2020年1月17日、山口県の伊方原発から30~40キロ圏内の島しょ部に住む住民3名が起こした伊方原発運転差し止め即時抗告審で、広島高裁 森一岳、鈴木雄輔、沖本尚規裁判官は、伊方原発3号機の運転差し止めを命じる決定を出しました。
この決定文で、 「福島事故のような過酷事故は絶対起こさない」という理念や「妨害排除請求権」と「妨害予防請求権」について書かれています。多くの新聞はこのことを書きません。東京新聞が唯一、「森裁判長は、原発の危険性検証には『福島事故のような過酷事故は絶対起こさないという理念にのっとった解釈が必要なことは否定できない』と言及」と報道しています。東京新聞2020年1月18日1面。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞はこの理念については一切言及していません。
またこの決定文には、原発が運転中に事故を起こした場合、 「大量の放射性物質を外部に放出することになり」、 「人が放射線を短時間で一度に受けると、多数の細胞が死に、組織や臓器の働きが悪くなることに加え、自らの生命を維持するためのDNAや、細胞を修復する能力が失われてしまう可能性があるから、生命、身体に対する影響は重大で、かつ、不可逆的なもの」と述べた上で、「 住民らは、このような重大な被害を受ける具体的な危険性が認められるときには、発電用原子炉施設の運転を、人格権に基づく妨害予防請求として差止めを求めることができる。 」と述べています。この「人格権に基づく妨害予防請求権」という権利をこの判決では掲げて、伊方原発3号機の運転差し止めを求めているのに、東京新聞を含めて、どの新聞も書いていません。
こと、原発再稼働差し止め、原発建設差し止めの判決の際には、新聞記事を読みあさるのではなく、まず、判決文全文を読むことをお勧めします。新聞には大事なことをわざと書かないバイアスがかかっているからです。
ちなみに、川内原発運転を止めるため、原子力規制委員会の火山リスクの検討が不十分だとして、同委員会の新基準適合を取り消しを求めた裁判の判決文では、以下のような論拠で原告の低線量被ばくを回避したいという訴えを退け、年間20ミリシーベルトまでの被ばくを容認しています。
「放射線と他の発がん要因等のリスクとを比較すると、喫煙は1000ないし2000ミリシーベルト、肥満は200ないし500ミリシーベルト、野菜不足や受動喫煙は100ミリシーベルトから200ミリシーベルトのリスクと同等とされ、年間20ミリシーベルトを被ばくすると仮定した場合の健康リスクは、他の発がんと比べても低い。」川内原発設置変更許可取り消し裁判判決全文 2019年6月17日 pp.83
川内原発設置変更許可取り消し裁判判決全文 2019年6月17日
今回の伊方3号機の運転差し止め仮処分却下決定の即時抗告の決定文には、このようなでたらめな放射線防護理論はありません。「人格権」と、人格権を侵害する場合には「妨害排除請求権」が、人格権を侵害する恐れがある場合には「妨害予防請求権」がある、とはっきり書いています。 伊方原発3号機運転差し止め仮処分命令申立却下決定に対する即時抗告事件 決定 2020年1月17日 pp.6~7
伊方原発3号機運転差し止め仮処分命令申立却下決定に対する即時抗告事件 決定 2020年1月17日 広島高裁 裁判官 森一岳 鈴木雄輔 沖本尚規
是非、決定文、全文を読むことをお勧めします。そして、この人格権と「妨害予防請求権」について、学習を深めると同時に、「喫煙、肥満、野菜不足や受動喫煙うんぬん」のような判決を許さない運動が必要です。
以下、決定文より大切だと思われる文章を抜き書きしました。編集者が読みやすさを考え、長文をいくかに分割し、「本件」「上記のような」の言葉を省略しました。決定文そのものではありません。
「福島事故のような過酷事故は絶対起こさない」という理念
抗告人らの主張のうち、発電用原子炉施設について、福島事故のような過酷事故は絶対起こさないという意味での高度な安全性を要求すべきであるという理念については、傾聴に値するものがある。PP.10
「妨害排除請求権」と「妨害予防請求権」
本件は、抗告人らが、原子炉の運転によりその生命、身体等に対する侵害が生ずる具体的危険性があるとして、人格権にもとづいて原子炉の運転の差し止めを命ずる仮処分命令を求める事案である。抗告人らが主張する被保全権利は人格権に基づく妨害予防請求権としての差止請求権である。人の命、身体は言うまでものなく重大な保護法益である。また、これまで居住してきた生活環境の中でその生活を維持していき、その意思によらずにその生活環境を一方的に奪われないことも、人が個人として生きていくための基礎であって、重大な保護法益であるというべきである。人の生命、身体、生活の保護法益に係る権利は、人格権として、物件の場合と同様に排他性を有するものと解される。したがって、人は、人格権が違法に侵害され、又は違法に侵害されるおそれがある場合には、現に行われている違法な侵害行為を排除し(妨害排除請求)、又は将来生ずべき違法な侵害行為を予防する(妨害予防請求)ため、人格権に基づいて侵害行為の差止めを求めることができる、と解するのが相当である。PP.6
発電用原子炉の運転差し止めを「妨害予防請求権」で求めることができる
発電用原子炉は、核分裂によって生じるエネルギーを利用して発電を行うため、運転に伴って必然的に放射性物質を発生するものである。発電用原子炉施設においては、原子炉を「止める」「冷やす」、放射性物質を「閉じ込める」という安全上の重要な機能を有する設備を用いて事故防止に係る安全確保対策を講ずることにより、異常発生時においても放射性物質を発電用原子炉施設内に閉じ込め、放射性物質を環境へ大量に放出する事態を防止することが予定されている。が、安全確保対策の失敗により、原子炉の停止又は冷却ができず、かつ、放射性物質の閉じ込めにも失敗した場合には、大量の放射性物質を外部に放出することになる。また、人が放射線を短時間で一度に受けると、多数の細胞が死に、組織や臓器の働きが悪くなることに加え、自らの生命を維持するためのDNAや、細胞を修復する能力が失われてしまう可能性があるから、生命、身体に対する影響は重大で、かつ、不可逆的なものである。大量の放射性物質が外部に放出された福島事故においては、政府の避難指示によって避難した住民が約15万人に達し、事故から約4年3ヵ月が経過した時点でも福島県全体の避難者は約11万2000人に及んでいる。この経験に照らしても、このような事故が起これば周辺の環境を放射能によって汚染されるなど、地域住民の生活基盤が破壊され、その回復には多くの困難が伴うことは明らかである。したがって、発電用原子炉施設の安全性に欠けるところがあり、その運転によって放射性物質が周辺の環境へ大量に放出される事態が発生すると、その周辺に住む住民らの生命、身体や生活基盤に回復し難い重大な影響を及ぼす恐れがあるから、住民らは、このような重大な被害を受ける具体的な危険性が認められるときには、発電用原子炉施設の運転を、人格権に基づく妨害予防請求として差止めを求めることができる。PP.6~7
決定文で重要視された、伊方原発目の前(2km)にある活断層の問題 関連資料
中央構造線断層帯(金剛山地東縁-由布院)の長期評価(第二版) 2017年12月19日 地震調査研究推進本部地震調査委員会