記録とする根拠にはならないかもしれません。

それに加え、今回の実験条件では分裂遅延がなかったことから、非常に低い線量において見られた、線量―応答の曲線関係は、細胞周期の感受性の高さや高い線量域でカイネテックスにより引き起こされた分裂遅延の影響[3]が原因とは考えられません。

討論(discussion)

放射線への暴露によって人間のリンパ球で染色体異常が誘発されることは、現在確立された学説です。しかし、大部分はX線とガンマ線による影響研究にあてられ、内部放射線の影響についての研究は比較的少ないです。1958年以降、何人かの研究者によって、トリチウムが、特に[3H]チミジンの形で、植物[13、15、19、24]と動物[3、5、6]で染色体異常を引き起こすことが示されました。[3H]チミジンの瞬間的な暴露によって人間のリンパ球に染色体異常が誘導される2つの研究報告がすでにありました[2、21]。これらは、[3H]チミジンの一回の投与だけで行われたむしろ定性的な研究結果です。我々が行った実験条件では、トリチウム水と[3H]チミジンへの慢性暴露によって誘導される人間のリンパ球の染色体異常の種類は、大部分は染色分体型異常のタイプでした。この結果は、上記の他の研究報告と一致しています。線量に対してプロットされた細胞あたりの染色分体切断を対数―対数目盛りでグラフ化すると、線量―応答関係は2つの構成要素をもつ変わったカーブを描きました。この2つの構成要素の統計学的分析をすると、トリチウム水と[3H]チミジンの両方の実験から得られるデータはべき乗数則(the power low model)がもっともフィットすることが分かります。高い線量範囲では、線量D のべき指数nの推定値は、1.0からは外れません。これは、染色分体切断が直線的な線量依存性をもつことを示しています。染色分体異常の直線的な線量依存性は、すでにチャイニーズハムスター細胞で示されています。[3H]チミジンの3×10-2~20μCi/mLの線量範囲によって誘発される染色分体異常は線形カイネティクスに従いますが、ところが、トリチウム水の240―5780μCi/mLの線量範囲、および60Coガンマ線の140—865radの線量範囲では、純粋に線量の二乗に比例(それぞれ線量の1.8乗と1.9乗)であったと、デューイら[5]は報告しました。ブリューエン(Brewen)とオリベイリ(Olivieli)もまた[3H]チミジンの0.625―5.0μCi/mLの線量範囲で、さまざまな染色分体異常で直線的な線量―応答関係を見つけています。細胞のタイプが違い、また、トリチウムへの被ばく状況が違うため、これらのデータと我々の実験結果とを直接比較することはできません。彼らが使った線量範囲が考慮に入れられるならば、それでも、[3H]チミジンによって誘発された染色分体異常の線量―応答関係は基本的に線形動力学に従うようだと、通常、述べることができます。我々が観察したトリチウム水が直線的な線量依存関係を示したのとは異なり、チャイニーズハムスター細胞の結果では、20~40%の染色体交換のタイプを含む染色分体異常数が線量Dの1.8乗で増加しています[5]。この違いの1つのあり得る説明は、使われる線量範囲の違いによると推測することができます。チャイニーズハムスター細胞の研究において使われた線量範囲は、この研究の0.58mrad ― 57.6radより高く、23―554radでした。X線とガンマ線によって誘発される染色体異常の染色体交換タイプの線量―応答関係のデータは、通常、よく直線2次曲線モデルになります[10、12、23]。

低い線量域では線量Dの2次項が減少しているのに違いないので、低い線量域では線形動力学に基づくのは予想外でありません。このことにより、トリチウムのベータ線照射による慢性被ばくの性質を、低線量率被ばくと名付けることができます。我々はまさしく低線量域での細胞あたりの染色分体切断数において、変わった線量―応答関係を観察しました。トリチウム水と[3H]チミジンへの低い線量域での暴露により、高い線量域で見られる直線的な線量―応答関係を低い線量域に延長することによって期待される異常数より多い異常数が生じました。べき乗則モデルから推定される線量Dのべき指数は、部分的なヒットもしくは部分的な目標を示す直線的な動力学からかなり外れています。この研究では極めて低い線量域でなぜ線形の線量―応答関係から逸脱するのか、その原因についてはいかなる説明も許されません。しかし、高い線量域のデータから推測される線量―応答関係からの同じような逸脱が、他の研究においても、染色体異常に関する研究[4、10、12、17、18]だけでなく、微小核形成[9]や、突然変異と発癌の生成に関するもの[22]からも、得ることができると言えるかもしれません。したがって、さまざまなタイプの遺伝子損傷を引き起こす上では、直線的な線量―応答関係から想定されるより、極めて低線量の照射の方がより効果的であるのではないか、と仮定することができます。極めて低い線量域における効果を説明するメカニズムは、さまざまな研究から推定される部分的ターゲット動力学ですが、この研究において分かった変わった線量―応答関係に基礎をおいたメカニズムは、放射線が染色体DNAに一時的損傷を与えた後、誘導されたDNAのエラーをチェックするメカニズムが働くまでの間の、臨界点における相互作用の結果であると説明することができるかもしれません。極めて低い線量域における放射線の効果について、その性質を明らかにするには更なる広範な研究が必要です。放射線に敏感であるか、修復のメカニズムが欠損している、遺伝子異常のさまざまな種類の細胞の活用は、基本的な問題の解決のヒントを提供します。実際的な見解から、我々と他によって行う実際の試験から得られる結果が強く示唆しているのは、特に非常に低い線量域で突然変異誘発性薬品の遺伝子リスクを評価することが必要だ、ということです。

謝辞(Acknowledgments)

K.ミゾブチ博士とM.ヒライ氏からいくつかの刺激的な議論をしていただき、またJ.モリヤ氏には技術協力をしていただいたことに感謝します。Y. カシダ博士にはトリチウム水取扱いについての役に立つアドバイスをいただきましたことに感謝します。

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incorporation of 3H-TdR in human leukocytes, Int. Congr. Radiat. Res., (1974) 206.

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3 Brewen, J.G., and G. Olivieli, The kinetics of chromatid aberrations induced in Chinese hamster cells

by tritium-labeled thymidine, Radiat. Res., 28 (1966) 779–792.

4 Buckton, K.E., A.O. Langlands, P.G. Smith, G.E. Woodcock, D.C. Looby and J. McLclland, Further

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低レベル・トリチウムの遺伝的効果について 特に染色体異常を中心に 堀雅明*1, 中井斌*1 保健物理, 11, 1~11(1976) 総説 

(1976年1月30日受理)

On the Genetic Effects of Low-Level Tritium

Mainly on the Chromosome Aberrations Induced by Tritium

Tada-aka HORI*1 and Sayaka NAKAI*1

*1放射線医学総合研究所遺伝研究部;千葉市穴川4-9-1(〒280)

Division of Gerletics, National Institute of Radiological

Sciences; 9-1, Anagawa 4-home, Chibashi,Chiba-ken.

Genetic risk assessment for potential hazard from environmental tritium to man becomes important with increasing nuclear-power industry. The purpose of this short review is to discuss the possible genetic effects of tritium from a view of genetic risk estimation.

The discussion is based mainly on our experimental results on the chromosome aberrations induced in human lymphocytes by tritium at the very low-level. The types of chromosome aberrations induced by radiation from tritium incorporated into the cells are mostly chromatid types. The most interesting finding is that the dose-response relationship observed in both tritiated-water and tritiated-thymidine is composed of two phases. The examination on the nature of two-phase dose-response relationship is very important not only for the mechanisms of chromosome aberrations, but also for the evaluation of genetic risk from low-level radiation.

[編集者 解説] この論文の主要な結論は「3H一チミジンの場合は, 3×10-2μCi/mLのところで曲線が折れ曲がっている。」である。3×10-2μCi/mLは、ベクレル/Lの単位に直せば、111万ベクレル/Lという恐ろしい濃度である。今回、東京電力が福島県沖から流そうとしている「処理水」=核燃料デブリ汚染水のトリチウム濃度は最大で1500ベクレル/Lであるから、その740倍もの濃さの濃度である。


実は、この論文の筆者、堀雅明、中井斌は「実験および考察」では書いていないが、重要なトリチウム水(HTO)の染色体切断の可能性について、第1表で示唆している。これはそれぞれの数値を良く読まないとわからない。ダウンロードして拡大して読んで欲しい。

第1表 トリチウム水(HTO)と3Hーチミジン(3HーTdR)によって誘発された染色体異常の種類とその頻度 堀雅明 中井斌 1976年

一番上が「control」(対照郡)である。これが被ばくしていないヒトリンパ球における、染色体切断数を表している。次が「HTO」(トリチウム水)で被ばくさせたヒトリンパ球における、染色体の切断数。最後が「3Hーチミジン」(トリチウムーチミジン)で被ばくされたヒトリンパ球における、染色体の切断数である。

この「対照群」の染色分体の異常数と「HTO」の染色分体の異常数とを見比べて欲しい。赤枠で囲ってある部分である。
対照群 3.88%
37ベクレル/L 4.34%
37000ベクレル/L 4.15%
370000ベクレル/L 4.55%
である。つまり、たった37ベクレル/Lのトリチウム水でも対照群より多い染色分体異常が発生した、ということを示唆している。興味深いのは、37000ベクレル/Lでいったん染色分体異常数が下がることである。また、370000ベクレル/Lから上がっている。これはオーバーキル(殺し過ぎ)を示している可能性がある。
また、細胞1個あたりの染色分体または同腕染色分体切断数の割合(表の一番右の列)でも、
対照郡 0.039%
37ベクレル/L 0.046%
37000ベクレル/L 0.042%
370000ベクレル/L 0.046%
と37ベクレル/Lでも対照群より多い「細胞1個あたりの切断数」が観測されている。37000ベクレル/Lでいったん下がり、この0.046%は370000ベクレル/Lと等しい。

実は、このヒトリンパ球における、トリチウム水(HTO)とトリチウムーチミジン(3H-TdR)の内部被ばく研究は、国連科学委員会(UNSCEAR)1977年報告にも採用されている。

国連科学委員会1977年報告 ANNEX H 375 376 377 トリチウム水によるヒトリンパ球の染色体異常の誘導

赤枠で囲った部分を訳すと以下のようになる。
「375.堀と中井(233)およびBocianら(39)は、in vitroでトリチウム水に暴露されたヒトリンパ球における染色体異常の誘発について報告している。HoriとNakaiの研究では、トリチウムの濃度は1× 10-6 μCi/mlから1× 10-2 μCi/ml(編集者注 37ベクレル/Lから370000ベクレル/L)で、細胞は培養期間中(48時間)暴露された。Bocian らは 2 種類のレジメンを用いた。1 つは(著者らの用語では「急性暴露」)、リンパ球を PHA 刺激の前に 2 時間暴露し(濃度範囲、1.71~14.36 mCi/ml)、その後洗浄して培養したもの(53 時間培養)、もう 1 つは(「長期シリーズ」)、細胞を 53 時間暴露したものである(濃度範囲、0.063~0.51 mCi/ml)。
376.その結果、長時間の被曝(48時間または53時間)で生じた異常は、ギャップ、欠失、断片などの染色分体タイプが多く、染色分体交換は比較的少なかった。染色体交換は比較的少なかった。堀と中井が用いた濃度範囲では、低濃度では誘発される切断の数に対する線量効果曲線は非常に複雑であった。Bocianらの研究では、彼らが用いた濃度範囲では Bocianらの研究および彼らが用いた濃度範囲では、染色分体異常の頻度は線量に比例して直線的に増加した。しかし、2つの著者グループ間の頻度の定量的比較は、各グループが1つの固定時間しか使用しておらず(しかし異なる)、さらに濃度の範囲も異なっていたため不可能であった。」

すなわち、国連科学委員会(UNSCEAR)も、堀雅明、中井斌がヒトリンパ球(マウスやヒラメではない)で行った低線量トリチウム内部被ばく実験に対して、染色分体ギャップ(切断)が多く起きること、そして、低濃度でも切断が誘発される可能性を認めている。

