第12回内部被ばくを考える市民研究会総会 2025年11月30日(日)9時 兵庫県神戸市三宮

日程 2025年11月30日(日) 9:00~9:45 
主催 内部被ばくを考える市民研究会
開場 9:00
会場 レンタルスペースオリーブ三ノ宮店(神戸市中央区琴ノ緒町2-3-12 共親ビル4A号室 JR神戸線 三ノ宮駅東口より徒歩5分)および Zoom(会員の方のみ)
公開 ツイキャス 内部被ばくを考える市民研究会

総会 9:00~9:45

総会、終了後、ドキュメンタリー『サイレント・フォールアウト』を上映します。日本に投下された原爆は2発。しかし、アメリカでは101回の大気圏内核実験(ネバダ核実験場)と828回の地下核実験を自国で行っています。アメリカ人は、日本人以上の内部被ばくをしていたのでした。「風下住民」であるユタ州ソルトレイクシティー(ネバダ核実験場から530km)、ユタ州シーダーシティー(同268km)では、住民が白血病、脳腫瘍、すい臓がん、全身性エリテマトーデスで亡くなり、甲状腺がんにもかかっています。登場するメアリー・ディクソンさんが甲状腺がんを発症したのは、被ばくから15年後くらいです。私たちは、東電福島第一原発事故の被ばく者です。来年の3.11が被ばくから15年後です。まだまだ、油断することはできません。内部被ばくを避けるとともに、がんにならない生活の仕方も学んでいきたいと思います。また、がんとも付き合っていく生き方についても学んでいきたいと思います。

上映 『サイレント・フォールアウト』10:00~11:17 76分
伊東英朗監督のお話(オンライン) 11:20~12:00
会場 レンタルスペースオリーブ三ノ宮店(神戸市中央区琴ノ緒町2-3-12 共親ビル4A号室 JR神戸線 三ノ宮駅東口より徒歩5分)

および Zoom(会員の方にはZoomのurlをお送りします。)

ぜひ、ツィキャスをご覧下さい。過去の録画も視聴できます。

ツイキャス 内部被ばくを考える市民研究会 http://twitcasting.tv/naibuhibakushim/show/

幼年期がんの要因としての乳歯中のストロンチウム-90 (草稿1)

2000年

ジェイ・M・グールド、アーネスト・J・スターングラス、ジャネット・D・シャーマン
ジェリー・ブラウン、ウィリアム・マクドネル、ジョセフ・J・マンガーノ

このJ・グールド、アーネスト・スターングラスらの論文「幼年期がんの要因としての乳歯中のストロンチウム90(STRONTIUM-90 IN DECIDUOUS TEETH AS A FACTOR IN EARLY CHILDHOOD CANCER)」は2000年に国際保健サービスジャーナル(International Journal of Health Services)に掲載された。以下の文章は、アーネスト・スターングラス氏の協力者である、ローレン・モレ氏から松井英介氏に送られてきたその草稿である。草稿は、草稿1~5および付録から構成されていた。その草稿2、3、4は同一のものと思われるので、ここには草稿1、草稿4、草稿5および付録を訳出した。2000年に国際保健ジャーナルに掲載されたものも全35ページあり、この草稿1、4、5および付録の内容で構成されている。DeepLの力を借りながら翻訳をし、用語の統一や訳語が不十分なところは、訳者 川根眞也が補った。pCi/g-Ca(ピコキュリー/グラム・カルシウム)は訳者がその後に( )をつけ、mBq/g-Ca(ミリベクレル/グラム・カルシウム)に換算した数値を掲載した。文責は川根眞也にある。
                         2023年7月29日 川根 眞也

原論文 草稿 英語
STRONTIUM-90 IN BABY TEETH AS A FACTOR IN EARLY CHILDHOOD CANCER アーネストスターングラス草稿 2000年 

幼年期がんの要因としての乳歯中のストロンチウム-90 (草稿1)
ジェイ・M・グールド、アーネスト・J・スターングラス、ジャネット・D・シャーマン
ジェリー・ブラウン、ウィリアム・マクドネル、ジョセフ・J・マンガーノ

国際保健サービスジャーナル
第30巻、第3号、515-539ページ、2000年
著作権 Baywood Publishing Co.
注:これは論文の草稿である。

要旨

1980年の世界的な大気圏内核実験終了後に主に生まれた515人の子どもの乳歯におけるストロンチウム90濃度は、1950年代後半の大気圏内核実験中に生まれた子どものレベルと同等であることが判明した。ニューヨーク・ニュージャージー・ロングアイランド大都市圏における最近の濃度は、1963年の大気圏内核実験禁止後に乳歯と成人の骨の両方で見られた予想された減少傾向を上回っている。フロリダ州マイアミでも急激な上昇と低下が見られる。ロングアイランドのサフォーク郡では、乳歯のストロンチウム90濃度が0歳から4歳までの子どものがん発生率と有意な相関があった。乳歯のストロンチウム-90濃度の増減と小児悪性腫瘍の相関は、1950年代と1960年代の放射性降下物のピーク時にも同様に見られた。サフォーク郡の地表水中の総アルファおよびベータ放射能との有意な相関によって、核物質放出と小児がんとの関連性が独立に支持された。これらの結果は、1980年代初頭以降、アメリカの幼い子どもたちにおけるがんやその他の免疫系関連疾患の最近の増加において、原子炉からの放射能の放出が大きな役割を果たしていることを強く支持している。

はじめに

ネバダ州での最初の大気圏内核実験から3年後の1954年、米国の公衆衛生当局は生体内放射能レベルの監視を開始した(1) (2) (3) 。監視プログラムは、この放射性同位元素の生化学的作用と物理的挙動が知られていたことと、Sr-90の物理的半減期が長い(28.7年)ため人体に入ってから数年後に測定が可能であったことから、ヒトの骨と歯におけるSr-90の測定に焦点を当てた。1954年から1982年にかけて、米国原子力委員会(AEC)は、ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコで事故死した健康な成人の脊椎骨中のSr-90濃度を測定し、この期間の成人のSr-90の食事摂取量も計算した(3)。 1962年から1971年まで、米国公衆衛生局放射線衛生局は、米国内34ヵ所で25歳未満の死亡者の脊椎骨および肋骨中のSr-90濃度を測定するプログラムを実施していた(4)。

1954年から1964年にかけて、ニューヨークの成人の脊椎骨中のカルシウム1グラム当たりのSr-90の平均pCiは、0.1(3.7mBq)未満から2.2(81.4mBq)へと20倍以上に増加した。成人のSr-90の推定食事摂取量は、1954年のカルシウム1グラム当たり1 pCi(37mBq)から1964年には29.8pCi(1102.6 mBq)へと30倍に増加した。Sr-90濃度の1964年のピークは、米国が部分的核実験禁止条約を批准し、米英ソの大気圏内核実験が終了した直後であった。(条約に調印した国々では、地下実験が大気圏実験に取って代わった)。その後、地上での核実験が中止されると、ニューヨークとサンフランシスコの放射線量は急激に低下した。1964年から70年にかけて、成人のSr-90の食事からの摂取量は、毎年平均15.7%減少した。公衆衛生局のデータでも、1964年のピーク前後で同様の増減があった。この取り組みに対する連邦政府の支援は1971年に打ち切られた。

米国政府は、1958年に始まったセントルイスの核情報委員会(CNI)による約6万人の子どもの乳歯のSr-90濃度測定調査にも参加した。乳歯を使うことで、剖検結果に頼るのではなく、簡単に大量のサンプルを集めることができた(5)。 乳歯の分析では、1954年生まれのSr-90 0.77 pCi /g-Ca(Sr-90 28.49 mBq /g- Ca )から、核実験禁止条約直後の1964年生まれのピークSr-90 11.03 pCi /g-Ca(408.11 mBq /g-Ca )まで上昇した(6)。 1964年から1970年にかけて、セントルイスの乳歯に含まれるSr-90は半分以上減少した(図1)。これはこの年の成人の摂取量と同じ年平均減少率(15.7%)であった(図2)。このパターンの例外は、米国とソビエト連邦が核実験の自主的モラトリアムを守っていた1958年から1961年に起こった。

図1 セントルイス州における乳歯中のSr90 1954-1970年 pCi/g Ca および コネチカット州0-4歳児におけるがん罹患率 3年間移動平均

乳歯におけるSr-90濃度(セントルイス) 対 0~4歳のがん発生率(コネチカット州)
1954~1970年
コネチカット州のがん発生率は3年間の移動平均値である。

1950年代初期には、歯におけるSr-90の平均濃度は緩やかに上昇したが、1954年以降、熱核爆弾実験(訳者注:水爆実験)によりSr-90はより急速に上昇し始め、その放射性降下物は2~3年の間に成層圏に上昇し、降水によって地上に戻ってきた。1958年末に始まったモラトリアムの後、1961年秋に原水爆実験が再開され、シベリア北部でソビエト連邦が広島原爆3000発分に相当する50メガトンの原爆を爆発させた(7)。

1960年から1970年までの乳歯のSr-90濃度の傾向は、この期間にがん登録が確立された唯一の州であるコネチカット州の0~4歳の小児におけるがん罹患率の経時的変化(各年は実際には3年間の移動平均を表す)と有意な相関がある(r = 0.78、P<.001)。セントルイスの牛乳中のSr-90濃度の傾向は、コネチカット州ハートフォードおよび米国の他の地域の傾向と類似しているため(8)、 歯の放射能の時間的変化は、全米で同様であると仮定できる。コネチカット州の小児がんは1964年にピークに達し、その後1960年代後半に急減した。核情報委員会(CNI)の研究は1970年代初頭に終了し、連邦政府の支援も打ち切られた。

1954-70年の乳歯の放射能と幼児のがんの間に高い相関関係があることは、米国原子力委員会(AEC)の後身である米国エネルギー省(DOE)が1954年から1982年まで推定した成人のSr-90の食事摂取量と同様の関係があることと類似している(3)。

図2において、小児がんと成人の食事からのSr-90摂取量との相関係数は、後者の指標が妊婦の食事にSr-90が多く含まれていた1960年から1970年の間、0.79(P<.001)であった。

図2 成人の食事中のSr90摂取 1954-1970年 コネチカット州0-4歳児がん発症率 3年間移動平均

Sr-90成人の食事摂取率、ニューヨーク市 対 0-4歳のがん発生率、コネチカット州、1954-1970年
コネチカット州のがん発生率は3年間の移動平均値である。

図1および図2はいずれも、有毒物質への被ばくが、ヒトにおいても動物においても、発育中の胚および胎児に最も有害であるという周知の事実を裏付けるものである。子宮内胎児期を通じて、発育中の胎児は急速な細胞増殖、自己プログラムによる細胞死(アポトーシス)、細胞再配列を受ける。発育中の乳児も同様に、細胞障害や代謝障害を受けやすい。急速に成長し、再配列された胎児細胞への修復されないダメージは、時間の経過とともに拡大し、がん、先天性奇形、低体重児出産、脳障害、胎児・乳児死亡のリスクを高める(9)。

胎児の体長が1.5インチを少し超える発育10週目に、エナメル器官と歯乳頭が形成される。一部の形成は2週間早く始まる(10)。造血系の幹細胞は出生前12週頃に骨髄で発生し(11)、その子孫がヒト抗体を作るBリンパ球や、細胞性免疫反応に関与するTリンパ球を生み出す(12)。

胎児は超低線量放射線によって害を受ける可能性がある。1950年代に子宮内での骨盤X線被曝が、白血病の増加や10歳以前のがん死亡に関連することが初めて証明された(13) (14)。

米国の保健当局は、1982年以来、ヒトの放射能をモニタングしていない。さらに、米国環境保護庁(EPA)が行っていた、米国60都市ごとの低温殺菌牛乳中のバリウム140、セシウム137、ヨウ素131のモニタリング調査は、33年間続いた後、1990年に中止された(15)。 最後の世界的な大気圏内核兵器実験は1980年に中国が行ったが、過去20年間に原子炉の存在が大きくなった。1982年から1991年にかけて、米国の稼働中の原子炉の数は72基から111基に増加し、50州のうち32州(1990年の米国人口の85%が居住)で電力を供給し、これらの原発による発電量は27万8000ギガワット時から61万3000ギガワット時に増加したが、1990年代には横ばいになった(16)。 この期間中、米国の11の州と都市では、0~4歳の子どものがん罹患率が40.4%、1歳未満の子どものがん罹患率が53.7%上昇した(17)。