しかし、奇妙なことに、国連科学委員会(UNSCEAR)が参照文献として上げた、堀と中井(233)

Hori, T. and S. Nakai. Chromosome aberrations induced by low level tritiated water. Paper submitted to UNSCEAR.
にも、また、1977年に発表された
UNUSUAL DOSE–RESPONSE OF CHROMOSOME ABERRATIONS INDUCED IN HUMAN LYMPHOCYTES BY VERY LOW DOSE EXPOSURES TO TRITIUM TADA-AKI HORI and SAYAKA NAKAI 1978年
にも、トリチウム水 37ベクレル/Lの実験結果の記述はない。削除されている。

トリチウム水(HTO)と3Hーチミジン(3HーTdR)の慢性被ばくによって誘発されたヒトリンパ球の染色体異常の表 1978年 中井斌

しかし、以下の日本語の保健物理に1976年に掲載された論文には、この37ベクレル/Lのヒトリンパ球の被ばくの結果が掲載されている。是非、読んでいただきたい。

以上、解説を終わる。 
2023年8月5日
内部被ばくを考える市民研究会 川根眞也

低レベル・トリチウムの遺伝的効果について 特に染色体異常を中心に 堀雅明1, 中井斌1 保健物理, 11, 1~11(1976) 総説 

1 はじめに

近年, 原子力平和利用としての原子力発電の発展に伴い, 将来, 原子炉および核燃料再処理施設から環境中に放出されるトリチウムの量が膨大なものになることが予想され, ヒトに対するトリチウムの影響の問題が世界的に関心をもたれるようになってきた。トリチウムに関する研究論文の数をみても, 第1図に示されるように, 過去10年間に20倍以上にも増加してきている。原子力施設から放出されるトリチウムは主として, トリチウム水(HTO)の形で環境中に放出されるため, 地球上の生物圏内にかなり急速に, しかも均等に分布する性質をもっている。したがって, 世界的にトリチウムの濃度が上昇すると, 個人の被曝線量の増加はわずかでも, 世界の人類集団の被曝線量を考えるなら, その遺伝線量はかなり大きいものとなって, 遺伝的障害の確率も軽視できないと予想されなくもない。これら遺伝的障害の確率の確定には, 単に被曝線量の推定のみによって決してこと足りるものでなく, トリチウムの遺伝障害についての, 線量効果関係の知見, 特に予想される低線量域のデータが人体へのリスクの推定のかなめとなるものである。

トリチウムの生体に及ぼす影響(生物効果)については, transmutationの効果とも関連してこれまで多くの研究がなされてきた2)。しかし, 遺伝的効果についての研究は少なく, 特に低レベルの効果については, まったくといってよいほど研究がなされていない, のが現状である。したがって本稿では, 放医研における「低レベル放射線の人体に対する遺伝的危険度の推定に関する研究」の一環として, われわれの行っている「トリチウムによる染色体異常の研究」を中心に, トリチウムの遺伝的効果について考察することとする。染色体異常(染色体突然変異)は遺伝子突然変異とならんで, 遺伝障害の2大要因である。そこで, 本稿ではまず, 突然変異としての染色体異常とヒトでの染色体異常について簡単な説明をして, ついでわれわれの研究結果を紹介し, 文献的考察を試みて, トリチウムの遺伝的効果一般について言及する。

第1図 トリチウムの身体的影響に関する論文数の年次的変化(COHENとHIGGINS、1973より)

II突然変異としての染色体異常

ヒトを含めたあらゆる生物の基本的性質は, 親から子に伝わる遺伝情報に基づくものである。この遺伝情報は, 遺伝物質であるDNAの分子構造の塩基配列によって決定される。遺伝情報の単位となるのが遺伝子(gene)で, ヒトではその数はおよそ3万程度と推算されている。遺伝子DNAは, 高等生物では核内に存在する塩基性色素で染められる構造体, すなわち染色体(chromosome)に, そのほとんどが存在する。ヒトでは, その数は46本ある。細胞の分裂・増殖に際しては, このDNA分子の正確な複製が先行し, 複製されたDNAが染色体を構成して, これが分裂細胞に均等に分配される(第2図参照)。

第2図 遺伝子(DNA分子)の担荷体としての染色体 

すなわち, 細胞分裂には遺伝子DNA分子の正確な塩基配列のコピーの複製に基づいた, 遺伝情報の正確な伝達を伴い, このような遺伝情報は生殖細胞の分裂, 受精を通じて後代の子孫に伝達(遺伝)される。したがって, この過程中に遺伝情報に変化を生ずると, その変化は正確に複製されて後代に伝わり, 表現型になんらかの異常を生じることになる。これが突然変異(mutation)である。突然変異にはDNA分子の塩基配列の変化を含む, 遺伝子レベルでの突然変異(gene mutation)と, 光学顕微鏡下で認識される, 染色体レベルでの変化(chromosomal mutation) に区別される。後者は細胞学の伝統から, 染色体異常 (chromosome aberration)とも呼ぼれる。染色体は遺伝子の集合体であるので, 染色体異常は当然これを有する細胞の遺伝情報に大きな変化をもたらすことになる。このような理由で, 放射線による染色体異常の誘発の線量効果関係のデータは, 遺伝的リスクの推定に欠かすことのできない重要なポイントである(国連科学委員会報告, UNSCEA19723), アメリカ学士院報告BEIR19724))。

IIIヒトの染色体とその異常

ヒトの染色体は22対, 44本の常染色体(autosomes)と2本の性染色体(sex chromosomes)とから構成されている。現在ではヒトのすべての染色体を特殊な処理をすることによって, 同定識別することが可能となった。ここではヒトの染色体を例にとって, 染色体異常とその遺伝的効果について概略を述べる。

1. 染色体の数的異常

数的異常は, 倍数体(polyploid)と異数体(aneuploid)に大別される。倍数体とは基本的染色体数が整数倍加している場合で, ヒトの場合は致死的で流産胎児に発見されている。異数体はある染色体が1本以上多い過剰(hyperploid)と, 1本以上少ない欠失(hypoploid)の2とおりがある。この異数体の生じる機構としては, 配偶子の減数分裂時での不分離(non-disjunction)が考えられている。常染色体の数的変異によるヒトの遺伝的疾患として, よく知られているのが, 21番目の染色体が1本多いダウン症候群で, わが国では出生児700人に1人の割合で存在する。性染色体の数的変異にはいろんな型のものが報告されているが, すべて, 性の分化あるいは機能に関してなんらかの障害を伴っている。また染色体の数的異常は, 死産の大きな原因にもなっている。

2. 染色体の構造異常

染色体の構造異常は, 染色体DNAにおこった切断が原因となっている。切断端が, 切断としてそのまま残るか, あるいは他の染色体に転座するかによって種々の構造変異が生じる(第3図参照)。大別すると, 染色体型(chromosome type)と染色分体型(chromatid type)とがある。一般に染色体DNAの複製前に切断がおこると, 染色体型の異常となり, 複製後に切断がおこると,染色分体型の異常となることが知られている。染色体型としては染色体切断(fragment), 二動原体染色体(dicentric chromosome), 環状染色体(ring chromosome),逆位(inversion)あるいは転座(translocation)などがある。染色分体型には, 染色分体切断(chromatid break)や染色分体間組換(chromatid interchange)などがある。

動原体をもたない断片(fragment)は細胞分裂に際して消失するし, 二動原体染色体は分裂の異常により細胞致死を招く。このように分裂に際して支障をきたし, 分裂後, 染色体の構成が変化するような染色体異常を, 不安定な(unstable)異常という。これに対して, 染色体数の異常や転座のような形態のうえで

第3図 放射線によって誘発される染色体異常の種類(SAX、1940)

は異常であっても分裂に支障がないものを, 安定な(stable)異常という。ヒトの遺伝的染色体異常疾患として知られているものは, すべて安定型のものである。

染色体の一部または1本全部が消失すれば, 当然遺伝物質の欠損を生じる。相同染色体の一方が欠失したときには, 半接合的(hemizygous)になって劣性遺伝形質が優性として表現されることになり有害である。ネコ泣症(cri du chat)として知られているヒトの異常は, 5番目の染色体の短腕の一部が欠失したものである。転座も多くの場合, 遺伝子の平衡的形質発現に影響を与え遺伝的効果をひきおこす。転座型ダウン症候群(D群染色体と21番目染色体間)の転座がその一例である。奇形児の出産には, このような転座がかなりの原因になることが知られている。

IVトリチウムによるヒトの培養

リンパ球における染色体異常

電離放射線の照射によって前節に述べたすべての型の染色体異常, すなわち, 染色体に数および構造上の種々の異常が誘発されることが, 古くから植物細胞やヒトを含めた動物の培養細胞を用いてよく研究されている6,7)。また, 種々の放射性核種の内部被曝による染色体異常についても, 多くの研究がなされてきている8)。ヒトの遺伝障害の推定に関連したこの種の研究による特記すべき成果のひとつは, ヒトのリンパ球の染色体異常の種類,出現頻度の線量効果関係のデータの解析に基づく, 放射線被曝者や放射線取扱者などの被曝線量を推定する biological dosimetryの手法の確立であろう9)。しかし, ここになお残された大きな問題点がある。すなわち低レベル(低線量および低線量率)の効果についての詳細な研究は, まだなされていないことである。したがって, 低線量域のリスクの推定は高線量域でのデータから単純な外挿に頼らざるを得ず, 実証的なデータは得られていない。このような背景のもとに, ここで低レベルのトリチウムの内部被曝による染色体異常についてのわれわれの研究結果を紹介する。この研究の目的は, ヒトの培養リンパ球にとり込まれたトリチウムによる内部被曝, 特に可能な限りの低レベルの遺伝的影響の線量効果関係を染色体異常を指標として研究し, またトリチウム水によって誘発される染色体異常の種類とその濃度効果を, 他の3H-標識化合物の効果とともに比較検討して, その機構についても解析を加えることにある。

1. 実験方法

健康な成人男子から採血し, 白血球を含む血漿分画を分離する。この分画をMOORHEADらの改良法を用い,PHAを含む合成培地で培養(37℃, 48時間)する。この際, 種々の濃度のトリチウム(トリチウム水, TRS-1The Radiological Center製およびDNA, RNA, タンパク合成の直接の前駆体である3H-チミジン, 3H-ウリジン, 3H-ロイシン)を培地に加える。培養後コルセミド処理(1×10一6M 5時間)し, 蓄積された小リンパ球の第1分裂中期の染色体を, 低張液処理, 固定(氷酢酸1:メチルアルコール3)した後, 引火乾燥法により標本を作製して, ギムザ染色を行なう。染色体異常の分類は研究者によって必ずしも一定していないので, ここでは第4図に示す分類にしたがってデータを解析した。なお, トリチウムの処理液の濃度は10-2μCi/mLまでの範囲を, 液体シンチレーションカウンターによって測定されてある。

(編者注:10-2μCi/mL=370Bq/mL)

第4図 分析に用いた染色体異常の種類

(1)トリチウム水と3H-チミジンによって誘発される染色体異常の濃度効果関係

第1表は種々の3H濃度のトリチウム水と3H-チミジンによって誘発された染色体異常の種類と, その発生率を示したものである。第5図に, 誘発された染色体異常の例を示してある。いずれの場合もトリチウムによって誘発される染色体異常は, そのほとんどのものが染色分体型の切断であった。トリチウム

第1表 トリチウム水(HTO)と3Hーチミジン(3HーTdR)によって誘発された染色体異常の種類とその頻度 堀雅明 中井斌 1976年

水の場合, 高濃度域で二動原体, あるいは環状染色体の染色体型の異常が観察された。3H-チミジンの場合には, 高濃度域でもこの染色体型の異常は観察されなかった。この点については,後項で検討する。もっと高濃度のトリチウム水, 3H-チミジンは, 小リンパ球の細胞分裂を阻害する。トリチウム水の場合, 10μCi/mL以上の濃度では, コルセミドに、よって蓄積される第1分裂中期の核板の出現頻度が減少し, 1mCi/mLでは中期核板はほとんど観察されなかった。

(編者注:10μCi/mL=37万Bq/mL 1mCi/mL=37,00万Bq/mL)

第1表の末欄の数値は, 細胞当りの染色体分体の切断数を示したもので, この際, 染色分体間組換えおよび染色体型異常は, 2個の切断が関与しているものとして計算してある。

第6図は, 上記の値を用いて3H-濃度と染色体異常の発生率の関係を両対数グラフとして示したものである。この図で興味ある点は, トリチウム水, 3H-チミジン, いずれの場合もその濃度効果曲線が, ある濃度のところで折れ曲がって, いわゆる二相性を示していることである。トリチウム水の場合, 5μCi/mL以上の濃度のところでは, 濃度効果曲線がY=0. 020.95(Y=細胞当りの染色分体切断数, D=濃度μCi/mL)となり, 染色体切断の単一ヒット反応をよく反映しているが, 5μCi/mL以下の濃度では, y=0.09D0.12のゆるい勾配となる。0. 001μCi/mL以下の濃度では, トリチウム処理を施さない対照区の染色体異常発生率(0. 04)と等しくなり, 統計的な有意差は認められなくなる。

(編者注:5μCi/mL=18.5万Bq/mL 0.001mCi/mL=3.7万Bq/mL)

一方, 3H一チミジンの場合は, 3×10-2μCi/mLのところで曲線が折れ曲がっている。高濃度域では濃度効果曲線がY=1. 17D0.70となり, トリチウム水と同様, 単一ヒット型のカイネティックスを示しているが, 低濃度域ではY=0. 13D0.12で, トリチウム水の場合の低線量域での曲線と同様のゆるい勾配となっている。

(編者注:3×10-2μCi/mL=1,110Bq/mL)

また, この図から, 3H-チミジンの染色体異常誘発の効果はトリチウム水の場合に比べて, 約100倍ほど高いことがわかる。このことは多分, 染色体異常の直接的標的である染色体DNAに3H-チミジンが特異的に, DNA複製期にとり込まれるためであろうと考えられる。

第5図 トリチウム水(HTO)とトリチウムーチミジン(3HーTdR)によって誘発された染色体異常の例
第6図 トリチウム水(HTO)と3Hーチミジン(3HーTdR)による染色体異常の濃度効果曲線 

(2)濃度効果曲線の二相性の生物学的意味

放射線によって誘発される染色体異常, 特に二動原体染色体および環状染色体の線量:効果は2次曲線を示し,これら染色体異常の生成はいわゆるquadratic model,すなわちY=C+αD+βD2(Y;収量, C;自然誘発頻度, α, β;線量Dの係数)の適用されることが一般に支持されている。この意味するところは, この型の染色体異常の生成には, 放射線の標的への1ヒットおよび2ヒットの事象の両者が混在して関係する, ものとして解釈されている。この1ヒット, 2ヒット事象の相対量は,標的の大きさと放射線の線質により定まると考えられるので, ミクロのレベルでは本質的には2ヒットの事象として解釈される。一方, 放射線によって誘発される他の型の染色体異常, すなわち染色体切断(fragment)の生成の線量効果は, 少なくとも急照射, 高線量の条件下では線質にかかわりなく直線関係を示すものとして報告され, したがって本質的には1ヒットの事象として解釈されている。しかし, 低線量域でのデータは得られておらず, 高線量よりの推測によらざるを得ない点を指摘しておきたい。以上の結果を基礎におくと, 染色体異常生成の最も単純な生物学的モデルとして, 染色体DNAの切断が1ヒットの放射線作用により生じ, これが染色体の切断を導く。また, 二動原体, 環状染色体などの交換型の染色体異常の生成は, 2個の染色体DNAの切断によって導かれる, と考えることができる。

さて, トリチウムの内部被曝によるわれわれの実験結果は, 染色分体の切断に関して明らかな2相性の濃度効果曲線を示した。高線量域では, 染色体切断に関する従来の実験結果と同じく, 1ヒットの線量効果を示している。ここに問題となるのは低線量域の線量効果であって, 高線量域の約1/10ヒットの線量効果しか示していない。これに対する解釈として, いくつかのモデルが考えられる。最も妥当な説明の1つは, 細胞自体のもつ放射線障害の修復能力の効果が低線量域で顕著になることによる, と考えることである。すなわち, 低濃度域ではβ線によって誘発される染色体DNAの切断の頻度が低く,したがって, この領域では細胞の修復能力によって切断の大部分が修復されるので, 染色分体の切断頻度は減少する。一方高濃度域では, 細胞の修復能力に比べ, 染色体DNAの切断数が上回ることとなり, 濃度に比例して

誘発頻度が上昇すると解釈される。以上の仮設を支持するものとして, 次のようなことが考えられる。すなわち3H-チミジンはDNA複製期に特異的にとり込まれることがよく知られているので, 染色分体の切断のほとんどはDNA中のトリチウムから放出されるβ線によって生じる, と考えてよいであろう。ところで, トリチウム水の場合にも, 水素置換によって核酸の前駆物質にとり込まれることが最近の研究で明らかになっているので10,11),本実験でのトリチウム水の効果が3H-チミジンの約100倍ほど低いことは, トリチウム水中のトリチウムのDNAへのとり込みをある程度反映しているとも考えられる。このようにして, 染色体DNAにとり込まれたトリチウムはDNA鎖を切断するが, 実はその切断の大部分が修復されることが, 最近アルカリショ糖勾配法を用いた分子レベルの研究によって明らかとなってきた12)

次に考えられるモデルは, 染色分体の切断のためには, その標的に対しいくつかのDNA鎖(単鎖あるいは二重鎖)切断の蓄積を必要とする, 考え方である。このモデルに関連し, 小川・富沢13)32Pの内部被曝によるλファージ(二重鎖DNA)の不活性化実験が想起される。この研究において, 32P 1個の崩壊による二重鎖DNAの同時切断は必ずしもDNA分子の切断を導かず, 約10個以上のヌクレヌクレオチッド対によって保持されることが示されている。

これらのモデルの当否は現在のところ, いずれとも断じがたい。実際には, 染色分体の切断はこれら両者のバランスによって生じていることも充分に考えられる。いずれにしても今後, 外部照射による低レベルの実験との比較検討などを通じ, 本問題の解明に努力したいと考えている。

(3)トリチウムの作用と誘発染色体異常の種類

前述したように, トリチウム水と3H-チミジンによって誘発される染色体異常は, そのほとんどのものが染色分体の切断であって, 染色体型の異常は非常に少ないことが一般的特長である。しかし, 高濃度では, 環状染色体などの染色体異常も認められ, その頻度はトリチウム水処理区の方がチミジン処理区に比べ有意に高い, ことが観察された。以上のことは, 次のように考えることができる。すなわち, 培養前のリンパ球はすべてG0期にあるが, PHAの処理によってほぼ同調的に分裂に入る。本実験では全細胞周期, すなわち, G1, S, G2各期を経てM期の全期(48時間)を通じて, トリチウムに連続被曝しているはずである。しかし, 染色分体の切断が圧倒的に多いことから, 染色体が2本の二重鎖DNAになる, S期以降に主としてトリチウムの被曝によるDNAの切断が生じたことになる。このことは前述したように, 3H-チミジンはS期に特異的に取り込まれることによく一致し, またトリチウム水もDNA前駆物質への水素置換を通じて, 主としてS期以降に作用しているのであろう。しかしながら, トリチウム水の場合, 染色体型の異常もみられることは, G1期(1本の染色体が1本の二重鎖DNAよりなる)にも作用しうることを示すものと考えられる(第7図参照)。

第7図 H3ーチミジン(3HーTdR)とトリチウム水(HTO)による染色体異常誘発の模式図

第2表に示すように, RNAおよび蛋白質の前駆物質であるウリジン, ロイシンを3Hで標識したものの染色体異常への作用は, トリチウム水と同一の傾向を示した。ただし, これら誘発効果はトリチウム水よりもかなり高い。このことは, これらの物質がG、期にも作用しうることを示し, またG1期はRNA, 蛋白合成のさかんな時期であることとも符合する。事実, オートラジオグラフィー法, シンチレーションカウンター法により,トリチウム水, 3H一ウリジン, 3H一ロイシンが全細胞周期を通じ, 細胞および核にとり込まれるのを確かめることができた。以上の結果を総合すると, トリチウム水はDNA, RNA, 蛋白質の前駆物質を通じて, 主としてS期に一部G1期において染色体DNAに作用を与え, 染色体切断を導くものと考えられる。

第2表 トリチウムウリジン(3HーUdR)とトリチウムロイシン(3HーLeu)によって誘発されたヒトリンパ球の染色体異常の種類と頻度

Vトリチウムの遺伝効果についての文献的考察

1. 染色体異常

トリチウムによって染色体異常が誘発されることは,古くから知られている。TAYLOR14)が植物 (Bellevalia)の根端細胞で染色体異常が誘発される, 古典的な報告を1958年に発表して以来, 主として3H一チミジンによる染色体異常の誘発が, 多くの動植物細胞を用いて報告されている(ムラサキツユクサ15), タマネギ16), ソラマメ17),ヒトの培養リンパ球18,19)と繊維芽細胞20), チャイニーズ・ハムスタ一細胞21-23), 小カンガルー細胞24), など)。これらの報告のほとんどのものが, 定性的なものである。実験条件や分析方法が異なっているため, 本実験結果と直接に比較検討することはできないが, 3H一チミジンの効果に限れば, すべての報告で一致している点は,誘発される染色体異常がすべて染色分体型の切断あるいは組換えであることである。オートラジオグラフィ一を併用した報告では, 大部分の異常が銀粒子密度の高い細胞, あるいは染色体に起っていることが示されている。われわれの予備的実験でも同様の傾向が観察されたが,一部の報告にも述べられているように, 銀粒子の存在しない染色体にも切断が起っていることも明らかである。トリチウムのβ線の水中での飛程が最大6μmであるとすると, これらの切断が他の染色体にとり込まれたトリチウム, あるいは核内のフリーのトリチウムからβ線によって誘発されたと考えることも可能である。

トリチウム水による染色体異常に関しては, チャイニーズ・ハムスター細胞23)とフタマタ・タンポポ(Crepis)の根端細胞25)で報告されている。染色体異常の種類に関する詳細なデータは記述されていないが, 本実験結果と同様, トリチウム水はこれらの細胞でも染色分体型に加えて染色体型の異常も誘発するようである。

次に, 本実験で得られたトリチウムによる染色体異常の濃度効果の結果を, すでに報告されている結果と比較検討してみる。BREWENとOLIVIERI22)は, 3H一チミジンによって誘発されたチャイニーズ・ハムスター細胞の染色体異常について, 異常の種類別に濃度(線量)効果関係を調べている。誘発される染色体異常はすべて染色分体型の異常で, 染色分体切断(terminal deletion), 両染色分体切断(isochromatid deletion), 染色分体組換え(chromatid exchange)は, すべて直線の濃度効果関係を示すことを報告している。彼らのデータから, 各濃度(0. 63~5.00μCi/mLの濃度範囲)での細胞当りの染色分体切断数を計算して両対数グラフにプロットすると, われわれの結果とよく似た濃度効果直線になる。

DEWEYら23)は, トリチウム水(0. 24~5. 70mCi/mL)による染色体異常誘発の効果を3H-チミジン(0.03~20μCi/mL)と60Coのγ線連続照射, (0. 245~1. 44rads/minの線量率)の誘発効果と比較検討して, 次のような結論を得ている。(1)トリチウム水とγ 線の線量効果曲線は, それぞれ線量の1. 9あるいは1. 8乗に比例する2ヒット型の指数曲線を示すが, 3H-チミジンは1ヒット型の直線線量効果関係を示す。(2)細胞当り1個の染色体異常を誘発する効率は3種の放射線で差異が認められないが, 細胞当り2個の染色体異常を誘発する線量はトリチウム水で490rads, γ線で520rads, 3H一チミジンで820radsであり, 3H一チミジンの効果が低くなっている。