生体内放射能を継続的に測定した他国の結果では、予想外の重大な傾向が明らかになった。西ドイツの研究者たちは、チェルノブイリ事故による放射性降下物のために、1987年生まれの子供の乳歯のSr-90が1983-85年生まれの子どもの10倍に増加したことを記録した(18)。

人体内のSr-90のような主要な放射性同位元素の存在をモニタニングする調査測定がなければ、人工放射能への被曝による健康への影響について明確な評価はできない。1970年以降の成人のSr-90取り込み量の年平均減少率は、1964年から70年までの成人のSr-90取り込み量の年平均減少率15.7%と比較して、わずか約5%であった(3)。これは、おそらく1970年代の大型原子炉の普及と、欠陥のある地下核実験からの放出を反映している。コネチカット州(4基の原子炉が稼動している小さな州)の0歳から4歳までのがん罹患率は、1960年代後半には10万人当たり14.42人と低かったが、1980年代後半には10万人当たり21.95人に達し、52%以上も急増した(19)。

この傾向は、特に米国エネルギー省(DOE)が1982年に成人におけるSr-90の測定を終了するという不可解な決定をしたことに照らして、米国における人体内放射能に関する最近の追加データが必要であることを示唆している。その年、食事から摂取されたSr-90のレベルは、1981年と同じ5.6 pCi/g-Ca(207.2 mBq/g-Ca)のままであり、1950年代後半と同程度であった。米国エネルギー省(DOE)の最終報告書では、「ここ数年、若年成人の値が若干高くなっていることが示唆されている。これらの人々は、Sr-90が最も多く降下した時期に子どもだった世代である。」この記述から、成人人口に占める団塊の世代の割合が増加し、原子力発電所の稼働が増加するにつれて、成人のSr-90濃度は1980年代と1990年代に上昇すると推測される(3)。

幼年期がんの因子としての乳歯中のストロンチウム90 (草稿4)
ジェイ・M・グールド、アーネスト・J・スターングラス、ジャネット・D・シャーマン、
ジェリー・ブラウン、ウィリアム・マクドネル、ジョセフ・J・マンガーノ

国際保健サービスジャーナル
第30巻、第3号、515-539ページ、2000年
著作権 Baywood Publishing Co.

方法
1996年、ニューヨーク市を拠点とする研究組織「放射線と公衆衛生プロジェクト」(Radiation and Public Health Project:RPHP)は、乳歯の採取とSr-90濃度の分析を開始した。この研究は、1980年にすべての大気圏内核実験が終了して以来、人体におけるSr-90の現在のレベルと歴史的傾向を記録することを提案している。したがって、「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)は、現在のSr-90のパターン(この放射性核種のほとんどが原子炉の排出物から取り込まれている)と、35~50年前のパターン(生体内のSr-90のほとんどが原爆実験の放射性降下物であった)を比較することができる。

研究の最初の対象地域はニューヨーク州サフォーク郡で、ロングアイランドの東部4分の3を占める922平方マイルの地域で、1990年の人口は1,321,864人であった(図3参照)。

図3 ニューヨーク州サフォーク郡近郊の原子力発電所●と卓越風向

上記 図3が日本人にはわかりにくいと思われるので、川根眞也が以下の地図を作製した。

ニューヨーク州サフォーク郡とその周辺の原子力発電所 作成 川根眞也


ニューヨーク州サフォーク郡とその周辺の原子力施設 
サフォーク郡が選ばれた理由は、10年以上前から乳がんの発生率と死亡率が一貫して高いため、医学文献で数多くの研究が行われてきたからである(20)(21)。サフォークとナッソー郡(サフォークの西側境界に隣接)の郊外地域の発生率は、1970年代後半からニューヨーク市の高い発生率をも上回るようになった。さらに、「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)の研究者による最近の研究では、サフォークとナッソーの両郡における乳がんの増加は、近隣の原子力発電所から放出された空気中の核分裂生成物によって生成された食事や水中の核分裂生成物と関連していた(22)。

サフォーク州はブルックヘブン国立研究所(BNL)の所在地であり、この研究所はロングアイランドの東端から60マイルほど離れたサフォーク州西部のアプトンという町の近くにある。ブルックヘブン国立研究所(BNL)は1951年以来、さまざまな時期に2〜3基の原子炉を運転し、地元の大気、地下水、地表水に大量の放射性元素を放出してきた。

図3に示すように、サフォーク州は1980年代と1990年代に稼働した他の原子炉にも近接している。最も早く運転を開始したのは、1962年に運転を開始したインディアン・ポイント原発1号機で、その後、1973年と1976年にはるかに大きな2号機と3号機が運転を開始した。マンハッタンから北へ約30マイルのハドソン川沿いに位置し、図3に示すブルックヘブン国立研究所(BNL)で測定された風力分布が示すように、冬季には北西からの卓越風が、インディアン・ポイント原子力発電所からの大気放出をサフォーク西部へと移動させる。

もう一つの原子力発電所(オイスター・クリーク)は、ニュージャージー州沿岸のトムズリバー町付近の南西約60マイルに位置し、1969年に運転を開始した。夏季の卓越風は南西からロングアイランド西部に向かうため、オイスター・クリークからの放射性物質のプルームは、BNLのすぐ西にあるサフォーク州のインディアン・ポイントからのプルームと交差する。このように、サフォーク州の西部は、1年のほとんどの期間、3つの原子力発電所からの大気放出を受け、郡内で最も被ばく量の多い地域となっている。さらに、オイスター・クリーク原発は、物理的半減期が8日以上の放射性核種の大気中放出を、1970年以来合計76.8キュリー(2兆8416億ベクレル)と、全米76カ所の原発の中で2番目に多く報告している。この総量は、1979年の事故時にスリーマイル島2号機で報告された14.2キュリー(5254億ベクレル)をはるかに上回る(23)。

ニューヨーク州保健局が1978年から1987年までの期間に報告した、乳がん罹患率が郡平均を上回る18の地域のうち17が、サフォーク州西部のこの高線量被曝地域にある(22)。この地域はまた、非常にまれな小児がん(横紋筋肉腫)の症例が最近19例確認された地域でもある(24)。最後に、1990年の人口が162,187人で、ブルックヘブン国立研究所(BNL)の北西10-15マイルに位置する5桁の郵便番号で連続する11の地域では、1997年に0-9歳の住民のがんによる退院が79件発生した。一方、ノースフォークおよびサウスフォークとして知られるサフォーク州最東部(1990年人口=65,416人)の入院は0件であった(25)。

サフォークの北に位置するコネチカット州の2つの原子力発電所は、ミドルタウン近くのハダムネックとニューロンドン近くのミルストーンである。ミルストーンの3基の原子炉は、サフォーク郡の北東端から北にわずか11マイルしか離れていない。偏西風は冬の間だけサフォークの東部に向かうが、これらの原子炉はオイスター・クリークと同様、1970年以来、32.6キュリー(1兆2062億ベクレル)の長寿命核分裂生成物を放出しており、これは米国の全原発の中で3番目に高い放出量である(23)。1995年から96年にかけての冬、原子力規制委員会はミルストーン原発3基すべての安全性違反を理由に閉鎖を命じた。1号機は永久に停止され、他の2基は物理的・管理的な大がかりな改善が行われる間、2年半と3年半の間運転されなかった。甲状腺がんは、すべての原子炉の排気ガスに含まれる放射性ヨウ素に被曝するとリスクが高まることが知られており、ニューロンドン(ミルストーン近郊)では、工場が閉鎖される前の1980年代後半から1990年代前半にかけて、かなり高いレベルに達していた(26)。

サフォークの東端から100マイルも離れていない大西洋岸北東部にあるもう一つの原発は、ボストンから南へ25マイル、マサチューセッツ州プリマスの近くにあるピルグリム原発である。この原発は1972年に運転を開始したが、1982年にニューイングランド全土で検出された放射性ガスの大規模な事故放出を含む、一連の深刻な問題を経験した(27)。 この原発周辺では、白血病の異常な多発が報告されている(28)。

降水は空気中の放射能の90%を地上に降下させ、食物連鎖に取り込む(29)。こうしてサフォークの雨と雪は、これらの施設から放出された放射性粒子により、サフォーク郡中の井戸の飲料水を供給する帯水層を汚染する。

乳歯は通常5歳から12歳の間に抜け落ちるが、骨に似た安定した石灰化組織であり、ターンオーバー、交換、リモデリング、付加の速度が最小限であるか、ないため、乳歯が選ばれた。したがって、乳歯は安定した構造であり、形成時に獲得されたミネラル組成を反映していると考えることができる(5)(6)。したがって、乳歯は、子供が生まれた年のSr-90の取り込み量に関する情報を提供することができる。カルシウムとSr-90の一部は、妊娠中の母親の食事からの摂取に加えて、母親の骨から摂取され、別の一部は、すべての種類の歯について、出生後1年間の乳児の食事から摂取される(5)。

したがって、本研究では切歯、犬歯、臼歯を別々に測定する必要はない。Sr-90の大きな変動は、食生活の違いや子供が生まれた時期によって生じるため(5)、意味のある年間平均値を得るためには多くの歯が必要である。ある地域(つまり3桁の郵便番号の地域)に十分な数の歯があれば、子どものSr-90の内部被ばくだけでなく、乳児が生まれた年の母親のSr-90の内部被ばくについても、正確な過去のデータを得ることができる。このように、乳歯は、ある特定の場所に住む個人が、ある特定の時期に核分裂生成物による放射線内部被ばくを受けたことを、より正確に示すことができる。このような情報は、広い地域で毎月または毎年行われる乳汁測定からは得られない。

半減期が28.7年と長く、長寿命の放射性核種であるSr-90の検出は信頼性が高いため、これまでの研究に続いて「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)もSr-90に焦点を当てた。この純粋なベータ粒子を放出する同位体の相対レベルは、ガンマ線、アルファ粒子、ベータ粒子を放出する数十種類の短寿命および長寿命の放射性核分裂生成物の指標でもあり、原爆実験による放射性降下物や原子力発電所からの放出物に見られる。脱落した乳歯が使用されるのは、剖検で採取された骨からではなく、大量に集めやすいからである。初期段階で調査される乳歯の大部分は、1999年初めに無作為に選ばれた6歳から18歳の子供がいる15,000世帯に大量に郵送され、返送されたものである。また、印刷物、ラジオ、テレビの記事でこのプロジェクトを知った寄付者からも歯が提供された。フリーダイヤルの電話番号とワールド・ワイド・ウェブのサイトも、一般市民が歯の寄付に関する情報を得るためのその他の方法である。*

ウェブサイトはhttp://www.radiation.org

乳歯提供を希望する人には、手紙と研究についてのいくつかの記事が入った小包が郵送される。提供者がRPHPに歯を送るための封筒も同封されている。封筒には、歯に加えて(複数の歯を送るドナーもいる)、以下の情報の記入が求められる:

母親の名前
電話番号
住所
子供の名前
生年月日(月、日、年)
出生時の体重(ポンド、オンス)
母親が赤ちゃんを抱いた場所(市、州、郡、郵便番号)
子どもが生まれた場所(市、州、郡、郵便番号)
生後1年間の場所(都市、州、郡、郵便番号)-2年目および3年目も同様
水源(井戸水、市水、ボトル入り飲料水、その他)
出生時の母親の年齢
歯を失ったときの子どもの年齢/歯を失った日付
「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)は、母親と子どもを特定するすべての情報の守秘義務を乳歯提供者に保証している。

ロングアイランドとその周辺にある原子炉から、地理的な位置によって異なる程度の放射能にさらされた人々を代表する、特定の人々を対象として、最初の封筒が郵送された。被ばく量の多い集団は、ニューヨーク州サフォーク郡西部(郵便番号117から始まる)、オイスター・クリーク原子炉に近いニュージャージー州中部(郵便番号087から始まる)、ターキーポイント原子炉2基(郵便番号330と331から始まる)に近いマイアミ広域に住む子供たちである。被ばくが少なかったのは、サフォーク州東部の一部(郵便番号119)とニューヨーク州クイーンズの一部、ニュージャージー州北西部の住民である。1999年10月1日現在、「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)には約1,400件の回答が寄せられているが、その大半は1999年初頭に郵送されたものである。この郵送の回答率は3%を超えている。