3H一チミジンの濃度効果は, BREWEN and OLIVIERIとわれわれの結果とよく一致している。トリチウム水に関する結論は, われわれの結果と異なっているようであるが, 彼らの分析方法を考慮すると, 本質的な差はないと結論してよいであろう。低濃度域と高濃度域の濃度勾配は, それぞれ濃度の0. 2乗と1. 3乗で, われわれの実験結果とよく一致している。ただし, 細胞当り1個の染体切断を誘発するトリチウムの効果は, 両者の報告で異なっており, ヒトの培養リンパ球はチャイニーズ・ハムスター細胞に比較して約30倍ほど感受性が高いようである。次に, われわれの実験結果では3H-チミジンの効果がトリチウム水に比較して約100倍ほど高くなっているが, DEWEYらの報告ではトリチウム水の方が高い効果を示している。この差異は, 実験条件の違いによるものであると考えられる。トリチウム水とγ線の実験は, すべての細胞がトリチウムに被曝する条件で行われているのに対して, 3H-チミジンの場合は, 短期間標識によって処理時にS期にある細胞のみを標識し, しかも染色体全体が標識されていない条件下で実験が行われている。多分このことが, 3H-チミジンの効果を低下させている原因の1つであろう。

2. 遺伝子突然変異

トリチウムによる遺伝子突然変異の研究も, その多くは定性的範囲を出ていない。遺伝子分析の進んだ実験系(細菌, ショウジョウバエ, ハツカネズミ)で, トリチウムの効果に関しいくつか報告されている。細菌(E. coli)で, 3H-チミジンを含むいくつかの3H-標識化合物によって遺伝子突然変異が起ること26), ショウジョウバエでは3H-チミジンや3H-ウリジンによって伴性劣性致死突然変異27~30)あるいは優性可視突然変異(小剛毛形質31))が起ることが, またハツカネズミ32)でも3H-チミジンによって優性致死突然変異の起ることが報告されている。最近, CUMMINGとRUSSELL33)のグループによって,トリチウム水によっても突然変異が誘発されることが報告されている。彼らは雄のハツカネズミを体重gm当り0. 5あるいは0. 75mCi/mLのトリチウム水で処理して,その子孫での突然変異の発生を7個の特定遺伝子座位(specific locus mutations)で調べている。post spermatogoniaの時期で処理した(430rads相当)7, 942の子孫より11個, spermatogoniaの時期に処理した(700rad相当)20, 522の子孫より16個の突然変異を得た。前者の突然変異率は, X線, γ線の外部照射で期待される価の範囲内であり, 後者の誘発率も低線量率のγ線の外部照射の価の約2倍に相当するものであった。この結果は, 実験個体数の統計的意味, 被曝線量の推定値の精度を考慮に入れると, 「トリチウムのγ 線の外部照射に対する生物効果比(RBE)は1に等しい」との仮定を否定することはできず, 少なくも2以上の大きな価を越えることはないと考えている。上述したトリチウムの遺伝的効果のRBEに関連し, 遺伝的リスクの推定におけるtransmutation の問題については, 後節にも若干ふれることにする。

VIトリチウムの遺伝的危険度

放射線の遺伝的危険度(genetic risk)を推定するには, (1)人体への被曝量の推定と, (2)被曝量と遺伝的リスクの線量効果関係が2本の柱となるものである。従ってトリチウムの場合も, 単に遺伝的障害の1, 2の形質に関する定性的結果が得られたからといって, また単に被曝量の推定だけによっては, その遺伝的リスクについて云々することはできない。そこで問題となるのはトリチウムの線量効果関係であるが, 遺伝的危険度そのものが実は一般に考えられているような単純な指標ではなくその実体はいわば多くの遺伝学的パラメータの, 多次元的な関数のうえに成り立っているものなのである。しかし, ここでは遺伝的危険度の推定体系, その構造, 換言すれば遺伝的リスクの評価モデルそのものについては詳細な論述をするわけにはいかないので, 主としてわれわれの研究結果を素材にしながら, 低レベルトリチウムの

遺伝的リスクの一般的問題を考えてみることにしたい。

われわれの研究の最もユニークな点は, ヒトのリンパ球細胞を実験材料とし, 染色体異常の1つの型である染色分体の切断を遺伝障害の指標として, 「トリチウムの許容量付近のきわめて低レベルの濃度より高濃度のレベルに至る, 線量効果関係の詳細な定量的データを得た」ことにある。ここではまず問題となるのは, 染色分体切断の遺伝的危険度の指標としての意義であろう。前述したように, 染色体異常(染色体突然変異)は遺伝子突然変異とともに遺伝障害の2大素因であることは, 確立された事実であるといってよい(被曝直後の次代を考えるときに染色体異常の寄与がむしろ大きいとも考えられている)。本実験では, その染色体異常の指標として不安定型で非交換型の染色分体切断が, 染色体異常の指標として用いられた。その理由は安定型で交換型の転座の誘発頻度が低く, このため低レベルの研究に適せず, また転座の判定に技術的困難を伴うので, 判定に問題のあるためであった。しかし, 染色体異常の遺伝的リスクとして意味のあるのは, 実は安定型(特に転座)のものであって, 染色分体切断のような不安定型の異常では直接ないことである(染色分体切断は細胞分裂の過程を通じて失われ, 後代には伝達されない)。そこで, 遺伝的リスクの指標として, 染色分体切断がその意義と有効性を保つためには, 種々の型(安定型一不安定型, 交換型一非交換型)の染色体異常の量的相互関係の推定を可能にする解析的知見が必要となる。現在このことについて, いくつかの興味ある知見が得られつつある。したがって, これに基づいたある種の推定は可能であるが, 定量的目的のためには, まだ充分信頼できる域に到達していないと考えた方が多分穏当であろう。それにもかかわらず, 特にここで指摘しておきたいのは, 転座のような不安定型の染色分体異常であっても不安定型の染色分体切断と同様に, 染色体DNAの切断がその出発点になる事実である。したがってこのことは, 生の数値としても染色分体切断は, 染色体異常一般の遺伝的リスクの上限を示す指標(したがって安全側の指標)として, その役割と意義を充分に有すると信じてよいと思われる。また, 遺伝子突然変異は, 染色体切断の修復の誤りに起因する可能性も存在するので, このことも, 染色分体切断のリスク推定上の意義を強めていることを付記しておきたい。

ついで問題となるのは, 本実験ではヒトの体細胞であるリンパ球を実験材料に選んだことである。この理由は, ヒトについての染色体異常の実験的データを得るために最も適当な材料であるからである(外部被曝その他について彪大な知見がすでに存在する)。実験動物のデータからヒトの遺伝的リスクを推定するとき(ヒトを材料として精密な定量的実験データを得ることは一般にきわめて困難である), いつも問題となるのは実験動物とヒトとの間に存在するギャップ, すなわち生物種差の問題であった。しかし, 本実験はヒトの細胞を材料としているので, この種の難点の無視できることが本研究の大きな狙いでもあった。ただ, 遺伝的リスクの対象となるのは, リンパ球のような体細胞ではなく, 生殖細胞での異常とその伝達である。したがって, ここで体細胞と生殖細胞での染色体異常の誘発頻度の量的関係の細胞種差が問題となる。この問題について, ごく最近に2, 3の知見が得られつつあるが, 信頼できる量的推定を行うのには, まだ問題があると見てよいだろう。しかし, 控え目に見ても, 生殖細胞での染色体異常の頻度が体細胞でのそれより上回るとは現在の知見では考えにくい。しかも本実験では, 処理後の第1分裂中期で観察しているので, 細胞分裂に伴う染色分体切断の伝達のロスは考えられず, ここに示された数値は, 生殖細胞においても,予期される染色体異常の上限値を示すと受けとって多分よいと思われる。マウスの優性致死(転座によると思われる)の研究34)の今後の進展により, この点についての示唆を与えることが期待される。

さて, 上述の制約を念頭におきながら本実験の線量効果関係の結果について考えてみたい。最も特長的なことは, 濃度効果曲線が二相性を示したことである。この結果をリスク推定の立場から考えると, もし高濃度域の直線性から低濃度域での効果を推定するなら, 2μCi/mLの濃度で自然発生頻度の染色分体切断頻度(約0. 4%)と等しくなる。しかし, 実験データの示すところでは, この濃度での頻度は自然発生頻度の2倍となっている(倍加線量の濃度)。さらに, 現在, わが国での許容量(2×10-3μCi/mL)は低濃度のゆるい勾配の領域の中にあるので, したがつて高濃度域からの外挿による推定では許容量付近の染色分体切断の真の価を見誤まることになる。すなわち, 許容量付近のきわめて低いレベルの線量効果を高線量の効果から推定する際には, 充分な考慮の必要なことを示すといえよう。リスク推定の外挿からすると, 本実験の示す染色分体切断の数値は, あくまで染色体異常の遺伝的リスクの上限値であることにあらためて念をおしておきたい。また実験条件からして, 本実験でのトリチウム濃度は, 周囲環境の濃度ではなく, 人体の細胞内での濃度と考えるべきことは言をまたない。厳密な意味での量的なリスクの推定には, 多くの問題に注意すべきである。

(編者注:2μCi/mL=74万Bq/mL 2×10-3μCi/mL=740Bq/mL)

最後に, 遺伝子突然変異の問題に一言しておきたい。遺伝的リスク推定の観点からすると, CUMMINGとRUSSELLらの実験がほとんど唯一のトリチウムについて考察となるデータである。もし, 彼らの解釈が正しいとするなら(RBEは2より大きくない), たとえ被曝線量の推定に多少の技術的問題があるにしても, transmutationの効果はほとんど重視しなくてよいことになる(微生物, ショウジョウバエの実験結果と一致する)。これは, トリチウムのリスクを考えるときに重要である。ただし低レベルの濃度効果については, マウスでは実験的にほとんど不可能であり, 新しい実験法の開発が必要とされる。

VIIおわりに

低レベルのトリチウムの遺伝的効果について, 主として, ヒトのリンパ球の染色体異常に関するわれわれの実験結果をもとにして論じてみた。遺伝学の専門外の方には, いささか難解であったと思う。これは本文中にも蓋しておいたように, 遺伝的リスクの成立体系が多次元の多くのパラメータからなり, 単純でないためである。これは最も高次複雑なヒトについて, しかも, リスクの推定という予測を含む以上当然であるといえる。しかし,遺伝学の原理の最近の進歩は, 解析的, 実験的方法によるシステム的アプローチが充分にな:されれば, これを可能にしていると思われる。われわれの研究は, 直接低レベルでの実証的データによって, トリチウムの遺伝的リスクの推定のための1つの目安を与えたと信ずる。しかし, 本文中に記したように, この値は染色体異常の一リスクの上限値を示しているのに過ぎない。リスク推定の際必要とされる信頼度の高い, またより精度の高い推定値を得るためには, 今後多くの問題解決を必要とする。たとえば, 姉妹染色分体交換(sister chromatid exchange)35)などの鋭敏な方法によって, また遺伝子突然変異の新しい検出法を開発して, 低レベルの実証的データを得ること。また, 本文中に記したいくつかの問題(細胞種差および種々の型の染色体異常の相互関係)の解明のため,たとえば霊長類を用い, 生殖細胞の染色体異常を体細胞のそれと比較検討することなどが当面の課題といえよう。また, 二相性の機構の解明など, 基礎的, 解析的な研究の側面もゆるがせにできない。遺伝的リスクの解明は, 遺伝子・染色体など, ヒトを含めた生物の, 生命としての基本的ユニットを取り扱うがゆえに, 身体的リスクの課題についてもまた多分に示唆するところが多いと信ずる。

本文中に示したヒトのリンパ球による染色体異常の実験は, 放医研の特別研究「低レベル放射線の遺伝的障害の研究」および「トリチウムの生物影響に関する調査研究」の一環として実施されたものである36,37)。本実験の遂行に当り, トリチウム取り扱い, その他に援助をいただいた、当研究所, 樫田義彦博士をはじめ, 環境衛生研究部の諸氏に感謝の意を表します。