歯が入った封筒を受け取ると、「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)のスタッフはそれぞれの歯に固有の管理番号を割り当て、コンピューター化されたデータベースに記録する。歯は定期的に、カナダのオンタリオ州ウォータールーにある放射化学研究所に一括して送られる。研究所の職員は、歯のSr-90放射能(ピコキュリー単位)とカルシウム重量(グラム単位)を別々に測定し、Sr-90濃度を記録する。ウォータールー大学の研究者は、それぞれの歯に関する個人情報を一切知らされていない。この目的で採用された技術については、付録1に説明がある。

子どもが歯を失った時点での各歯のSr-90測定値を出生時のレベルに変換し、歯の年齢に関係なく比較できる標準化された測定値を作成する。この換算は、放射性核種の半減期が28.7年である場合の崩壊率を用い、出生月と歯の分析月を用いて行われる。

結果

1999年10月1日の時点で、合計515本の歯のSr-90濃度が分析された。このうち476本は1979年から1994年の間に生まれた子供の歯であったが、1993年から1994年の歯は15本しかなく、これらの年について高い統計的信頼性を得るには十分ではなかった。
表1は、母親が子どもを身ごもった場所に基づく歯の地理的分布と、分析された最新の歯のうち374本を占める4つの郵便番号地域のそれぞれの平均および最大濃度を示している。ニューヨークとニュージャージーにある被曝の少ない対照地域の歯はほとんど届いていないため、この分析からは除外した。

表1 乳歯のSr90濃度の平均および最大値 1999年10月1日までの受診した歯 郵便番号別 1979-94年の出生数

注:個々の観測値の標準誤差(SE)は±0.7(付録)であるため、計数手順のSEは±0.7/sqrt n(nは歯の数)である。

全476本の歯の平均濃度はSr-90 1.50 pCi /g-Ca(55.5 mBq/g-Ca)で、これはネバダ州の大気圏実験が開始されてから5年後の1956年にセントルイスで生まれた子供たちに見られた濃度とほぼ同じである。この平均値の標準誤差は±0.03である。フロリダ州デイド郡(マイアミ)の歯の平均値が最も高いが(2.80 pCi/g-Ca 103.6 mBq/g-Ca)、4地域すべての1979年から94年の全期間の平均値は、Sr-90 約0.2 pCi /g-Ca(7.4 mBq/g-Ca)のレベルを大きく上回っている。セントルイスの歯で観察された大気圏内核実験禁止条約(1964~70年)後の減少が続いていれば、このレベルが予想される(図4)。Sr-90 0.2 pCi /g-Ca(7.4 mBq/g-Ca)を示した歯は135本(28.4%)だけであったが、67本(14.1%)は3.0(111)以上の値を示し、予測値の約15倍であった。単一の最大値はSr-90 17.87 pCi /g-Ca(661.19 mBq/g-Ca)であった。

図4 乳歯のSr90と成人の食事中のSr90の傾向 「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP) 476乳歯 1980-93年

476本の「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)乳歯のSr-90とセントルイスの歯1979-94年からの予測値との比較

「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)のSr-90濃度の年平均値は変動があるが、平均値もピーク値もチェルノブイリ放射性降下物の到着から2年後の1988年に最高レベルに上昇した。1981-87年(n=190)から1988-94年(n=276)にかけて、平均測定値は1.48(54.76)から1.51(55.87)、つまり2.2%上昇した。

図4は、1979年以降のRPHPの結果を、セントルイスの乳歯およびニューヨーク市の成人の食事摂取におけるSr-90の過去の測定値と比較したものである。成人の食事摂取量とセントルイスの乳歯のSr-90レベルは、1964年から70年の間、毎年平均15.7%ずつ減少しているため、この年間減少率を用いて、1970年から1994年までの乳歯のSr-90レベルを予測した。「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)のレベルは、1970年以降大気中にSr-90が追加的に持ち込まれなかったと仮定した場合に予想されるレベルよりもはるかに高く、実際には約3倍も高いことが明らかである。ある年の成人の年間食事摂取量は、妊婦の食事摂取量と密接な関係があり、したがってその年に生まれた子供の乳歯で観察されるレベルと密接な関係がある。例えば、スリーマイル島(TMI)事故のあった1978年から1979年にかけて、成人の摂取量は6%増加し(Sr-90 7.8~8.3 pCi /g-Ca 288.6~307.1 mBq/g-Ca)、TMIの原子炉2基が停止したその後の2年間は23%減少してSr-90 5.6 pCi /g-Ca(207.2 mBq/g-Ca)となった。このことは、1980年代前半の「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)の平均値が比較的高く、その後1986年に上昇し、チェルノブイリ放射線の到達とその後の減衰に伴って低下したことと一致する。1986年5月と6月にEPA(米国環境保護庁)が測定した牛乳と水の放射能濃度が高かったことも、このことを裏付けている(15)。

現在までに検査された476本の歯のうち、304本(64%)がサフォーク郡の子どもたちである。歯の平均年間Sr-90濃度と同郡の0~4歳のがん罹患率(30)の比較を図5に示す。

図5 サフォーク郡の子どもの乳歯中のSr90 1980-89年 およびサフォーク郡の0-4歳の小児がん 3年間移動平均

乳歯のSr-90平均濃度(1980-89年)と0-4歳のがん発生率(1983-92年)の比較。
サフォーク郡、3年間の移動平均

すなわち、1980-89年のSr-90濃度と1983-92年のがん発生率とを比較した。出生時のサフォークSr-90測定値と0歳から4歳までのがん罹患率との間に3年の遅延があると考えた場合、最も適合することが分かった。これは、小児悪性腫瘍の大部分を占める小児白血病と脳腫瘍が、生後2年から5年の間に最も多く診断されるという観察結果と一致している。例えば、1989年のがん罹患率は、1988年から90年の人口当たりのがん罹患数を表している。3年間の合計を使用することで、分析の有意性が高まる。というのも、個々の年によっては歯が5本しかないこともあるからである。年間のSr-90平均は統計的ばらつきの影響を受けるが、3年間の移動平均を使用することで、ターニングポイントに影響を与えることなくばらつきを抑えることができるからである。3年間の0-4歳の新規がん診断症例数は、最低41例から最高73例までばらつきがある。

歯に含まれるSr-90の分析は、1990年以降の出生については実施されていない。前述したように、相当数の歯が採取された出生年は1991年と1992年だけである。さらに、最近寄贈された歯のほとんどは1990年代に生まれた子どものものであり、このパターンは今後も続くと思われる。1980年代の出生のパターンは決まっているように見えるが、1990年代のパターンは将来変わる可能性があり、現在の合計を報告するのは時期尚早である。

Sr-90とがん罹患率の両方で3年間の移動平均を用いたのは、近年のがん罹患者数と歯の数が比較的少ないためであり、図1に示した大規模核実験が行われた時期の場合とは対照的である。1961年と1962年の大規模水爆実験の放射性降下物のピーク時には、1961年の50メガトンのソ連核実験の場合のように、長寿命のSr-90が成層圏に注入され、何年もかけて大気下層に降り注いだ。このため、1961年から62年にかけて降下した短寿命の放射性降下物に胎児や幼い乳幼児が被ばくした直後から、Sr-90のピークは2年から4年ほど遅れて訪れることになる。0~4歳の小児がんも通常、出生から2~4年後に診断されるため、Sr-90と0~4歳のがん罹患率のピークはほぼ同時期に発生したことになる。

対照的に、原子炉から放出された放射性物質は成層圏には到達せず、数時間、数日、数週間のうちに雨や雪によって降下する。Sr-90は、胚や胎児に最大の被ばくをもたらす多くの短寿命同位体とともに、吸い込まれた空気や食物連鎖に急速に入り込み、またサフォークの浅い井戸からの飲料水にもすぐに到達する。1980年中国による最後の大気圏内核実験以降の、原子力発電所からの放出については、Sr-90が形成されたばかりの歯のエナメル質に沈着した後、0~4歳の発がん率に2~4年のタイムラグが生じると予想される。その結果、乳歯のSr-90は、大規模な水爆実験が終了した後にのみ、主な被曝時期の指標として役立つ。しかし、Sr-90は小児がんにつながる放射線被ばくの主な原因ではない。主な原因とは、Sr-90に付随するバリウム140、ヨウ素131、ストロンチウム89など、胎盤を通して胎児に移行する短寿命の同位体である。

図5は、1980-89年の出生児の歯の平均Sr-90濃度のデータであり、1983-92年の0-4歳のがん罹患率との相関を示している。1990年以降に生まれた人の歯は少なすぎる。

1980年代初頭にサフォーク島の乳歯にSr-90が蓄積し、1980年代後半に緩やかに減少したことは、(3年後の)がん罹患率にも同様のパターンが見られる。1980年代後半にSr-90の濃度がピークに達し、1980年代初期から約50%上昇したことは、1986年5月に米国に到達したチェルノブイリ放射能雲が重要な役割を果たしたことを強く示唆している。10年間の全期間において、2つの測定値は相関している(r = 0.85、P<.001)(図5)。この関連性は、先に述べた1950年代と1960年代のセントルイスの乳歯とコネチカット州の小児がんとの関連性と似ている。

幼年期がんの因子としての乳歯中のストロンチウム90 (草稿5)
ジェイ・M・グールド、アーネスト・J・スターングラス、ジャネット・D・シャーマン
ジェリー・ブラウン、ウィリアム・マクドネル、ジョセフ・J・マンガーノ

国際保健サービスジャーナル
第30巻、第3号、515-539ページ、2000年
著作権 Baywood Publishing Co.
注:これは論文の草稿である。

「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)の歯が唯一の生体内放射能濃度を提供する一方で、ニューヨーク州保健局による地元水域のベータ線およびアルファ線放出核種の包括的測定値は、小児がん罹患率の傾向と対比させることができる(21)。ニューヨーク州がサフォーク郡で採取した2地点のうち1地点は、ペコニック川が源流となるブルックヘブン国立研究所(BNL)東部に位置している。もう一つは郡北東部のフィッシャーズ島で、コネチカット州のミルストーン核施設の南南東10マイルに位置する。

ニューヨーク州当局は、水中の全アルファ、全ベータ、トリチウムの放射能濃度を毎月記録している(図6)。Sr-90はベータ線放出核種であるため、全ベータ放射能は特に興味深い。ニューヨーク州内のさまざまな地点で、この同位体Sr-90が総ベータ放射能量の20~50%を占めている。全ベータに含まれる他の放射性核種は、甲状腺に集まるヨウ素131、骨に集まるストロンチウム89、バリウム140である。1980年代から1990年代初頭にかけてのペコニック川とブルックヘブン国立研究所(BNL)近くの池の全ベータ値は、主要な原子力発電所の近くにはないオールバニー川(カナダ)で検査された水の値の約5倍である。年間平均値は、1年のうち1、2ヶ月の測定値が異常に高いために変動する。例えば、1992年にペコニック川で測定された月12回のうち11回は、水1リットル当たり2~7ピコキュリー(74~259 mBq/L)の全ベータであった。ニューヨーク州の他の検査場では、11月に同様の上昇は見られなかった。1982年、1986年、1991年、1992年、1993年にも比較的高い放射能濃度が観測されている。

図6 ペニコック川のアルファ&ベータ放射能総量 3年間移動平均 

アルファおよびベータ放射能総量
ペコニック川、1984-93年
3年間の移動平均

1984-93年のペコニック川の全ベータ値の推移を、1987-96年のサフォーク郡の0-4歳のがん罹患率と比較すると、強い相関があり(r =0.87、p<0.0001 編集者注:誤り?図6ではp<0.001となっている)、これはサフォークの歯のSr-90濃度との相関関係よりも大きい(図7)。ここでも、両平均の統計的妥当性を高めるために、3年間の移動平均が使用されている。