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トリチウムの環境動態  阪上正信 核融合研究 第54巻第5号1985年11月 解説 より

[解説]2019年10月12日

 東京電力、福島第一原発の汚染水について、大阪市長松井一郎氏は「処理済みで自然界の基準を下回っているのであれば、科学的根拠を示して海洋放出すべきだ」と発言しました。以下、毎日新聞2019年9月17日記事参照。しかし、トリチウムの海洋放出基準は、人間が勝手に「これくらいは安全だろう」と決めた基準であり、自然界の基準などそもそも存在しません。

 では、一体自然界にどれくらいのトリチウムが生産され、また、平衡状態にあるのかについて書かれた論文が以下です。長文ですが、ご一読下さい。自然界に存在するトリチウムに対して、核実験や原発の稼働、核燃料の再処理、核融合で人間の生み出したトリチウムがいかに膨大なものであるかがわかります。大阪市長のように「他の国もやっているから安全」ではなく、これ以上放射能で地球を汚すことは将来にわたるがんを増やすことにしかならないのです。

 地球上で宇宙線によって生まれるトリチウムは、①宇宙線によって生まれた速中性子が大気中の窒素と反応して、炭素12とトチリウムになる場合、②宇宙線によって生まれた速中性子が大気中の酸素と反応して、窒素14とトチリウムになる場合、③宇宙線の陽子によって元素が「核破砕反応」を起こしてトリチウムができる場合、④太陽から直接、トリトン(トリチウムの原子核)がやってくる場合、などがあります。そして年間の生成量と半減期12.3年によって減少していく量と考えると、全地球規模では1110PBq(ペタベクレル)が自然に存在します。だいたい3kgの質量です。日本の国土面積は地球の約1350分の1。日本には自然のトリチウムがおよそ822TBq(テラベクレル)のトリチウムが海に川に大地に平均的に存在すると考えることができます。

 しかし、原発事故時に東京電力、福島第一原発に出来ていたトリチウムは3400TBq(テラベクレル)。実に日本の自然界にあるトリチウムの量822TBq(テラベクレル)の4倍以上。それを日本全体に平均的に放出するのではなく、特定の海に放出するわけですから、海の生物に、まわりまわって私たち人間に影響がでないわけがありません。

<参考>トリチウムに関する福島第一原子力発電所のこれまでの状況 多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会事務局 2018年5月18日

 東京電力、福島第一原発の汚染水は「処理水」であろうと海洋に放出するべきではありません。また、トリチウムだけではなく、高濃度にストロンチウム90、ルテニウム106、ヨウ素129、テクネチウム99も含まれているものであることを明記しておきます。原子力規制委員会の決めた基準ですら超えている「処理水」です。

<参考>

汚染水、浄化後も基準値超え 89万トンの8割超 福島第一 2018年9月29日 朝日新聞

 新聞各紙や朝日新聞論座の投稿記事では、この基準値すらこえる放射能汚染水を「処理水」と呼び変えたり、「水」(安東量子氏の論座記事2019年10月10日)と呼び変えたりして、さも「処理されているから安全」かのようなイメージ作りをしています。

 「放射能汚染水」を、「処理水」や安全な「水」と呼び変えることで、安全イメージを振りまくことは許されません。

<参考>

原発「処理水」を、なぜマスコミは「汚染水」と呼び続けたのか 現代ビジネス 林知裕 2019年10月6日

福島第一原発の「水」問題は本当に八方塞がりか ステークホルダーを交えた本当の協議はまだ尽くされていない 安東量子 NPO法人福島ダイアログ理事長 朝日新聞論座 2019年10月10日

松井・大阪市長「汚染処理水の受け入れ」可能性に言及

2019年9月17日 毎日新聞 

大阪市の松井一郎市長=2019年7月、望月亮一撮影

 大阪市の松井一郎市長(日本維新の会代表)は17日、東京電力福島第1原発の汚染水処理を巡り、「処理済みで自然界の基準を下回っているのであれば、科学的根拠を示して海洋放出すべきだ」と発言し、大阪湾での処理水の受け入れもあり得るとの認識を示した

 松井市長は記者団の質問に答え、東日本大震災による震災がれきを大阪で受け入れた実績を引き合いに、「(大阪が協力する余地は)ありますよ」と述べた。さらに「科学者が入る検討委員会で全く影響がないと明らかにし、丁寧に説明して政治家が決断すべきだ」と持論を展開した。吉村洋文・大阪府知事も同調し、放出となれば府として協力する考えを明かした。

 吉村知事も同日の定例記者会見で「国が正面から取り組まないといけない課題」と指摘し、「政治家が腹をくくって国民に説明して、やらないと先送りされていく」と述べた。さらに小泉進次郎環境相が率先して取り組むべきだと主張し、「現実に放出となれば僕は協力する」と話した。【矢追健介、津久井達】

トリチウムの環境動態
 阪  上  正  信
(金沢大学理学部附属・低レベル放射能実験施設)
     (1985年9月30日受理)
Low Level Radioactivity Laboratory,Kanagawa Univercity,Tatsunokuchi,Ishikawa,932-12.

核融合研究 第54巻第5号1985年11月 解説 より

Environmental Behavior of Tritium
Masanobu Sakanoue
(ReceivedSeptember30,1985)
Abstract
  Various studies about the behavior of tritium in the environment are reviewed with
comments on several origins of their occurrences. For atmospheric tritium,different
chemical species and their seasonal variation have been studied. The average tritium
concentration in river waters was found to be1.5~2times higher than that of precipitations at various sites of Japan.
   The vertical distribution of tritium in ground water has raised an interest for
the samples collected from different wells in depth. The effect of the accidental
release of tritium and the tritium level around nuclear facilities are also mentioned.

 「天然は人工の母であり,人工は天然の鍵である。」トリチウムがその取扱物質の主体となる核融合研究においても,既存の環境トリチウムがどこにどの程度のレベルで分布するか,どのように環境で挙動しているかなどを知ることは,核融合研究の環境安全管理,環境モニタリングのために不可欠であるのみならず,核融合研究それ自身の諸研究面と直接,間接に関連する課題もあり,諸情報の正しい解析のための意義も大きい。しかも環境トリチウムには人類誕生以前から宇宙線によりたえず生起するもの以外に,1960年代のはじめに顕著に行われた大気圏実験により全世界的に散布され,環境動態のサィクルに入ったものがあり,その汚染の現在にいたるまでの経過は,単に定常的状態のみならず,一過的な動的解析を可能にし,緊急時対策を含めた今後の対応にも貴重な手がかりを与えている。
 以上のような意味から,ここでは環境トリチウムの生成源とその環境動態の情況を解説してみよう。

1.環境トリチウムの発生源
1.1 天然トリチウムの発見とその存在量
 ウランの化合物や鉱物をもとに発見された放射性物質(放射能)が,われわれの日常生活をいとなむ環境にもあまねく存在することが認められるようになったのは,空気の電気伝導度を研究していたJ.ElsterとH.Geitelが,今世紀初頭,地下室や洞穴の空気電気伝導度が高いことはラドンとその娘核種の存在によることを証拠づけたことにはじまる。以来,種々の天然放射能が,測定法の進歩とあいまって発見されていった1)。にもかかわらず,現在は環境放射能の代表的な核種としてその存在量のかなり多い14Cそしてトリチウムの存在予想とその発見が,約40年以上も遅れたのは注目すべきことである。これはこれらが純β放射体でその最大エネルギーがあまり大きくないことによるが,このことからも,目にみえないものの天然における存在と,一方これを認識する人智の展開には大きなへだたりのあることを思わせ示唆することが多い。
 さて,そもそも天然環境とくに大気中にトリチウムが存在することが示唆されたのは1939年ごろ加速器による核反応研究において,大気からのヘリウムを照射粒子として用いたときと,地中から採取されたヘリウムを用いたときで反応生成物の収率が異なることからである。これにより大気中には3Heが多いことが認められ,それは大気中に天然トリチウムが生成存在し,その壊変により3Heが蓄積しているためとされた。このことをもとに第2次世界大戦後W.F.Libbyが,宇宙線起源による14Cおよびトリチウムの生成を論じ,その検出に挑戦したのである。まず1947年バルチモァの排水処理場のメタンガスからの濃縮試料により天然14Cの存在を発見し,つづいて1950年やっと天然トリチウムの存在が,ハンブルグの液体空気製造工場からのHe-Ne部分中の水素を精製してその放射能測定により発見された2)。また1951年には,ノルウェー製の重水にも放射能のあることが,それから調製したメタンガスの気体計数法による放射能測定により確認された3)
 このような天然トリチウムの由来は,宇宙線によって生れた速中性子(>4.4MeV)が大気中の窒素と反応したもの〔14N(n,T)12C〕や,酸素と反応したもの〔16O(n,T)14N〕を主とし,その他に一次宇宙線の陽子による核破砕反応があり,また太陽等から直接やってくる粒子としてのトリトンもある。

 それらの生成率(P)がどの程度であるか,そして宇宙線強度が過去から著しい変動なしとしてその平衡存在量(E)はどの程度であるかについては色々の推定がなされてきた。トリチウムの壊変定数λ,全存在原子数N,地球の全表面積5.1×108km2=Scm2とすれば,E=P・S=λ・N。現在では0.25~0.2atom/cm2秒とされており4)5)平衡全存在量は約1110PBq(ペタベクレル)となる。この量はトリチウム重量として約3Kgに相当し,将来プラズマ核融合実現のさいの1サイト内の取扱い量はこれに匹敵することには注目したい。なお他の天然放射性核種の大気を含む地球全存在量の概量は 14C 11100PBq(ペタベクレル) , 40K 7400PBq(ペクレル) , 87Rb 740PBq(ペタベクレル) , ウラン系列 222PBq(ペタベクレル) ×14 , トリウム系列 284PBq(ペタベクレル)×10 である。

(編者注) 1Ci(キュリー)=3.7×1010Bq(ベクレル)本文ではすべてキュリー(Ci)の単位であったが、川根がすべてベクレルの単位に直しました。

単位の接頭辞
単位 読み方    意味           

k   キロ      ×103           

M   メガ     ×106          

G  ギガ     ×109      

T  テラ      ×1012           

P  ペタ     ×1015

m   ミリ     ×10-3

μ  マイクロ   ×10-6

n   ナノ     ×10-9

p   ピコ     ×10-12

30MCi(メガキュリー)=1110PBq(ペタベクレル)

 なお天然環境でのトリチウム生成反応としてほかに,リチウム鉱物と天然環境の中性子〔ウランなどの自発核分裂やα線と軽元素との(α,n)反応由来〕が反応して,6Li(n,α)3Hによる生成も考えられるが,せいぜい0.0001atom/cm2秒程度で,宇宙線由来に比しとるに足らぬ程度である。

1.2 核爆発実験の寄与

 1952年からさかんに行われるようになった水爆実験では,初期にはトリチウム自身も原料として用いられたが,通例はリチウムを原料として6Li(n,α),7Li(n,nα)3Hの反応により生成供給される。核爆発TNT相当1メガトン当たりのその生成量は370~740PBq(ペタベクレル)と推定される。なお核分裂にさいし,三体分裂(ternary fission)によっても生成するがその生成量はTNT相当1Mt(メガトン)核爆発あたり740~25.9TBq(テラベクレル)と推定されている。

(編者注)     1TBq=0.001PBq

 過去の核実験の核分裂と核融合の規模別推移とそれによる降水中のトリチウム濃度の変化を図1に示す。これらによるトリチウムの生成量は全330Mt(メガトン)規模の核融合爆発により約240500PBq(ペタベクレル),全220Mt(メガトン)規模の核分裂爆発により約5.5PBq(ペタベクレル)とされている6)。そしてその約75%は地上10Km以上の成層圏に注入された。しかも核実験は主として北半球で行われ,南半球に移動またはそこで生成した量は全注入量の20%の約48100PBq(ペタベクレル)程度とされているこのことは他の放射性降下物と同様にトリチウムについても北半球の雨水中トリチウム濃度が南半球に比しかなり多かったことにあらわれている。また,ほぼ同緯度地点でも内陸部と海洋部で雨水中濃度に差があるのは,濃度の希薄な海水の蒸発による希釈効果のためである(図1の下部オタワ・ウイーンとバレンチナの比較)。