図7 ペニコック川のベータ放射能とサフォーク郡における0-4歳児のがん罹患率 3年間移動平均 

図7
ペコニック川における総ベータ放射能濃度、1984-93年
対 サフォーク郡のがん発生率0-4、1987-96年
3年間の移動平均

全アルファは、プルトニウム239や他の超ウラン元素のような、原子炉で生成され高い毒性を持つ放射性核種を表す。1982年から1993年まで、ペコニック川の全アルファの高い測定値は、全ベータにピークが生じたのと同じモニタリング期間に発生し、その結果、1984年から1993年までの平均濃度は同様の傾向を示した。この所見は、アルファ放射能がラジウム、ラドン、トリウムのような自然発生源によるものではないことを示している。したがって、ペコニック川の全アルファは、被ばくから診断までの潜伏期間を3年と仮定した場合、サフォーク州の0~4歳のがん罹患率とも相関している(図8)(r =0.63、P<0.001)。

図8 ペニコック川におけるアルファ放射能とサフォーク郡における0-4歳児のがん罹患率 3年間移動平均 

ペコニック川における総アルファ放射能、1984-93年
対サフォーク郡0-4歳がん発生率、1987-96年
3年間の移動平均


ペコニック川のトリチウム濃度は、一般にオールバニー川(カナダ)の約10倍である。トリチウムの年間平均値と0-4歳のがん発生率との間には強い相関関係はない。しかし、ペコニック川とその近くの池では、全ベータと全アルファで観察された定期的なレベル上昇と同じパターンが、トリチウム測定でも見られる。1992年の測定値は、2つの例外を除いてすべて4200pCi/L(155.4Bq/L)以下であった;7月31日と9月14日の測定値はそれぞれ8600(318.2)と16200(599.4)であった。

ニューヨーク州保健局は毎年、ペコニック川の魚のSr-90濃度も測定している。1982年から93年にかけて、ブルックヘブン近郊の魚62匹から平均Sr-90 243.2 pCi/kg(8998.4 mBq/g-Ca)(頭部を除いた体全体)が検出され、1992年8月1日には最高値1070(3万9590)が記録された。ペコニック川の魚のSr-90濃度は、バッファローの南40マイル、核廃棄物処分場があるウェストバレーで採取された28匹の魚の濃度の15倍である。小児がんとの年ごとの相関関係を調べるには、魚が十分な数調査されたとは言えない。

「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)データが信頼できるか否かという信頼性テストは、セントルイスの歯が測定されたのと同じ時期に生まれた人の歯のSr-90測定値を求めることで簡単にできる。1957-70年生まれの20本の歯のうち、16本はニューヨーク、ニュージャージー、コネチカットで妊娠期間を過ごした人のものであった。セントルイスと「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)の歯のSr-90平均値は、1965-67年まで上昇し、1968-70年に低下した(表2)。セントルイスの歯はより高いSr-90値を記録しており、これはこの数年間、同市の生乳中のSr-90値(ニューヨークの約2倍)が高かったことと一致している(8)。

表2 乳歯の平均Sr90濃度 セントルイスと「放射線と公衆衛生プロジェクト」RPHP

ディスカッション

約20年ぶりに、「放射線と公衆衛生プロジェクト」(RPHP)によって米国における生体内放射能濃度が測定された。ニューヨーク州ロングアイランド、ニュージャージー州中央部、フロリダ州マイアミ地域の乳歯のSr-90平均濃度は、米国、ソビエト連邦、英国による大規模大気圏内核実験(1964-70年)後の数年間、セントルイスの乳歯における最初の減少が続いていた場合に予想される数値をはるかに上回るものであった。年平均値は変動し、1980年代と1990年代初頭に生まれた子どもではわずかに上昇した。

この発見は、アメリカの子どもの現在のSr-90レベルには、大気圏内核実験以外の要因が関与していることを示している。観察された時間的、地理的パターンから、最も可能性が高いのは原子力発電所からの放出である。

4分の1強の歯に予想される低レベルのSr-90濃度が含まれていたが、14%は予想の15倍以上であった。この大きなばらつきは、妊婦の食事摂取量の違い(食事中のカルシウム量など)が胎児のSr-90濃度に影響を与える可能性を示唆している。さらに、食物の地理的起源と摂取した水の種類(公共水、井戸水、ボトル入り水)は、乳歯のSr-90含有量を決定する要因である。スリーマイル島やチェルノブイリのような事故だけでなく、吸入される原子炉から放出される放射性物質の月ごとの時間的変動も、胎児の放射能濃度に影響を与える。

低レベル放射線被ばくと早期小児がんとの関連はよく知られている。バックグラウンドの放射線レベルのわずかな変動と幼児のがんは関連している(32) (33)。 子宮内に骨盤X線を照射した場合、10歳までにがんで死亡するリスクが上昇し、特に妊娠初期にX線を照射した妊婦の子どものリスクが高かった(13) (14)。 原爆実験による放射性降下物の影響を受けた食物放射能への暴露は、子どもの白血病と相関している(34)。 米国の原子力発電所の近くでは、小児がんが増加している(35) (36) (37) 。他国でも同様である(38) (39) (40) (41) (42) (43) (44)。カリフォルニア州サクラメント地域では、1989年のランチョ・セコ原子炉停止直後から、5歳未満の子どものがん罹患率が減少した(45)。

しかし、これらの研究はいずれも体内の放射能濃度を測定しておらず、原子力発電所との距離(近さ)、土壌沈着量、食事レベルに頼っている。本論文、サフォーク郡における乳歯のSr-90と5歳以前のガンとの相関関係は、被曝後何年も経過した核分裂生成物による人体内の低線量放射能レベルと、疾病リスクの上昇との関連性について、初めて文書化されたものである。

Sr-90と特に関係が深いのは、横紋筋肉腫として知られる極めてまれな小児がんである。骨、歯、血液細胞、リンパ組織はすべて、発生の過程で間葉系層から発生する(10)。白血病と肉腫は間葉系細胞に由来する悪性腫瘍であり(46)、後者は小児がんの5%を占める(47)。横紋筋肉腫(RMS)の年間発生率は15歳未満の小児100万人あたり4.5人であり(48)、近年サフォーク郡で報告された複数の症例は偶然の結果ではない可能性が高い(24)。 横紋筋肉腫(RMS)は、Sr-90のベータ線を実験動物の皮膚に照射することによって誘発される (49)。

サフォーク郡の子どもたちの乳歯に含まれるSr-90がもたらす健康リスクに関する観察は、ブルックヘブン国立研究所(BNL)や近隣の原子力発電所付近の海域における、発がんと全ベータ/全アルファ放射能との間の相関関係によっても裏付けられている。Sr-90は、ニューヨーク州の水に含まれる全ベータの20~50%を占めるベータ線放出物質のひとつに過ぎない。全ベータ値と小児がんとの相関係数が、Sr-90の相関係数よりも高いことは、Sr-90だけでなく、複数の放射性核種が胎児や乳児の健康に影響を及ぼし、その結果、その後の人生で健康に悪影響を及ぼすことを示している。ベータ粒子を放出する他の骨親和性同位体にも、ストロンチウムと同様の生物学的作用があり、ヒトに対する健康リスクも同様である。

全アルファ放射能が全ベータ放射能と同じような時間的傾向を持ち、小児罹患率の上昇と下降に相関しているという発見は、原子力発電所が最近の環境放射能の主要な発生源であるという仮説をさらに裏付けるものであり、重要である。観測された上昇と下降は、ラジウムやラドンのような自然界に存在するアルファ線放出物質によるものではなく、原子炉からの放出によるものである。

ペコニック川のアルファ線とベータ線の測定値は、一般的なレベルの10倍以上になっている。このことは、ブルックヘブン国立研究所(BNL)原子炉が、観測されたアルファ線とベータ線の変動の主な原因である可能性があることを意味している。ロングアイランドの人々は、島の地下にある帯水層から汲み上げた水を消費しているため、ペコニック川の水は、郡内のすべての地表水と同様、飲用には使用されていない(50)。 空気中に放出された放射性物質は、吸い込まれるだけでなく、降水によって井戸に入り込み、郡内の私有井戸水と市営井戸水のすべての消費者に影響を及ぼす。井戸水は地元で果物、野菜、ジャガイモなどの作物を生産するためにも使用されるため、食品は放射能を取り込む新たな媒介物となる。

ブルックヘブン国立研究所(BNL)の放射性物質は、サフォーク郡の乳歯の放射能濃度の一因に過ぎないと考えるべきである。サフォーク郡の西部は、1985年と1986年に極めて高い大気放出を起こしたインディアン・ポイント原子力発電所の南東わずか40マイルに位置している(23)。インディアン・ポイント原子力発電所の事業者は、安全上の懸念から原子炉を定期的に停止しなければならなかった。ニューヨーク州保健局のモニタリング・データによれば、インディアン・ポイント原子力発電所の近くのハドソン川の全ベータ・レベルは、ペコニック川の2倍から3倍であることが多い(31)。これらの放出物の多くは空気中に浮遊しているため、偏西風や降水によってサフォークに到達する。

図3に示すように、故障やトラブルの多いもう一つの原子炉(オイスター・クリーク)は、サフォーク西部から60~70マイル南西に位置している。1970年以来、76.8兆ピコキュリーの空気中の長寿命核分裂生成物を放出したと報告されている。最後に、冬期には同じく故障やトラブルを抱えるコネチカット州のハダムネック原発とミルストーン原発からの風による放出がサフォーク郡東部に到達する。

本研究の重要な結果の一つは、胎児は、細胞の急速な成長による少量の放射線被曝の害に対して、大人や子どもよりもはるかに敏感であることが確認されたことである(51)(52)。アルファ線、ベータ線、ガンマ線によって放出されるエネルギーは、細胞膜を破壊し、DNAを変化させ、ホルモンを変化させる。幼児期に疾病の発生率が高くなるのは、胎児期の障害を反映していることが多い。特に小児早期のがんは、遅発性先天性欠損症、あるいは胎内突然変異の晩期障害と呼ばれている(53)。発育中の胎児への障害が大きければ大きいほど、特に人生の初期にがんやその他の障害を発症するリスクが高くなる。ニューヨーク州では、人口の大半が問題のインディアン・ポイント原子炉から50マイル以内に住んでおり、1980-82年から1991-93年までの0-1歳のがん発生率は97.8%増加した(54)。サフォーク郡では1歳未満の年間症例数が少ないため、ニューヨーク州保健局は守秘義務の問題からこのデータの公開を拒否した。

放射能と小児がんとの間に統計的・臨床的関連性があることを証明することは、1980年代初頭以降、アメリカの乳幼児が免疫系を傷つけられたために、多くの病気が増加したことを説明するのに役立つ。1984年から1992年にかけて、2500グラム未満の出生率(55)、先天性甲状腺機能低下症(56)、0歳から5歳までの急性耳感染症(57)はすべて上昇し、それぞれ5.4%、46.3%、75.9%であった。この間、喘息は、それまでは大気圏実験が行われていた時代に最も高い発症率を示していたが、アメリカ人全員、特に若年層に影響を及ぼす流行病となった。

1980年頃から1990年代半ばにかけて、0~4歳児の喘息は、有病率(58)、受診率(59)、入院率(60)で、それぞれ160.4%、65.5%、60.5%と急増した。特に生後1年間の喘息入院率(86.2%)の増加は大きく(61)、乳児細気管支炎による入院(141.9%)の増加も大きかった(62)。放射線は、農薬、特に有機リン酸塩の室内使用の増加と相乗的に作用する可能性がある。

この研究はいくつかの点で限界がある。Sr-90は環境中に存在する数十種類の放射性核種のうちの単一核種であるため、総放射線量を絶対的に決定することは不可能である。短寿命の同位体の濃度を生体内で大規模に測定することは不可能であり、ガンマ線を放出するCs-137のような軟部組織を求める同位体をホールボディカウンターで測定することも、非常に困難でコストがかかる。乳歯のSr-90レベル測定のもう一つの限界は、マイアミのように100マイル以内に原子力発電所が1つしかない場合を除き、測定された放射能の原因をある特定の原子炉などの個別の放出源からの放出であると特定することができないことである。

現時点では、サフォーク郡を除くすべての地域の歯の数が比較的少ないことも、この調査の限界である。1984年から1992年に生まれた子どもの歯が、これまでに採取された歯の約85%を占めているため、ごく最近の傾向を分析することはできない。しかし、今後も歯の採取を続けることで、傾向や狭い地域でのパターン、放射能と乳幼児の健康との関係など、より詳細な調査が可能になるだろう。1999年に提出された報告書の多くは、乳歯が抜け始めた1990年代初頭に生まれた子どもたちのものである。