 以上のような大気圏核爆発実験は1963年の部分的核実験停止条約締結以来,フランスや中国など非加盟国によってしか行われなかったので,その後の雨水中濃度は漸減した。しかし軍事用のみでなく石油や天然ガス採掘や土木工事のための地下核爆発実験もトリチウムを環境に供給する可能性があり,局所的なものとして将釆はそれらに配慮しなければならない。

1.3 原子炉・核燃料再処理その他による放出

 核分裂を利用する原子炉では,約1×10-4程度の収率で三体分裂によるトリチウムが生成する。100万KW熱出力の原子炉では1日約0.48TBq(テラベクレル)のトリチウムがこのために生れる。このほかに一次冷却水中に過剰反応制御剤として10~1000ppmのホウ素が添加されている加圧水型軽水炉(PWR)では,10B(n,2α)3H , 10B(n,α)7Li(n,nα)3H,11B(n,3H)9Beなどの反応によってもトリチウムが生れる。またpH調整剤としてのLiOHからも6Li(n,α)3Hによるトリチウムの生成が考えられるが,最近は7Li99.9%の濃縮同位体が使用されるようになったのでその寄与は少ない。
 このようにして生れたトリチウムのうち,三体分裂により核燃料中に生じたものは,主として核燃料再処理工程まで被覆材料も含めた燃料体内に保持され,環境への放出は再処理工場でおこる。一方,一次冷却水中に生じたものは原子炉サイトから液体または気体廃棄物として環境に放されるが,その量は100万KWのPWR原子炉で年間約0.030PBq(ペタベクレル)足らずであり,BWR軽水炉ではこれより少ない。しかし重水炉では2H(n,γ)3H反応により多量のトリチウムが生成し,100万KW重水炉では年間66.6PBq(ペタベクレル)に達する。このトリチウムはそのまま環境に放出されると影響が大きいので,劣化重水を貯蔵したり,トリチウムの回収を行うなどして放出低減化がはかられている。なお高温ガス炉でも3He(n,p)3Hによりトリチウムが生成する。
 再処理工場において核燃料の切断,溶解のさいそれから出たトリチウムは,例えば湿式Purex法処理ではその約1/3~1/4が水蒸気となって放出され,他は液体廃棄物となる
 以上のような原子力施設のほか,トリチウム利用施設,標識化合物製造施設なども環境へのトリチウム放出源であり,これに将来はプラズマ核融合施設が多量のトリチウムを取扱う施設として重要となると考えられる。
 以下このような種々の成因により生じたトリチウムが各種の環境にどのように分布し挙動しているかを,従来からの調査砺究の結果のほかに,昭和58年度からエネルギー特別研究(核融合)の一環としてはじまった環境トリチウムの測定とその動態に関する総合研究班の成果もまじえ,また,事故放出の場合の環境影響の事例にも言及しつつ述べてみよう。

2.環境トリチウムの分布と挙動

 まずノルウェー産重水に濃縮されたトリチウム放射能の発見により環境トリチウムを確認したLibbyらの研究室は1953年より精力的に雨水,雪,陸水,海洋水さらに年代もののブドウ酒などを対象に環境トリチウムの測定をはじめた7)。そして1953年代の試料では雨水数0.1Bq/L(ベクレル/リットル),湖水,海水数0.01Bq/L(ベクレル/リットル)の値を得ており7),そのなかには阪大菊地正士教授から提供された1953年の神戸の雨水について6.5±0.4TU(約0.78Bq/L)の値もあり,わが国の核実験による影響をうける以前のトリチウムのレベルとして注目したい。しかし1954年2月~3月太平洋エニウェトックで行われたCastle熱核爆発実験(核融合17.5Mt,核分裂29.6Mt相当)の影響をうけて同年3月19日からのシカゴの雨水トリチウム濃度は急上昇し,4月末には数十倍に達している。その後の世界でのトリチウム雨水濃度の変動は図1にすでに示したとおりである。
 以下環境各圏別にトリチウム濃度とその動態についての状況を述べてゆこう。

(編者注) 1pCi/L(ピコキュリー/リットル)=0.037Bq/L

2.1 大気中のトリチウム

 その成因が宇宙線でも,核実験でも,成層圏に注入されたトリチウムの一部は酸化されて水の形(HTO)となり,約1年の平均滞留時間ののち,対流圏に移動し,水文学的循環を行う,しかし最初の環境トリチウム発見が液体空気分留のHe-Ne部分中の水素ガスの形でなされたことからもわかるように,大気中には水素の化学形(HT)のものもある。さらにメタン(CH3T)など有機物の化学形をとるものもあり,これらの化学形のものも1954年ごろからの核実験により増加したとの報告がある8)
 経年的に大気中のこれらの化学形を弁別測定した研究例は少なく,わが国においては前記研究班の仕事ととして九大および新潟大理学部および動燃において大気申のHTOとHTの弁別測定が行われ,さらに九大においてはそれ以外のCH3Tとみられる化学形の測定も行われた。 図2はその結果を示す。この結果からわかるようにHTO化学形のものは当然湿気の多い夏期に,大気1m3あたりの濃度(Bq/m3)が高く,かなりの季節変動があるがHT濃度およびCH3T濃度はいずれも年間大きな変動はなく,それぞれ約0.044Bq/m3,0.010~0.017Bq/m3である。このようなHTO濃度が夏期に高く,一方HT濃度は年間あまり変化しないという傾向は新潟大および動燃東海のデータでも同じようにみられる。とくに天燃レベルのHT濃度の変化が少ないことは,トリチウムを水素ガスとして取扱うプラズマ核融合施設周辺のモニタリングのさいは施設寄与を判定するためには都合がよい。なお大気中でのHTの酸化によるHTOへの転換速度について今後さらに検討を要するが,あまり早くないとの推定がある。

その証拠として各化学形の比放射能が下記のようにかなり相異することもそれを裏付けるものである。

 HT;約106TU(大気中のH2体積濃度約0.5ppm)
 CH3T;約4×104TU(大気中のCH4体積濃度約1.3~1.6ppm)
 HTO;約10~70TU(湿度4~25g/m3

 この様に比放射能が異なるものが大気中で共存することは,同位体交換の速度が大層おそいことを示すものである。
 なお天然の環境トリチウムの全量を100%とすれば,HTO化学形で地表の水文圏に存在するものが90%と最も多いが,大気圏でも,成層圏にHTO 10%,HT 0.004~0.007%,対流圏HTO 0.1%,HT 0.02~0.2%,CH3T<0.04%との推定もなされている。
 ある地点の対流圏水蒸気を経日的に連続的に採取して測定していると,前線通過などによる風向,風速など気象要因の変化によってトリチウム濃度がかなり変化することが研究班の一成果として報告されており,その地点の水蒸気気団の由来と関係すると考えられている。
 事故放出などによりどの程度大気中水蒸気のトリチウム濃度が上昇し,それがどのように変化したかの例として,図3に米国Savannah River Plantの例を示す。同所では1974年5月2日トリチウム処理施設でパイプの故障がおこり17.7 PBq(ペタベクレル)のトリチウムガスが高さ60mのスタックを通じて放出され,HTO/HT実測比は0.0023であった。なお1975年の平常放出全量は11.3 PBq(ペタベクレル)(86%がHTO,14%がHT)であるが,この年の12月31日夜には6.73 PBq(ペタベクレル)のトリチウムが事故放出された(99%はHT)。
 これらの事故の影響とその減少が,10Kmおよび40Km地点で採取された大気水分および野菜水分のトリチウム濃度にうかがわれる。

2.2 降雨(雪)
 雨水についての環境トリチウムの継続測定は前述したようにまずシカゴ大学の研究室においてなされ,その後原水爆実験がさかんになるとともに,世界各国の関心の的となり,1961年からは国際原子力機関(IAEA)が世界気象機構(WMO)と共同で全世界的規模で降水中のHTO濃度のデータを収集し,その結果を発表しており,図1下部に示したのもその一例である。
 わが国でも1962年当時大阪市大の西脇,河合によって1957年の大阪市降水を濃縮して測定した結果が発表され,さらに理研高橋らは1961年からの東京,高知,新潟の降水について測定し,学習院大の木越は年輪試料をもとに間接的に1954年以前にさかのぼるデータを推定した。その後わが国で111Bq/L以上の最高値が1963年にみられ,気象研や近畿大でも継続測定データが出された9)。さらに近年は低バックグランド液体シンチレーション測定装置の普及とともに,放医研や原子力施設のある各県の衛生研究所なども降雨中のトリチウム濃度を測定し,前記研究班でも諸大学が日本各地で雨水のトリチウム測定を行い,気象変化にもとづく解析などが試みられつつある。これまでの結果の要点をまとめると下記のごとくである。

(1)経年変化;北

 (1)経年変化;北半球では1963年の最高値以来,注入トリチウムは次第に海洋等に拡散してゆくため,雨水中濃度はほぼ約1年のみかけの半減期で約5年間は減少していったが(図1),中国やフランスの核実験による付加などの影響により減少のみかけの半減期は5~6年とゆるやかになり,最近まで減少がつづいていることは,わが国各地の観測結果にも認められている。図4には愛知県雨水の経年変化を後述する各河川水の結果とともに示した。

 最近はトリチウム放出施設近傍を除けば3.7Bq/Lを越えるデータは少なくなり,原水爆実験以前の天然起源トリチウムレベルにほぼ近い値までになっている。

 (2)季節変動;北半球の降水中HTO濃度にはトリチウムレベルが高かった図1の場合にみられるように,

 (編集者注)

180pCi/L=6.7Bq/L
160pCi/L=5.9Bq/L
140pCi/L=5.2Bq/L
120pCi/L=4.4Bq/L
100pCi/L=3.7Bq/L
 80pCi/L=3.0Bq/L
 60pCi/L=2.2Bq/L
 40pCi/L=1.5Bq/L

初夏6~7月に高く,冬1~2月に低いというかなり顕著な季節変動が認められた。しかしレベルの低くなった最近のわが国のデータをみると,海洋気象等の影響をうけやすいため,それほど顕著な季節変化はみられず,地域的特徴に応じた季節変化,例えば春やや高く秋低い傾向(愛知県)や,初夏に高い傾向(日本海側の新潟,富山,石川の各県)が認められる。

 (3)海洋の影響;降水中のHTO濃度は,大陸内地域は海洋地域よりも高いことが世界的に認められており,米大陸でも同緯度地点で比較して,海洋濃度に比し純内陸や大陸東岸では3~4倍あるいはそれ以上,西岸は西風の影響をうけて希釈されるため1.2~2倍というデータがみられる。わが国は海洋中の列島で面積も大きくないのでそれほど大きな地域差は認められず,むしろ気象状況により,気団が大陸起源か,太平洋起源かによって高低の変動がみられると考えられる。

 (4)緯度による影響;多数の海洋観測個所の降水中HTO濃度は緯度によって異なり,北半球では緯度約13°ごとに,南半球では緯度約16°ごとに赤道に近づくにつれトリチウム濃度は減少する。なお他のフォールアウトのように中緯度地帯に降下のピークは認められず,極地近くでもHTO濃度は高い。これは極地では成層圏から対流圏への移行が支配的であるとともに,温暖地域では海洋水の蒸発による希釈効果が大きいためと考えられる。なお核実験以前の天然トリチウム濃度も同様の緯度依存性のあることは各地の水や,各地産ブドウ酒などの測定値から推定されている。
 なお水蒸気の大気中滞留時間約1~2月を降水トリチウム濃度をもとに求めた例があり,小雨には対流圏下層の水蒸気中のHTO濃度が反映し,中程度や大雨ではこれら水蒸気との交換は無視できるとの見解がある。