この報告書が示すところでは、今回調査した郵便番号の地域とその他の地域の両方で、食事中の放射能と何千本もの乳歯の放射能の測定を拡大する必要性がある。核分裂生成物の継続的な放出と環境への侵入は、この調査分析を行うことを公衆衛生上不可欠なものにしており、現在許可されている原子力発電所からの放出が、発育途上の乳幼児や子どもの疾病リスクを高める上でどの程度の害をもたらすのか、より詳細な分析を行う必要がある。

結論

1980年代と1990年代初頭に生まれた子どもの乳歯のSr-90レベルは、現在、1950年代半ばに観察されたレベルと同等であり、すべての大気圏内兵器実験停止後に予想されるレベルよりもはるかに高い。乳歯のSr-90濃度は、州や連邦政府機関によって独自に測定された、既知の大規模な放射性物質の環境放出後、しばしば上昇と下降を繰り返したという事実は、Sr-90濃度が過去の核実験による放射性降下物ではなく、最近の原子炉による放出を反映していることを意味している。

さらに、乳歯のSr-90濃度の変化と小児がんの変化を関連付ける証拠は、大気圏内核実験中と原子炉からの放射性物質放出があった時期の両方で、発育中の胚、胎児、幼児は、成人を対象とした過去のすべての研究に基づいて予想されたよりもはるかに強く原子炉からの放射性物質の影響を受けていることを示している。したがって、広島・長崎の原爆被爆者の調査に基づいて現在の許容放出量を設定するために使用されたような、高線量から成人への外挿は、環境中に放出された核分裂生成物の低線量による小児白血病、癌、その他の病気のリスクを、数百倍から数千倍過小評価することになる。

同時に、Sr-90のような長寿命の核分裂生成物の生体内測定を、出生時の放射線被曝のマーカーとして用いた今回の結果は、最近の論文で報告されている、がん、喘息、低体重児出産、甲状腺機能低下症、耳の感染症、細気管支炎など、免疫やホルモンに関連した病気の発症率が最近流行しているのは、原子炉から放出された放射性物質が予想外に深刻な影響を及ぼし、化学物質や大気汚染物質との相乗効果で増加しているためである可能性が高いという仮説を強く支持している。

幼年期がんの要因としての乳歯中のストロンチウム-90 (付録)
ジェイ・M・グールド、アーネスト・J・スターングラス、ジャネット・D・シャーマン
ジェリー・ブラウン、ウィリアム・マクドネル、ジョセフ・J・マンガーノ

国際保健サービスジャーナル
第30巻、第3号、515-539ページ、2000年
著作権 Baywood Publishing Co.

付録

Sr-90/カルシウム比の測定

乳歯のSr-90は、放射線化学名誉教授でカナダ、オンタリオ州ウォータールーにあるREMS社の社長、Hari D. Sharma氏の指導の下、以下の手順で測定した。

歯を110℃で12時間乾燥させた後、細かく粉砕する。約0.1グラムの粉末をバイアルに秤量し、0.5ミリリットル(ml)の濃硝酸で、5ミリグラム(mg)のSr++と2mgのY+++キャリアを含む溶液とともに、サンドバス上で約110℃の温度で数時間かけて溶解する。溶液は蒸発乾固しない。消化された粉末は、トリチウムを含まない水ですすいで遠心チューブに移される。炭酸ナトリウムの飽和溶液を加えてSr、Y、Caの炭酸塩を沈殿させ、遠心分離する。炭酸塩を炭酸ナトリウムの希薄溶液で繰り返し洗浄し、沈殿物からあらゆる着色分を除去する。沈殿物を塩酸に溶かし、pHを1.5~2の範囲に調整して2mLとし、そのうち0.1mLをカルシウムの定量用に確保する。残りの1.9mLは、Packard Bioscience BVから供給された9.1mLのシンチレーションカクテルUltima Gold ABと混合し、計数用の専用バイアルに入れる。適切な量のCa++、Sr++、Y+++を含むブランクをバックグラウンドの記録用に用意する。

溶解歯の入ったバイアル内の放射能は、Wallac WDY 1220X Quantulus低レベル蛍光シンチレーション分光計で、毎回100分間、計4回、合計400分間計数される。このスペクトロメーターには特別な機能があり、400-1000チャンネルのバックグラウンドカウントレートは毎分2.25±0.02カウントである。バックグラウンドは5000分以上カウントされているので、バックグラウンド測定に関連する誤差は約1%である。カルシウム1グラムあたりのSr-90の測定に関連する全体的な不確かさまたは1σは、カルシウム1グラムあたり±0.7ピコキュリー(pCi/g Ca)である。

計数効率は、国立標準技術研究所から入手したSr-90/Y-90の校正溶液を使用して確立された。校正溶液を数ミリグラムのSr++溶液を含む水で希釈し、Sr-90とY-90から放出されるベータ粒子の計数効率を決定するために、溶液のアリコートからの計数率を400から1000の範囲のチャンネル番号で記録した。Y-90は、溶液中でその親Sr-90と経時的に平衡状態にあることが確認された。計数効率は、25mgのCa++、5mgのSr++、2mgのY+++、9.1mlのシンチレーションカクテルを含む1.9mlのSr-90/Y-90溶液で、Sr-90の崩壊あたり1.67カウントであることがわかった。

カルシウム含有量は、Varian A-A 1475原子吸光光度計を用い、アセチレン+空気を燃料として、波長422.7ナノメートルの炎分光法で測定した。

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  30. ニューヨーク州衛生局がん登録所、ニューヨーク州アルバニー。1999年4月データ提供。
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  33. 米国の原子力発電所から10マイル以内の背景放射線と小児がん。国際疫学雑誌19:546-52、1990年。
  34. 米国における放射性降下物と白血病との関連。Archives of Environmental Health 42:263-71、1987年。
  35. 原子力施設周辺の放射性核種汚染地域におけるがん発生率。Ambio 10:176-82, 1981.
  36. 米国の2つの原子力施設周辺住民における1970年以前の小児白血病死亡率。Lancet 340:1443-4, 1989.
  37. 核施設周辺住民のがん。Journal of the American Medical Association 265:1403-8, 1991.
  38. スコットランド北部における小児白血病。Lancet 266:385, 1986.
  39. ウェスト・バークシャー、ベインストーク、ノース・ハンプシャーにおける小児白血病と周辺の原子力施設との関係。British Medical Journal 294:597-602, 1989.
  40. 西カンブリア州セラフィールド核処理工場周辺の若年者における白血病およびリンパ腫の症例対照研究の結果。British Medical Journal 300:423-9, 1990.
  41. ラ・ハーグ核廃棄物再処理工場周辺の小児白血病。British Medical Journal 300:580-1, 1990.
  42. 英国における核施設と小児がん:1971-1980年の0-9歳児の死亡率と発生率。総合環境科学 127:13-35, 1992.
  43. 西ドイツの原子力発電所周辺における小児悪性腫瘍の発生率。Cancer Causes and Control 3:255-64, 1992.
  44. Schmitz-Feuerhake I., Kannheim B., Heimers A., et al. ドイツの沸騰水型原子炉近傍における白血病: 染色体調査と環境放射能による集団被曝の証拠。Environmental Health Perspectives 105:1499-1504, 1997.
  45. 原子炉閉鎖後の地域乳幼児の健康状態の改善。Journal of Environmental Epidemiology and Toxicology. 2000年冬発行予定。
  46. 放射線と人間の健康。サンフランシスコ: Sierra Club Books, 1981.
  47. Rudolph, A.M., Ed. Rudolph’s Pediatrics. Stamford CT: Appleton and Lange, 1996.
  48. 横紋筋肉腫: 概要。The Oncologist 4:34-44, 1999.
  49. B放射線の分割照射によるマウスの横紋筋肉腫の実験的誘発。Journal of Cancer Research and Clinical Oncology 125:257-67, 1999.
  50. Sternglass E.J., Gould J.M. Breast cancer: evidence for a relation to fission products in the diet. International Journal of Health Services 23:783-804, 1993.
  51. 低線量被曝による放射線誘発がん: 独立した分析。サンフランシスコ: CNR Books, 1990.
  52. Upton A.C. 低レベル放射線の発がんリスク評価の生物学的根拠。Carcinogenesis 10:381-401, 1985.
  53. アリス・スチュワート: The Woman Who Knew Too Much. Ann Arbor MI: University of Michigan Press, 1999.
  54. ニューヨーク州保健局がん登録所、ニューヨーク州アルバニー。データは1997年6月提供。
  55. 国立保健統計センター。米国の人口動態統計。ワシントンDC: 米国保健社会福祉省。年次報告書。
  56. 1995年、米国30州、新生児スクリーニングプログラム。
  57. 健康面接統計部。全国健康情報調査。Hyattsville MD: U.S. Centers for Disease Control and Prevention. 年次報告書。
  58. 健康インタビュー統計部。全国健康面接調査。ワシントンDC: ワシントンDC:疾病対策予防センター。年次報告書。
  59. 健康面接統計部。全国外来医療調査。ワシントンDC: 米国疾病予防管理センター。年次報告書。
  60. 匿名。疾病管理センターより。Journal of the American Medical Association 275:1535-6, 1996.
  61. 家庭での農薬使用。American Journal of Public Health 85:249-52, 1995.
  62. Shay D.K.、Holman R.C.、Newman R.D.、他、米国小児における気管支炎関連入院、1980-1996年。Journal of the Ameri can Medical Association 282:1440-6, 1999.

内部被ばくを考える市民研究会の総会と映画『サイレント・フォールアウト』を上映 2025年11月30日(日)9時 兵庫県神戸市三宮

『サイレント・フォールアウト』 自主上映会11月30日 10時~12時。 at  神戸・三ノ宮 レンタルスペースオリーブ三ノ宮店 および Zoomです。 
9時~9時45分は、内部被ばくを考える市民研究会の総会を行っています。一般の方も参加できます。
申し込み http://tiny.cc/d68v001(同時に参加費の振込も)
Zoom視聴の方は、申込をいただいた方にZoomのurlをお送りします。

 「放射線を浴びたX年後」を撮った、伊東英朗監督がアメリカで作ったドキュメンタリー『サイレント・フォールアウト』。アメリカの人々は、大気圏内核実験で101回、地下核実験で828回の被ばくをしていました。

 写真 左、メアリー・ディクソンは、1962年のアメリカ、ネバダ州の地下核実験セダンで被ばく。住んでいたユタ州ソルトレイクシティーはネバダの核実験場から530km離れていました。彼女は当時7歳でした。「牛乳を飲んでも大丈夫」と政府の言うことを信じて、自転車で野原を遊びまわり、友達と雪だるまを作ったり、雪にバニラと砂糖を入れてアイスクリームに見たてて食べたりしていました。小学校の同級生は8歳のときに脳腫瘍で亡くなり、その弟も精巣がんに。友達のお父さんも脳腫瘍で亡くなりました。友人は16歳のときに骨がんで、ほかの人は脳腫瘍で亡くなりました。メアリーも20代で甲状腺がんに。メアリーは甲状腺を全摘出。手術後、放射性ヨウ素を投与され、子宮がんを引き起こし、子どもを持つことができませんでした。

 写真 右、ジョセフ・マンガーノ。「放射線と公衆衛生プロジェクト」を立ち上げ、子どもたちの乳歯中のストロンチウム90を測定しました。子どもたちの母親たちは「歯の妖精プロジェクト」を立ち上げ、乳歯6万1000本を集めました。その乳歯に含まれるストロンチウム90の測定を行った科学者です。

 母親たちと科学者が手を取り合って、核実験が子どもたちの体内に放射能を蓄積させたこと。それが白血病や小児がんなどの様々な病気、周産期死亡率を増やしていることを明らかにしました。この名もなき人々の行動が、大統領ジョン・F・ケネディを動かし、大気圏内外、水中の核実験を禁止する「部分的核実験禁止条約」(PTBT)を米ソで締結する行動につながったのです。

 私たち、日本に生きる人々は、1945年の広島、長崎の被ばく、1950年代、60年代のビキニ環礁ほかの太平洋の核実験によるフォールアウトと魚の放射能汚染、1999年の東海村JCO臨界事故、2011年東電福島第一原発事故の被ばく者。原発と核兵器が人々に何をもたらしたのか、このドキュメンタリーを通して考えたいと思います。

 76分の上映後、伊東英朗監督からのオンライン・トークもあります。この第1作に続く、第2作の秘話も聴けるかもしれません。こうご期待。


2025年11月30日 レンタルスペースオリーブ三ノ宮店 (兵庫県神戸市)にて上映会 および Zoom視聴

兵庫県神戸市にて上映会が開催されます。
監督トークもオンラインでありますので、ぜひご参加ください。

日程 2025年11月30日(日) 10:00~12:00 
主催 内部被ばくを考える市民研究会
開場 9:00(総会 9:00~9:45) 公開 ツイキャスあり
上映 10:00~11:17 76分
伊東英朗監督のお話(オンライン) 11:20~12:00
会場 レンタルスペースオリーブ三ノ宮店(神戸市中央区琴ノ緒町2-3-12 共親ビル4A号室 JR神戸線 三ノ宮駅東口より徒歩5分)

および Zoom(申込をいただいた方にZoomのurlをお送りします。)


参加費 会場参加1200円(会員は1000円)
zoom参加は1500円(会員は1000円)


参加申し込み 要 http://tiny.cc/d68v001(同時に参加費の振込もお願いします。)


お問い合わせ先 entry.naibu@gmail.com 080-3086-1417 川根


<振込先> 口座名義:内部被ばくを考える市民研究会
ゆうちょ銀行からの場合 ゆうちょ銀行 記号 10370 番号73181351
ゆうちょ銀行以外の金融機関からの場合 ゆうちょ銀行 店名 〇三八(読み方 ゼロサンハチ) 普)7318135

<振込先> 口座名義:内部被ばくを考える市民研究会
ゆうちょ銀行からの場合
ゆうちょ銀行 記号 10370 番号73181351
ゆうちょ銀行以外の金融機関からの場合
ゆうちょ銀行 店名 〇三八(読み方 ゼロサンハチ) 普)7318135
地図 レンタルスペースオリーブ 三ノ宮店 兵庫県神戸市中央区琴ノ緒町2丁目3-12

プログラム 
2025年11月30日(日) 9時00分 開場
9時05分~9時45分 第12回内部被ばくを考える市民研究会総会 対面 & Zoomオンライン
10時00分~11時17分 伊東英朗監督『サイレント・フォールアウト』上映
※ 会場およびZoomオンラインで視聴できます。
11時20分~12時00分 伊東英朗監督のお話 Zoomオンライン
12時00分~13時10分 会場で軽食。
13時10分~13時20分 会場あと片付け。撤収。
 ぜひ、お時間を作ってご参加下さい。非会員の方も総会にオブザーバーとして参加いただけます。どうぞ、お気軽にご参加下さい。
 ドキュメンタリー『サイレント・フォールアウト』20241103 予告編 5分49秒

内部被ばくを考える市民研究会の会員を募集しています。
年会費2000円です。2025年10月末までが。第1次会員登録期間です。
会に参加される方は以下に申し込み下さい。
内部被ばくを考える市民研究会 第12期 2025年10月〜2026年9月 会員登録

福島県各地で異常なダスト。2025年3月、4月、5月。2011年3月原発事故直後の1/10のレベルの放射能を計測。-原子力規制委員会 放射線モニタリング情報より

[初稿]2025年10月5日 23:55pm

[訂正]

2025年10月6日 5:00am
異常なダスト 大熊町 誤 2.0ミリベクレル/m3 → 正 0.20ミリベクレル/m3 
田村市 誤 3.5ミリベクレル/m3 → 正 0.35ミリベクレル/m3 
大熊町 誤 6.0ミリベクレル/m3 → 正 0.60ミリベクレル/m3

(1)2025年10月5日(日)岐阜県関市で1日中、異常な空間線量率を計測しました。それだけでなく、2025年9月は1月毎日、高い空間線量率を計測しました。

川根が住む岐阜県は、日本でも有数の岩石中のウラン、トリウムの含有率の高い地域です。中津川市では、普通に空間線量率が0.23マイクロシーベルト/時(β線、γ線)を超える場所があります。

しかし、川根が住む関市での通常の空間放射線量率は、0.09~0.12マイクロシーベルト/時(β線、γ線)程度です。時々、0.14や0.15を計測する日もあります。しかし、0.17は年に数回くらいしかありませんでした。

そこで、0.17マイクロシーベルト/時(β線、γ線)以上の空間放射線量率を「異常な空間線量率」として、計測することにしました。2024年11月から測定を開始し、日々、通勤中、散歩中、出先で屋外および車内で測定した結果を筆記で記録しました。

しかし、2025年9月は、ほぼ毎日、0.17マイクロシーベルト/時(β線、γ線)以上を計測しました。岐阜県関市に避難・移住して8年目。初めての経験です。

(2)今日の異常な空間線量率を写真とともに掲載します。

1 空間線量率 0.19μSv/時 0cpm Valor前 岐阜県関市 2025年10月5日 11:35am

空間線量率 0.19μSv/時 0cpm Valor前 岐阜県関市 2025年10月5日 11:35am

2 空間線量率 0.18μSv/時 1cpm Valor駐車場(車内) 岐阜県関市 2025年10月5日 12:28pm

空間線量率 0.18μSv/時 1cpm Valor駐車場(車内) 岐阜県関市 2025年10月5日 12:28pm

3 空間線量率 0.19μSv/時 2cpm 出光石油駐車場(車内) 岐阜県関市倉知蓼原 2025年10月5日 12:44pm

空間線量率 0.19μSv/時 2cpm 出光石油駐車場(車内) 岐阜県関市倉知蓼原 2025年10月5日 12:44pm

4 空間線量率 0.19μSv/時 1cpm 東山交差点(車内) 岐阜県関市東山 2025年10月5日 13:16pm

空間線量率 0.18μSv/時 1cpm Valor駐車場(車内) 岐阜県関市 2025年10月5日 12:28pm

5 空間線量率 0.18μSv/時 0cpm Valor前 岐阜県関市 2025年10月5日 17:20pm

空間線量率 0.18μSv/時 0cpm Valor前 岐阜県関市 2025年10月5日 17:20pm

6 空間線量率 0.19μSv/時 5cpm アパート前 岐阜県関市 2025年10月5日 17:26pm

空間線量率 0.19μSv/時 5cpm アパート前 岐阜県関市 2025年10月5日 17:26pm

(3)これまで、単に、川根の放射線測定器が故障しているのか、とも思いました。しかし、原子力規制委員会 放射線モニタリング情報が、福島県11地点の大気浮遊じんのデータを公表しています。今年3月4月5月に異常なダストが計測されていました。

本日、台風22号の影響だけではなく、東京電力福島第一原発の廃炉作業、いや、核燃料デブリ取り出し作業のため、大量の放射能が建屋から撒き散らされていたために、川根の住む岐阜県関市在住付近まで放射能が吹き続け、本日2025年10月5日1日中、異常な空間線量率が計測されたのだと思います。

1 大熊町下野上清水 Cs137 0.0002ベクレル/m3(=0.20ミリベクレル/m3) 2025年3月大気浮遊じん 原子力規制委員会 放射線モニタリング情報 大気浮遊じん

大熊町下野上清水 Cs137 0.0002ベクレル/kg 2025年3月大気浮遊じん 原子力規制委員会 放射線モニタリング情報 大気浮遊じん

2 田村市船引町地区 Cs137 0.00035ベクレル/m3 (=0.35ミリベクレル/m3)2025年4月大気浮遊じん 原子力規制委員会 放射線モニタリング情報 大気浮遊じん

田村市船引町地区 Cs137 0.00035ベクレル/kg 2025年4月大気浮遊じん 原子力規制委員会 放射線モニタリング情報 大気浮遊じん

3 南相馬市小高区 Cs137 0.0006ベクレル/m3 (=0.60ミリベクレル/m3)2025年5月大気浮遊じん 原子力規制委員会 放射線モニタリング情報 大気浮遊じん

南相馬市小高区 Cs137 0.0006ベクレル/m3 2025年5月大気浮遊じん 原子力規制委員会 放射線モニタリング情報 大気浮遊じん

測定地点 原子力規制委員会 放射線モニタリング情報 大気浮遊じん が以下です。

測定地点 原子力規制委員会 放射線モニタリング情報 大気浮遊じん

(4) データはこちらから。上記、グラフ、画像は、このデータから川根が編集したものです。

大気浮遊じん 2024年10月~2025年10月 原子力規制委員会 放射線モニタリング情報 2025年10月5日閲覧
(5) 2025年3月、4月、5月に、0.20ミリベクレル/m3、0.35 ミリベクレル/m3、0.60ミリベクレル/m3を福島県で計測しているのは異常です。

 これは、東京電力 福島第一原発事故直後の2011年3月〜5月に、群馬県高崎市CTBTで観測された数値1〜6ミリベクレル/m3の1/10のレベルです。

高崎に設置されたCTBT放射性核種探知観測所における放射性核種探知状況 2011年5月30日時点 日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター

原文 pdf 高崎に設置されたCTBT放射性核種探知観測所における放射性核種探知状況 2011年5月30日時点 日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター

現在、「日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター」は、改組されて、2019年7月「日本国際問題研究所 軍縮・科学技術センター」になりました。それと同時に、以下の資料がすべて削除されています。

放射能データの焚書です。

高崎に設置されたCTBT放射性核種探知観測所における放射性核種探知状況 2011年5月30日時点 日本国際問題研究所 軍縮・不拡散促進センター


 高崎CTBTでは2011年3月15日は5644ミリベクレル/m3や3月20日3786ミリベクレル/m3、3月21日190ミリベクレル/m3、3月22日35ミリベクレル/m3、3月29日118ミリベクレル/m3、3月30日58ミリベクレル/m3、などのピークがありました。
しかし、上記のようなピーク以外は、2011年3月4月5月は、セシウム137で1〜6ミリベクレル/m3程度でした

 高﨑CTBTが測定した、空気中のダストの放射能、原発事故直後の2011年3月12日~3月28日を掲載しました。単位がμBq/m3となっているので、mBq/m3(ミリベクレル/m3)を青字で書き加えました。ダウンロードしてご覧下さい。

札幌市長 上田文雄氏 声明『東日本大震災により発生したがれきの受入れについて』 2012年3月23日

 昨日、札幌市長を2003年より2015年まで、3期12年つとめられた上田文雄元市長がすい臓がんのため亡くなりました。77歳でした。

 2011年、政府、環境省は8000ベクレル/kgまで安全だ、として東日本大震災の福島県などの放射能汚染がれきを全国に受け入れを求めました。

 それに対して、上田文雄札幌市長は、「『放射性廃棄物は、基本的には拡散させない』ことが原則というべきで、不幸にして汚染された場合には、なるべくその近くに抑え込み、国の責任において、市民の生活環境に放射性物質が漏れ出ないよう、集中的かつ長期間の管理を継続することが必要であると私は考えています。」と明確に、札幌市への放射能おせんがれきの受け入れを拒否しました。

上田文雄氏は1976年に司法試験に合格し、弁護士として活動してきました。

 東京新聞によれば、北海道幌延町(ほろのべちょう)での高レベル放射性廃棄物の最終処分場建設案に対して危機感を抱き、1986年、長崎に投下された原爆のプルトニウムが製造された米ワシントン州ハンフォードの核廃棄物処分研究施設などを歴訪しています。「簡単なポンチ絵を描き、お金をどんどんつぎ込んで、過疎の村に押しつけようという企みだとはっきり分かった」。以降、幌延問題で誘致反対運動を率いた方でした。- 2024年5月14日 東京新聞

 また、2011年12月から札幌市市立の小中学校、義務教育学校、中等教育学校、高等学校、特別支援学校、幼稚園の学校給食の食材の放射性物質の検査を始めました。これは2024年3月まで継続されました。セシウム134、セシウム137について、それぞれ4ベクレル/kgを検出限界とする測定でした。もし、少しでも放射性セシウムが検出された場合は、その後その食材を使わないという厳格なものでした。

 しかし、上田文雄氏が札幌市長を退任してから、9年間、2024年3月までは、札幌市は学校給食の食材の放射性物質の検査を行っていました。

 後継の秋元克広札幌市長は、昨年度末2024年3月でこの放射能検査を打ち切りました。そして、札幌市のホームページに掲載されていた、2011年12月から2024年3月までの「学校給食の食材の放射性物質の検査結果」をすべて削除しました。