 (5)施設周辺の降雨によるトリチウムの洗浄沈着;たえずHTOを放出している施設周辺でそれらがどの程度降雨により洗浄沈着するかについての研究班の成果を述べておこう。

 図5に示すように茨城県東海村の重水減速研究炉では炉内中性子の2H(n,γ)3H(T)反応によりたえずHTOが生成し,その一部が蒸気として大気放出される。放出源の南~南西方向の約0.5Km~2.0Kmの範囲に降雨採取器を設けて月間降雨を採取し,それを測定して,核実験およぴ天然トリチウム寄与分を差引き,施設由来分の降雨による沈着量量を求めた値をプロットしたのが図5である。なお本図には単位面積あたりの降雨による沈着量を,放出量,観測点の放出源からの距離,降雨の頻度,強度などのパラメーターから求める式をつくり,それを一定地点の観測値にあてはめて比例定数を求め,その比例定数により沈着量の距離依存性を計算した曲線も記入してある。詳細は昭和59年度環境動態研究班報告書を参照されたい。

3.地表水(河川,湖沼)および地下水
 降雨量をあつめて地表を流れる河川水さらにその滞留する湖沼水のトリチウム濃度も核実験の影響をうけて上昇し,図4の愛知県河川の例にみるように最近にいたるまで減少をつづけており,そのみかけの半減期は5~6年と見積もられ,その年間変動幅も降水に比し少ない。また同時期の雨水のレベルと比較すると図4でもわかるように最近10年間では一般に河川水の方がトリチウム濃度が高い傾向がある。これは河川水の由来が単にその時期の降水に由来するもののみでなく,核実験による影響の大きかった何年か前の降水が一度地下水として貯留されてのち,再び地表に出て河川水となっているためと考えられ,大河川や高い山に由来する河川ほどこの寄与は大きく,その経年的減少もゆっくりと現われる。なお図6には富山県の河川でかなりの雪の多い高い山岳地帯に源をもつ2つの河川のトリチウム濃度測定結果を示した。これらは最近の同地方の降水のトリチウム濃度の約2倍近くである。しかも季節変化はあまりなく,雪国で河川水の流量が増大する融雪期でもトリチウム濃度低下が認められない。これは融雪期の増水も雪融け水の直接の流入によるのでなく,雪融け水が地下に滲透しそのため地下水が押出されて増水することを示唆する。しかも図6には同一試料水について測定された重水素濃度の標準水との偏差(δD)の測定値も示したが,D/H比は融雪期には少しづつ低下する場合のあることが認められ,これは雪融けがD/Hの大きい低地からD/Hの小さい高地へ移り,それに伴って地下水の流出の行われる場所も低地から高地へその中心を移すことを表わすものとして,単にトリチウムの測定のみでなく,D/H比や18O/16O比などの安定同位体比の測定も同時に行えばトリチウム測定をもととしてより多くの知見の得られることを示す。

 (編集者注)

100pCi/L=3.7Bq/L

 50pCi/L=1.9Bq/L

 湖沼水のトリチウム濃度についても,その表面水の経年変化には河川水と同様の傾向が宍道湖について認められ,一方海岸に開口している島根県中海では海洋水の影響で濃度も低く,また経年変化も少ない。なお360mの深度をもつ北海道支笏湖と,233mの深度をもつ鹿児島県池田湖について,トリチウムの深度分布が九大の研究者により調査されたが,後述する深海水のような大きな濃度変化はなく,これら湖水の循環がトリチウムの半減期よりはるかに短い期問内に行われていることが認められている。ただし表面水にはやや変動が認められている。
 一方,地下水のトリチウム濃度は井戸の水を供給している地層の深さとその地域の地質構造に関係がある。その実例として金沢市の井戸水について行われた私共の研究成果を図7に示そう。同市小立野台地の1Km範囲内の異なる深度に採水のためのストレーナーのある6つの井戸と,同台地の両側を流れる浅野川1,犀川の水のトリチウム濃度の状況は同図右下の図にみるようにかなりの変動がある。最深部(No.2)の水は電解濃縮を行ってもそれほどトリチウム濃度の上昇がみられぬほどトリチウム濃度は低く,トリチウム測定のバックグランド水として使用されているが,ほぼ同じ地点で深度60m程度からの水(No.1)はトリチウム濃度が約2.3Bq/Lと高く,このことはほぼ同一深度の水(No.4)についても認められた。一方,深度10m程度からの水(No.3,No.5)は約1.1Bq/L前後であり,山から水を供給されている洞川水のトリチウム濃度はそれよりやや高めである。このことから浅層地下水は現在の降雨を貯留したものであり,一方中層地下水は核実験の影響をうけて降雨中のトリチウム濃度の高かったころの水がなおかなり貯留していること,さらに深度の深い深層水はトリチウム放射性壊変による減衰のためトリチウムがほとんど認められなくなるほど古い水であることがわかる。このことはこの地域のボーリング・コアーによる不透水粘土層の存在等の地質構造の解析,さらに融雪用の井戸水も含めた広範な地下水の調査によっても裏付けられており,その詳細は別に報告する10)

 このように地下水のトリチウム濃度のある地域での深度別の研究は,その地域の水文学的状況を解明するためのかけがえのない手がかりを与える。このことは,将来反応プラズマ・核融合実験施設など大規模なトリチウム取扱施設が建設されようとする地域では,なるべくその地域と周辺全般の種々の深度からの地下水をボーリング等で採水し,その特性を把握しておくことが,環境モニタリング,緊急事態での対策確立のため望ましい。

 定常的に運転を行っている重水減速原子炉周辺では,環境にある程度のトリチウムが注入されることはやむをえず,環境モニタリングには図5に示したような降雨による洗浄沈着量の直接観察のほかに,その施設周辺レベルの分布を知るには,井戸水などの浅層地下水を数多く採水してそれらのトリチウム濃度を測定することが有効である。そのわが国での実例として東海村原研南南西方向の状況を図8に示しておこう。なおこの地域の地下水は私共研究班のトリチウム測定法のク9スチェックのためにも使用された。昨年訪れた中国北京の原子能研究所では1958年から運開した重水炉(1980年10MWから15MWに増強)があり,1978年まででもその5トンの重水に0.078TBq/Lのトリチウムが蓄積しており,平常時のモニタリングのほか,事故時の貴重なデータも得られている。なお,スイスの夜光時計用のトリチウム取扱工場では1983年12月13~14日,約0.019PBq のトリチウムの放出事故(平常時でも排水濃度は数3.7Bq/L 以上と高い)があった。それがラィン川の支流の山域の地下水や本流の表面水のトリチウム濃度をどのように変動させたかのデータを,今夏訪欧のさいその研究に参加したベルン大の研究者から提供されたので,その要点を図9,10により示しておこう。

4.沿岸海水および海洋
 地球上の水の97.5%を貯蔵する海洋のトリチウム濃度は,河川水の影響の程度,海洋水の深度による混合と貯留減衰時間の相異によって大きな影響をうける。表面水ではかなり希釈混合がはやく行われ,沿岸海水でもよほど河口に近いものを除けばそのトリチウム濃度にあまり大きな相異がないことが,九大の研究者の日本列島沿岸海水の広範な調査で認められ,1983年度には0.48~1.0Bq/L(平均0.77±0.18Bq/L )である。なお放医研の研究者による1971年から1980年にかけての一定箇所の沿岸海水のトリチウム濃度の経年変化では約1.9Bq/Lの値が約10年間に約0.74Bq/L まで漸減したことが報告されており,それに比し同年度の河川水や湖水の値は約3~5倍高い値を示している。
 一方,太平洋,大西洋など海洋水の深度別トリチウム濃度の変化も研究されている。その結果,水深50

 ~100mまでの混合層の水と,それより深い海水温がかなり低温となる温度躍層(Thermocline)の水は,相互に混合しにくく,より深海層の海水と混合層の海水の上下混合を妨げているため,南北の高緯度地帯以外では,トリチウム濃度が海水の深度とともにトリチウムの放射性減衰のためかなり低下していることが知られている。
 このような海洋水のトリチウム濃度の深度変化とその各海域的動態は,海洋科学的研究として興味あるのみならず,原子力施設等から海洋に放出されたトリチウムの挙動を考える場合に重要である。

5.陸上の動植物のトリチウム濃度
 トリチウム取扱施設や生成施設周辺のモニタリングや食物連鎖を通じての生物影響を考える場合には,野菜など食用植物もふくめた各種植物の付着水,含有水分,さらに有機成分のトリチウム濃度,さらに人尿等もふくめた動物についてのトリチウム濃度の研究も重要である。
 環境モニタリングの目的で,松葉の付着水が,環境のトリチウム汚染の指示として有効に利用できるとの放医研等の研究もあり,また飲料水に比し,人尿のトリチウム濃度が高いとの報告もあるが,有機成分混入のための疑似計数など測定面でなお検討する点もあり,今後の研究が期待されている。また生物機能における同位体効果のため有機成分にトリチウムの濃縮がみられるかどうかなど,生物を含めた広義の環境トリチウムの動態研究についてはなお研究すべき課題が多く,現時点では簡単にまとめるには尚早と考えられる。

              参  考  文  献
1)阪上正信:名古屋大学RIセンターTracer 9(1984)18.
2) V.Falting and P.Harteck:Naturforsh.5A(1950)438.
3) A.V.Gross et al.:Science113(1951)1.
4) S.K.Aegerter  et al.:IAEA,STI/PUB152(1967)49.
5〉 B.J.Teegarden: J.Geophy.Res.72(1967)4863.
6)J.A.Miskel: Tritium(A.Moghissi and M.Carter Eds,Messenger Graphics,Phoenix and
  Las Vegas,1973)p79~85.
7)阪上正信:環境トリチウムの測定とその動態に関する研究資料要覧(昭和58年科学研究費補助金
  印刷,金沢大・低レベル放射能実験施設,1984)p3~5.
8)E.A.Martell:J.Geophy.Res.68(1963)3759.
9)文献7)p.6~10.
10)山田芳宗,翫幹夫,加藤岩夫,阪上正信:地球化学(日本地球化学会)に投稿中。

東電 福島第一原発の「処理水」を福島県沖に流してはいけない10の理由

東電 福島第一原発事故 核燃料デブリ汚染水の「処理水」の海洋放出について

2022年6月14日

内部被ばくを考える市民研究会

川根眞也

<要約> 
(1)東電が福島県沖から海洋放出しようとしている「処理水」はトリチウム水ではない。基準値以下ではありながら、プルトニウム239、ウラン235、ストロンチウム90などを含んだ放射能汚染水である。これは核燃料デブリを冷やすために使われた放射能汚染水であることには変わらない。

(2)トリチウムについて、① 自然界でも宇宙線によってトリチウムが作られていること ② トリチウムの出す放射線はベータ線であり、そのエネルギーが非常に弱いこと ③ トリチウム水の海洋放出に関する国際基準は60,000ベクレル/Lであり、東京電力が今回計画しているトリチウム水の放射能濃度はその40分の1の1,500ベクレル/Lであること をもってして、「科学的に安全である」とか「他の韓国、カナダ(原発からのトリチウム水やトリチウム水蒸気放出)、イギリス、フランス(核燃料の再処理工場からのトリチウム水やトリチウム水蒸気放出)もしているのだから」と経済産業省は主張している。

(3)しかし、自然界で作られるトリチウム量は地球規模で、年間70PBq(ペタベクレル)に過ぎない。一方、米ソの大気圏内核実験によってトリチウムは地球環境に大量に放出された。このトリチウム量は180,000~240,000 PBq(ペタベクレル)である(1945~1963年)。大気圏内核実験によって、トリチウムや炭素14、セシウム137やストロンチウム90が大量に地球環境に撒き散らされ、全世界で先天性奇形児、死産、流産が発生した。このことが1963年の米ソの部分的核実験禁止条約の締結につながった(大気圏内核実験の禁止)。