 過去に札幌市のホームページで掲載されていた、「学校給食の食材の放射性物質の検査」は以下です。サイトで検索して調べたものを掲載します。

 2012年4月13日 札幌市長 上田文雄氏が公表した声明を全文、掲載します。

東日本大震災により発生したがれきの受入れについて

東日本大震災から一年が過ぎました。地震と津波による死者・行方不明者が18,997人という未曽有の大災害は、福島第一原子力発電所の大事故とともに、今なお人々の心と生活に大きな影を落としています。改めて被災者の皆さま方に心からお見舞い申し上げ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

震災から一年後となる、今年の3月11日前後、テレビの画面に繰り返し映し出されたのは、膨大ながれきの山と、その前に呆然と立ちすくむ被災者の姿でした。これを視聴した多くの人々の心には、「何とか自分達の町でもこのがれき処理を引き受けて早期処理に協力できないか」という、同胞としての優しい思いと共感が生まれたものと思います。

政府は、岩手県・宮城県の震災がれき約2,045万トンのうち、20%に相当する約401万トンを被災地以外の広域で処理するという方針を出し、今、その受入れの是非に関する各自治体の判断が、連日のように新聞紙上等をにぎわせています。
私は、これまで、「放射性物質が付着しないがれきについては、当然のことながら受け入れに協力をする。しかし、放射性物質で汚染され安全性を確認できないがれきについては、受入れはできない。」と、市長としての考えを述べさせていただきました。

『放射性廃棄物は、基本的には拡散させない』ことが原則というべきで、不幸にして汚染された場合には、なるべくその近くに抑え込み、国の責任において、市民の生活環境に放射性物質が漏れ出ないよう、集中的かつ長期間の管理を継続することが必要であると私は考えています。非常時であっても、国民の健康と生活環境そして日本の未来を守り、国内外からの信頼を得るためには、その基本を守ることが重要だと思います。
国は、震災がれきの80%を被災地内で処理し、残りの20%のがれきを広域で処理することとし、今後2年間での処理完了を目指しています。
これに対し、「現地に仮設処理施設を設置し精力的に焼却処理することで、全量がれき処理が可能であり、また輸送コストもかからず、被災地における雇用確保のためにも良い」という意見も、被災県から述べられ始めています。

また放射性物質についてですが、震災以前は「放射性セシウム濃度が、廃棄物1kgあたり100ベクレル以下であれば放射性物質として扱わなくてもよいレベル」だとされてきました。しかし現在では、「焼却後8,000ベクレル/kg以下であれば埋立て可能な基準」だとされています。「この数値は果たして、安全性の確証が得られるのか」というのが、多くの市民が抱く素朴な疑問です。全国、幾つかの自治体で、独自基準を設けて引き受ける事例が報道され始めていますが、その独自基準についても本当に安全なのか、科学的根拠を示すことはできてはいないようです。

低レベルの放射線被ばくによる健康被害は、人体の外部から放射線を浴びる場合だけではなく、長期間にわたり放射性物質を管理する経過の中で、人体の内部に取り入れられる可能性のある内部被ばくをも想定しなければならないといわれています。
チェルノブイリで放射線障害を受けた子ども達の治療活動にあたった日本人医師(長野県松本市長など)をはじめ、多くの学者がこの内部被ばくの深刻さを語っています。放射性物質は核種によっても違いますが、概ね人間の寿命より、はるかに長い時間放射能を持ち続けるという性質があります。そして誰にも「確定的に絶対安全だとは言えない」というのが現状だと思います。

札幌市の各清掃工場では、一般ごみ焼却後の灰からの放射性物質の濃度は、不検出あるいは1キログラム当たり13~18ベクレルという極めて低い数値しか出ておりません。私たちの住む北海道は日本有数の食糧庫であり、これから先も日本中に安全でおいしい食糧を供給し続けていかなくてはなりません。そしてそれが私たち道民にできる最大の貢献であり支援でもあると考えます。

私も昨年4月、被災地を視察してきました。目の前には灰色の荒涼たる街並みがどこまでも続き、その爪痕は、あまりにも悲しく、そしてあまりにも辛い光景で、今も私のまぶたに焼き付いています。
また私は、若い時に福島に1年半ほど生活していたことがあり、友人も沢山います。福島は、桃やリンゴなどの優れた農作物で知られており、それらを丹精こめて生産されている人々が、愛着のある家や畑から離れなければならない、その不条理と無念さに、私は今も胸を締めつけられるような思いでいます。

札幌市はこれまで、心やさしい市民の皆様方とともに、さまざまな支援を行ってまいりました。今なお札幌では、1,400人を超える被災者を受け入れており、あるいは一定期間子どもたちを招いて放射線から守る活動などにも積極的に取り組んできたところです。そのほか、山元町への長期派遣をはじめとした、延べ1,077人に及ぶ被災地への職員派遣、等々。今までも、そしてこれからも、札幌にできる最大限の支援を継続していく決意に変わりはありません。

またこのところ、震災がれきの受け入れについて、電話やファクス、電子メールなどで札幌市民はもとより、道内外の多くの方々から、賛同・批判それぞれの声をお寄せいただき、厳しい批判も多数拝見しています。ご意見をお寄せいただいた方々に感謝を申し上げます。これらのご意見を踏まえ、何度も自問自答を繰り返しながら、私は、「市長として判断する際に、最も大事にすべきこと、それは市民の健康と安全な生活の場を保全することだ」という、いわば「原点」にたどり着きました。

私自身が不安を払拭できないでいるこの問題について、市民に受入れをお願いすることはできません。
市民にとって「絶対に安全」であることが担保されるまで、引き続き慎重に検討していきたいと思っています。

2012年3月23日
札幌市長 上田文雄

熊本県阿蘇のコシヒカリのご案内 2025年 水田土壌のセシウム137は2.6±0.54ベクレル/kg、セシウム134はND(不検出 <0.081ベクレル/kg)

今年も阿蘇のコシヒカリのご案内をします。大変、申し訳ありませんが、米価格高騰と宅配料金の値上げのため、米1俵35,000円、30kgあたり17,500円でのご案内となります。これは、1俵あたり1000円(半俵30kgあたり500円)の土壌の放射能測定費用カンパを含んだ金額です。

 販売数量は20俵(40袋−1袋30kg−)です。

 このお米は、除草剤を1回だけ使用し、有機肥料で育てた、有機肥料・減農薬の特栽米です。

 川根眞也が熊本県阿蘇市の現地に飛び、米とネギ、赤牛農家の田中幸博さんの協力を得て、水田の放射性セシウムの核種分析もしています。

水田 土壌 放射性核種分析 セシウム137のみ2.6±0.54ベクレル/kg検出。

水田場所:熊本県阿蘇市中原152-1 214工区

土壌採取:2025年5月4日採取者:田中幸博

放射性セシウム:セシウム134 不検出 検出限界値 0. 081Bq/kg

        セシウム137  2.6± 0 .54Bq/kg

測定器:Ge: 高純度ゲルマニウム半導体測定器( フランス Itech 社製)InterWinner(Itech 社製)

測定時間:96時間

測定機関:ちくりん舎 共同ラボ(NPO 法人 市民放射能監視センター)

〒190-0181 東京都西多摩郡日の出町大久野 7444

添付資料: ちくりん舎結果報告書 熊本県 阿蘇市 水田土壌 152-1 214工区 セシウム137 2.6Bq/kg セシウム134 ND(<0.081)ウラン235 0.85 2024年5月4日 採取 田中幸博

熊本県阿蘇市 水田土壌 中原152-1 214工区 Cs134 ND <0.081 Cs137 2.6 U235 0.85 2025年5月4日 ちくりん舎測定結果報告書
熊本県阿蘇市 水田土壌 中原152-1 214工区 Cs134 ND <0.081 Cs137 2.6 U235 0.85 2025年5月4日 スペクトルデータ ちくりん舎測定結果報告書

 ちなみに、玄米そのものの放射性セシウムの汚染度は測っていません。土壌が2.6ベクレル/kgであることから、玄米の放射性セシウムの汚染度は0.02ベクレル/kg未満である可能性が高く、測定が困難であるからです。水田土壌からその安全性を確認しています。

 添付資料が、原発事故前2009年の白米および水田作土のストロンチウム90とセシウム137濃度との関係です。水田作土中のセシウム137が1.9ベクレル/kgの山梨県甲斐では、その水田で作った白米がND(不検出)でした。水田作土中のセシウム137が1.9〜最高7.3ベクレル/kgの水田で作った白米がND(不検出)でした。白米中のセシウム137が検出されたものでは、もっとも水田作土が汚染されていないもので、水田作土が5.2ベクレル/kg、白米が0.025ベクレル/kgです。白米の汚染は、水田作土の約200分の1です。

2009年度 白米および水田作土のストロンチウム90、セシウム137濃度 【単位】ベクレル/kg

2009年度 白米および水田作土のストロンチウム90、セシウム137濃度 【単位】ベクレル/kg

 この阿蘇のコシヒカリの水田土壌のセシウム137は2.6ベクレル/kgですから、上記、白米および水田土壌の放射性核種分析を行った、農業環境技術研究所の検査能力を使っても、不検出(ND)となると思います。

 以下資料が、2011年3月12日5時から同年5月1日0時までの、放射性セシウム137の積算沈着シュミレーションです。日本原子力研究開発機構が原発事故があった年、2011年9月6日に公表しました。しかし、すべての新聞各紙がこれを無視し、日本の東日本の地域および太平洋側の海の放射能汚染を隠しました。

2011年3月12日5時から5月1日0時までのセシウム137の積算沈着予想 日本原子力研究開発機構 2011年9月6日公表

2011年3月12日5時から5月1日0時までのセシウム137の積算沈着予想 日本原子力研究開発機構 2011年9月6日公表

 私たちは基本的に、上記の色塗られた地域の農林水産物は食べるべきではない、と考えています。「ふくしま食べて応援」には賛同しません。

 2013年から、熊本県阿蘇市の米農家さんと提携し、水田土壌を計測しながら、その放射能汚染度を公開しながら、お米の案内をしてきました。田中幸博さんは264アールもの水田を有するため、阿蘇のこしひかりを作る水田は同じではありません。従って、年1回水田土壌の放射能汚染を計測する水田も同じではありません。

しかし、水田は違っても、熊本県阿蘇市の1km×1kmの範囲にある水田土壌を毎年1回計測してきたことになります。今回、水田が1km×1kmの範囲にあるとして、2013年〜2025年までの12年間の水田土壌のセシウム137の推移のグラフを作ってみました。

阿蘇のコシヒカリ 水田土壌 2013年~2025年 内部被ばくを考える市民研究会 川根眞也

添付:阿蘇のコシヒカリ 水田土壌 2013年~2025年 内部被ばくを考える市民研究会 川根眞也

 このグラフの近似曲線を描くと、この10年間でセシウム137の放射能汚染度は0.5ベクレル/kgも上昇している傾向にあることがわかりました。採取している水田が変わっているので、厳密には比較できません。2013年から2025年、年1回土壌測定した結果一覧です。

昨年度の分析では、「放射能汚染の上昇には、東電福島第一原発の廃炉作業がもっとも大きな影響を与えている可能性があります。建屋を開放したまま、3号機建屋屋上の放射能がれきを撤去したり、現在、2号機で行われているような核燃料デブリの取り出しをしたりするたびに、放射能が環境のまき散らされています。」と書きました。

しかし、2015年から九州電力川内原発2号機(10月)、1号機(12月)が再稼働し、2018年から九州電力玄海原発3号機(5月)、4号機(6月)が再稼働しています。東京電力福島第一原発の廃炉作業は年によって、放出される放射能の増減が観測されています。

一方、阿蘇の水田の土壌には一貫した増加傾向にあるように思えます。昨年度の「東電福島第一原発の廃炉作業がもっとも大きな影響」という分析が誤りではないか、と考えます。九州電力の原発(川内原発1号、2号、玄海原発3号、4号)の出す放射能が10年間で0.5ベクレル/kgのセシウム137の汚染を引き起こしている可能性がある、と考えます。

過去の原発事故前の日本の土壌(2009年度)が以下です。これは主に大気圏内核実験および一部チェルノブイリ原発事故の影響と考えられます。ただし、一部、茨城県那珂東海村60ベクレル/kgついては、1999年9月30日におきたJCO臨界事故による影響である、と考えられます。これからすると、まだ、この熊本県阿蘇市の2.6ベクレル/kgは非常に小さい汚染であると考えます。