<参考>トリチウムの環境動態  阪上正信 核融合研究 第54巻第5号1985年11月 解説 より

(4)経済産業省は、諸外国の原発の出すトリチウム量や核燃料の再処理工場の出すトリチウム量と、東電福島第一原発が保有している放射能汚染水の中のトリチウム量(0.8PBq)とを比較して、福島県沖でも放出してよいのだ、と主張している。諸外国のトリチウムを大量に放出する原発の周辺で、あるいは再処理工場の周辺で、健康被害が起きているのか、いないのか、を調べるべきである。「他の国がやっているから大丈夫だ」とはならない。イギリス、セラフィールド再処理工場の周辺では小児白血病が増えている。カナダのピッカリング原発の周辺では遺伝障害、新生児死亡、白血病死亡が見られている。経済産業省は「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」を15回開いて報告書をまとめたが、カナダ、韓国、イギリス、フランスでの現地調査を行っていない。

(5)トリチウムは水素である。放射性水素であるトリチウムは安定な(放射能のない)水素と容易に入れ替わる(同位体交換)。ヒトや生物のからだの設計図であるDNAの二重らせん構造は、水素結合で結びついている。トチリウムが水であろうと水蒸気であろうと、ヒトや生物の体内に入ったときに、容易にこのDNAの二重らせんを構成している水素と置き換わる。そして、トリチウムの半減期は12.3年であり、ヒトが生きている間に崩壊する可能性が非常に高い。DNAを構成する水素がトリチウムに置き換わり、ベータ線を出して崩壊したときに、そのDNAはずたずたになる。トリチウムがエネルギーはどんなに小さいものであっても、DNAを構成している分子の結合エネルギーよりははるかに大きい。すべての放射性核種の中でもトリチウムほど、DNAと結びつきやすいものはない。経済産業省のトリチウム水の処理についての議論で、トリチウムがDNAをもっとも結びつきやすい核種であることは検討された形跡がない。

(6)東電が福島県沖1kmで海洋放出しようとしている、「処理水」のトリチウム水濃度は最高1,500ベクレル/Lである。国際的なトリチウム水の海洋放出の基準が60,000ベクレル/Lであるから、さも安全かのような主張をしているが、そもそも、現在の海水のトリチウム水濃度は1ベクレル/L以下である。かつて、米ソが大気圏内核実験を競い合って行っていた頃には、降水中のトリチウム水濃度は一時400ベクレル/Lを超えた。東電福島第一原発事故直前の日本分析センター(千葉県千葉市)で採取された降水は0.35ベクレル/Lである。東電福島第一原発事故が起きた2011年3月1日~4月1日の平均でもたかだか1.5ベクレル/Lである。東電が来年春か秋には放出しようとしている「処理水」のトリウム水濃度は1,500ベクレル/Lであり、この1,000倍にあたる。直接、ヒトが飲むわけではないが、海洋の生物に深刻な影響を与えかねない。

千葉市における月間降水中のトリチウム濃度および降下量(2011年2月~2012年1月)

(7)トリチウムがベータ崩壊をしたときに出すベータ線のエネルギーは最大18.6keV(キロ電子ボルト)である。これは様々なベータ線を出す放射性核種の中でももっとも弱いエネルギーと言ってよい。何人かの放射線の専門家がこのトチリウムの出すベータ線のエネルギーの弱さを持って、トチリウムは安全かのように説明している。しかし、これは放射線生物学をまったく知らない素人判断である。放射線が細胞やDNAに与える影響を考える際には、LET(線エネルギー付与)を考える。放射線は確率的には360°どの方向にも放射されうるし、半減期をはるかに過ぎてもまたは半減期を待たずにすぐにでも放射されうる。ただ、半分の核種が半減期には崩壊するという確率が成り立っている。しかし、放射線はたった1本の直線上に放射される。それが強いエネルギーを持っている場合は、生物の細胞の原子の軌道電子と相互作用を起こして、さらにX線や二次電子を出す。その放射線が生物の体内や水などの中で、それくらいの長さの線分をどれくらいのエネルギーを与えるか、がLET(線エネルギー付与)の考え方である。LET(線エネルギー付与)が大きい放射線ほど、細胞やDNAにダメージを与える。DNAでは、二重らせんのうち、一方だけの鎖を切断した場合は正しく修復されやすい。正常なもう一方の鎖が相手を正しく修復することができるからである。しかし、二重らせんの両方を切断された場合(二本鎖切断という)は、DNAが誤って修復される可能性が増えて、これががんの原因になりやすいと考えられている。欠失や転座がそれである。安定型染色体異常と呼ばれ、何世代にも影響を与える可能性がある。LET(線エネルギー付与)は、ベータ線でもアルファ線でも、その持つ放射線のエネルギーが大きいほど小さい。つまり、その放射線のエネルギーが小さいほど、そのLET(線エネルギー付与)は大きくなる。トリチウムの出すベータ線の最大エネルギーは18.6 keV(キロ電子ボルト)、ストロンチウム90の出すベータ線の最大エネルギーは546 keV(キロ電子ボルト)、イットリウム90の出すベータ線の最大エネルギーは2,280keV(キロ電子ボルト)。この3つのベータ核種のうち、もっともLET(線エネルギー付与)が大きいのはトリチウムである。ストロンチウム90やイットリウム90ではない。つまり、この3つの核種を比べたときに、もっともDNAの二重鎖切断あるいは欠失や転座を引き起こしかねないのは、トリチウムである。出すベータ線のエネルギーが弱いからこそ、同じDNAの近くでフリーラジカルをたくさん作り、二重鎖切断を引き起こす。エネルギーが大きければ、1つの細胞のDNAから離れた別のDNAを攻撃して切断する。同じDNAが損傷を受ける危険性が小さくなる。

(8)アメリカの原爆開発に従事し、その後、作業員の放射線の許容線量を求めたカール・Z・モーガンは、原子力産業や核兵器開発から作業員を守るために、「保健物理学会」を設立した。カール・Z・モーガンは1950年から1971年まで国際放射線防護委員会(ICRP)および全米放射線防護委員会(NCRP)の内部被ばく線量委員会の委員長を務めた。彼は、トチリウムの「線質係数」は当時1.7だったが、そのDNAへの攻撃性により、4か5に引き上げるべきだ、と主張した。しかし、国際放射線防護委員会(ICRP)は、トリチウムの線質係数を1.7から1に引き下げた。それは線質係数が引き上がれば、放射線によるガンのリスクも引き上げることになり、原子力産業が守るべき放射線防護基準が厳しくなるからであった。カール・Z・モーガンはまた、オークリッジ国立研究所(ORNL)のテネシー州の核施設で、その放射性廃棄物で周りの環境がどのくらい放射能汚染をしたのか調査した。その結果、ある種の放射性核種は、植物や動物によって、数百倍から1万倍まで濃縮されることを見つけている。また、プルトニウム生産工場があったワシントン州ハンフォードでは、コロンビア川の川底に生息している魚が川の放射能汚染の100万倍も汚染されていることを報告している。①でも書いたように、東電が福島県沖から放出しようとしている「処理水」は、核燃料デブリに触れた水である。どんなに基準値以下であろうと、プルトニウム239、ウラン235、ストロンチウム90などを含んでいる。この放射性核種が、どのような植物性プランクトン、動物性ブランクトンや魚介類、水棲生物によって、濃縮されるからはまだ、分かっていない。しかし、1万倍や100万倍に濃縮される可能性があることを前提に議論を進めるべきであろう。

(9)東電は、トリチウム汚染水(東京電力はALPS処理水と呼ぶ)を海洋放出するにあたって、その汚染水でヒラメを育てる、という計画を発表している。2022年3月17日からそのための「海洋生物飼育練習」が開始されている。基本的に、東京電力が行う海洋生物実験は、利益相反があるので、安全性の証明にはならない。国際原子力機関(IAEA)も同様に利益相反があるので、行ってはならない。地元福島県漁協を含めた、中国や韓国、北朝鮮の漁協も参加し、海洋調査機構による海洋生物実験ならば、安全性の証明になるだろう。東京電力の「海洋生物飼育練習」はお粗末そのもので、まだ、ALPS処理水も入れていない段階でヒラメが次々と死んでいる(2022年5月24日以降)。そもそも、魚を単純に海水の中で、エサを与えて育てるという発想そのものが単純であり、海の魚が生息できる環境をまったく理解していない。そもそも、海洋生態系の中で、放射能の生物濃縮が起こるのであり、水槽にALPS処理水を入れたのはまったく違うことが、トリチウム汚染水(トリチウムだけではない)を海洋放出した際には起こる。東電の海洋生物実験は、海洋生態系を無視し、実際の海洋放出とはまったく異なるものである。即刻中止すべきである。

(10)東京電力や経済産業省は、問題をトリチウム汚染水だけの問題に矮小化している。しかし、根本的な問題は、核燃料デブリが取り出せない、という問題であり、また、今後数十念、数百年、数千年、はたまた数万年も核燃料デブリを冷やし続けなくてはならないという問題である。核燃料デブリが今、どこに、どのような状態であるのかもわからないのに、核燃料デブリは取り出せない。そもそも、取り出した核燃料デブリはどこにどうやって保管するのか。現在のまま、水密で保管した方が危険性が少ないのは明らかである。また、核燃料デブリの調査のたびに、大量の放射能が環境に撒き散らされているのは明らかである。トリチウム汚染水の問題よりも、核燃料デブリをどのようにして安全に保管するのか、そして、核燃料デブリに触れた汚染水をALPSで処理しているが、その処理の際に取り除かれたプルトニウム239やウラン235、ストロンチウム90などをどうやって安全に保管できるのか、が重要である。ウラルの核事故の例に見るように、高レベルの核廃棄物の処分場では、しばしば大爆発が起きている。増え続ける汚染水の問題と同時に、核燃料デブリが取り出せないという結論を出すべきであるし、核燃料デブリに触れた汚染水を処理する際に出来た高レベルの放射性廃棄物をどのようにして安全に管理すべきか、早急に結論を出すべきである。

<参考1>

低レベル・トリチウムの遺伝的効果について 特に染色体異常を中心に 堀雅明*1, 中井斌*1 保健物理, 11, 1~11(1976) 総説

<参考2>

極めて低線量のトリチウム被ばくによるヒトリンパ球で誘導された染色体異常の、普通ではない線量―応答関係 堀雅明 中井斌

<参考3>

国連科学委員会1977年報告 p.476~477 ANNEX H 375 376 377 トリチウム水によるヒトリンパ球の染色体異常の誘導 堀雅明 中井斌による研究

[解説]内部被ばくを考える市民研究会 川根眞也

 上記の3つの資料では、トリチウム水(HTO)やトリチウム-チミジン(3H-TdR)が染色分体異常を引き起こすことが書かれている。特に重要なのは<参考1>で日本語で書かれた論文だが、論文中にはコメントされていないが、37ベクレル/Lのトリチウム水で、3700ベクレル/Lのトチリウム水と同じ程度の、染色分体異常が引き起こされている実験結果が示されていることである。以下に実験結果を再掲する。これは、<参考2>では削除され、<参考3>のUNSCEAR1977年報告では言及されていない。

<参考4>

トリチウムの「線質係数」は1.7ではなく、4か5にすべきだ。ーカール・Z・モーガン

 アメリカの原爆開発”マンハッタン計画”に携わり、その後も原発や原子力産業で働く作業員の被曝許容線量を求めてきたカール・Z・モーガン。彼は、1950年から1971年までの間、国際放射線防護委員会(ICRP)および全米放射線防護委員会(NCRP)の内部被ばく線量委員会委員長を務めた。そのカール・Z・モーガンが著書『原子力開発の光と影 核開発者からの証言』昭和堂、2003年で、トリチウムのDNAへの危険性について語っている。1947年にモーガンたちが考えたよりも、50倍癌のリスクが高まっているにもかかわらず、放射線防護基準を決める機関である国際放射線防護委員会(ICRP)が、トリチウムの「線質係数」を1.7から1に引き下げたと書いています。モーガンは、トリチウムの「線質係数」は1ではなく5に引き上げるべきだ、と書いています。