土壌 0~5cm中のCs137の調査地点と測定値 2009年度 年間平均値 文部科学省 日本の環境放射能と放射線

[添付] 土壌 0~5cm中のCs137の調査地点と測定値 2009年度 年間平均値 文部科学省 日本の環境放射能と放射線

日本では、沖縄県と北海道の一部を除いては、どこでも原発80km圏内に入ってしまいます。すべての原発を廃炉にすること以外には、私たちは放射能汚染の被害から逃れることはできないのだと思います。

熊本県阿蘇市 水田土壌 田中幸博さん [単位]Bq/kg

採取者:川根眞也および田中幸博

測定機関:ちくりん舎共同ラボ

測定機器:高純度ゲルマニウム半導体検出器 InterWinner Itech社

2013年 セシウム134ND(<0.45) セシウム137 2.02

2014年 セシウム134 ND(<0.91) セシウム137 2.2

2015年 セシウム134 ND(<0.06) セシウム137 0.52

2016年 セシウム134 ND(<0.91) セシウム137 2.2

2017年 セシウム134 ND(<0.08) セシウム137 0.96

2018年 セシウム134 ND(<0.12) セシウム137 1.4

2019年 セシウム134 ND(<0.097) セシウム137 1.1

2020年 セシウム134 ND(<0.093) セシウム137 1.7

2021年 セシウム134 ND(<0.075) セシウム137 1.9

2022年 セシウム134 ND(<0.083) セシウム137 2.2

2023年 セシウム134 ND(<0.096) セシウム137 1.6

2024年 セシウム134 ND(<0.034) セシウム137 2.3

2025年 セシウム134 ND(<0.081) セシウム137 2.6

水田土壌 採取場所

2013年 熊本県阿蘇市中原127

https://www.radiationexposuresociety.com/archives/3605

2014年 熊本県阿蘇市

https://www.radiationexposuresociety.com/archives/5065

2015年 熊本県阿蘇市中原

https://www.radiationexposuresociety.com/archives/6195

2016年 熊本県阿蘇市狩尾下野

https://www.radiationexposuresociety.com/archives/6896

2017年 熊本県阿蘇市中原97 熊本県阿蘇市中原127

https://www.radiationexposuresociety.com/archives/7503

2018年 熊本県阿蘇市中原97

https://www.radiationexposuresociety.com/archives/9176

2019年 熊本市阿蘇市中原127

https://www.radiationexposuresociety.com/archives/11612

2020年 熊本県阿蘇市中務原33-1

https://x.gd/UoNWEu

2021年 熊本市阿蘇市中原154

https://x.gd/tGlXB

2022年 熊本市阿蘇市中原154 14工区

https://x.gd/FSsV7

2023年 熊本市阿蘇市中無田55-1

https://x.gd/gOhcj

2024年 熊本市阿蘇市中原154

https://x.gd/CBiDa

2025年 熊本県阿蘇市中原152-1 214工区

https://x.gd/hUNj5

阿蘇のコシヒカリを受け付けます。

販売予定数:販売予定数量 20俵(60袋,30kg×40) 申し込みが20俵になった時点で申し込みを終了いたします。

申し込みアドレス

entry.naibu@gmail.com  内部被ばくを考える市民研究会 事務局

申し込み内容

1.氏名

2.メールアドレス

3.申し込み俵数・箱数 阿蘇のコシヒカリ   俵

ねぎ       箱

(1俵60kg 35,000円、半俵30kg 17,500円)

4.送付先住所

5.電話番号

6.振り込み金額      円(1俵あたり35,000円、半俵あたり17,500円)

7.振込者名

※ 申し込み者と振込者名が違う場合は必ず7番をお書き下さい。

申し込み締め切り 2025年8月31日

同じ場合は「1に同じ」で結構です。

※ 今回は翌年1月末発送は行いません。9月中旬の発送のみとさせていただきます。

              内部被ばくを考える市民研究会 川根 眞也

原発事故から14年目  内部被ばくを考える市民研究会 熊本勉強会 5月5日さくらんぼ保育園 10:00~14:30(ランチを挟んで)ツイキャス(有料)配信決定

原発事故から14年目
【内部被ばくを考える市民研究会 熊本勉強会】
今年のメインテーマはこの3つ
1. 放射能除染土をばら撒いてはいけない!
宮崎県、奈良県、 兵庫県、 千葉県、 秋田県が受け入れ検討か?
東京電力福島第一原発の核燃料デブリの取り出し中止と 「石棺化」 が大切。
放射能汚染は移動してはいけない。

2. 半導体工場のPFAS汚染について
半導体製造工場の冷媒用PFASは空気を通じて汚染された。
ベルギーに学ぶ。
熊本のTSMCは大丈夫?

3. 今、日本の食品の放射能汚染はどうなっていますか?
福島の避難指示解除の畑で作られた農産物は?
千葉県のタケノコは?

参加費
一般 1000円
会員・ 避難者・学生500円
当日入会可能です
高校生以下は無料

日時2025年5月5日
10:00-12:00
12:00 ランチと質疑応答
希望者にはお弁当 (1000円) をご用意できます。 無垢さんのお弁当になります。
こだわり家 Kitchen Lab 無垢-muku-

お申し込み先
お弁当の申し込みももこちらから👇
https://docs.google.com/…/1-7U97AFV0qTZOzv9h95ylKL…/edit

場所 さくらんぼ保育園
(熊本市東区広木町29-35)

ツイキャス 
内部被ばくを考える市民研究会
http://twitcasting.tv/naibuhibakushim/show/
今回は有料配信です。
一般 1000円
会員・ 避難者・学生500円 をお振込み下さい。申し込みメールに対してパスワードをお教えします。
申し込みメール宛先 内部被ばくを考える市民研究会事務局
entry.naibu@gmail.com
申し込み内容
1.  5.5熊本勉強会 ツィキャス視聴希望
2. ツイキャス名
3. メールアドレス
4. 参加費 1000円(一般) 500円(会員・避難者・学生) 無料(高校生以下)を振り込みます。(いずれかを選択して下さい)

振込先:内部被ばくを考える市民研究会
ゆうちょ銀行からの場合
ゆうちょ銀行 記号 10370 番号73181351

ゆうちょ銀行以外の金融機関からの場合
ゆうちょ銀行 店名 〇三八(読み方 ゼロサンハチ) 普)7318135

講師紹介 川根 眞也
内部被ばくを考える市民研究会代表
埼玉県内公立中学理科の教師として、長年教育に携わる。
2011年3月11日の東京電力福島第一原発事故の発生を受け、 放射線量率の測定を開始。
3月15日の異常な空間線量率の上昇を計測、 発信を開始。
2011年8月に 「内部被ばくを考える市民研究会」を発足させ、 以来代表として、
研究と測定と防御と啓蒙の活動を継続する。
2013年ベラルーシを訪問し、 報告書を作成。
2018年3月サナトリウム建設、ストロンチウム測定を目指して、 中学教員を退職。
2018年4月から岐阜県に移住し、 第一種放射線取扱主任者取得、 現在は岐阜県の公立高校の理科教師。
2021年 『わかな十五歳 中学生の瞳に映った3.11」 わかな著に解説を執筆。
お問い合わせ
shintama641@gmail.com
080-4412-9033(新谷)
内部被ばくを考える市民研究会
https://nowar.radiationexposuresociety.com/
https://x.com/naibuhibakushim?s=21&t=hLBeSkTi1iXmCOOezUySJg

聞く語る 田中俊一さん 元原子力規制委員会委員長 徹底議論なしに原子力の未来はない 2023年3月3日 北海道新聞

 東電 福島第一原発の核燃料デブリを取り出して、除染してきれいな福島を返す、と東電も日本政府も福島県民に約束しました。

 不可能です。

 田中俊一元原子力規制委員会委員長は、今年3月の北海道新聞のインタビューに答えて、「ほとんど出せないと考えたほうがいいでしょう。」と正直に語っています。[記事1]役職を降りれば何でも言えるのでしょうか。田中氏が原子力規制委員会委員長の時に、東電 福島第一原発の『石棺化』計画をしっかり立てれば良かったのです。すべての間違いはここから始まっています。2016年7月には、確かに東電 福島第一原発の『石棺化』構想はあったのです。[記事2,3]

 しかし、福島県の猛反発に遭い、『石棺化』計画はなかったことになりましたが、本当は、日本が核燃料デブリ取り出しの実験場になっているだけではないのでしょうか?アメリカ、イギリス、フランス、はたまた、ロシア、中国の圧力もあり、日本はやらされているだけではないのでしょうか?出来もしない核燃料デブリ取り出し。日本はますます世界の核のゴミ捨て場になるのではないでしょうか?

 東電 福島第一原発は『石棺化』すべきです。

[記事1]

<聞く語る>田中俊一さん 元原子力規制委員会委員長 徹底議論なしに原子力の将来ない
2023年3月3日 北海道新聞 

 2011年の東京電力福島第1原発事故から12年たって政府の原発回帰の姿勢が鮮明になっている。2023年2月末には60年を超える原発の運転を可能にする法案が閣議決定された。事故の後始末は進まず、使用済み核燃料の行方も見通せない中での大きな方向転換だ。福島原発事故後に発足した原子力規制委員会で初代委員長を務めた田中俊一さん(78)に、原子力や福島を巡る現状をどうみるか、聞いた。

■徹底的に議論し合意を得ないと、原子力に将来はない 

――閣議決定に先立ち規制委は運転期間延長を認める制度を1人の委員が反対する中、多数決で決めました。賛成した委員からも「せかされて議論してきた」といった発言が出て、独立性が揺らいでいます。 「運転期間の延長は規制の本質に関わることなので多数決で決めるべきではありません。徹底的に議論すべきでした。規制委が政治や行政に牛耳られている印象を国民に与えてしまう。規制委の信頼の根幹は独立性です。骨抜きにすれば原子力に対する国民の信頼は地に落ちる。それでは原子力に将来はないでしょう」 ――政府は、グリーントランスフォーメーション(GX)戦略で、原発の最大限活用をうたっています。 「GXは全体的な視点と長期的な展望が全くありません。原発を二つ三つ余分に動かしたところでエネルギーの安定供給や温室効果ガスの削減にはほとんど意味がない。温暖化問題にしても、世界の二酸化炭素排出量に占める日本の割合は3%です。日本だけが減らしても地球全体では3%分しか減らない。全体を俯瞰(ふかん)し、長期的な展望を示したうえで国民に問いかける必要があります。政府にとって都合の良い有識者の意見だけを聞いて推進の旗を振っているだけでは誰もついてきません。革新炉やリプレース(原発の建て替え)も電力会社に全くその気はありません。原子力の将来像について定量的で科学的なデータを出して議論し、社会の合意を得る必要があります」 ――議論を深めると、原発は続けるべきだという結論になると思いますか。それともやめるべきだ、と。 「今の日本の状況を見れば、原発抜きではやっていけないという結論になると私は思っています。例えばロシアのウクライナ侵攻を私はけしからんと思いますが、それでも日本はロシアから天然ガスを買う。国民に説明して、ロシアからガスを買うのをやめるからこうしたいと言うのが、政治やメディアの役割です」 ――原発をやめて、代わりに風力や太陽光など再生可能エネルギーにもっと注力してはどうでしょうか。 「再エネはまだ成熟した技術ではありません。大規模に導入するために必要な蓄電池はリチウムなど希少な資源が必要です。すると電力料金が跳ね上がってしまう。この場合も全体を考えないといけません」 ――12年前の福島第1原発事故の直後、田中さんをはじめ原子力の専門家16人で緊急提言を発表し「利用を進めてきた者として深く陳謝する」と表明しました。その時の思いは。 「ああいう状況でしたから、思想信条を離れて専門家はしかるべき責任を果たす必要がある、という思いでした。原発建屋が爆発した時、原子力をやってきた人間なら誰もがじくじたる思いを持ったはずです」 ――規制委の委員長に就く時、原発に反対する人からは原子力ムラの住民とみなされ、推進する側からは抵抗勢力と言われました。田中さん自身は原子力ムラの村民なんですか。 「村民ではないですね。原子力の研究開発を志し、日本に原子力が必要と思っていますが、原子力ムラの人間ではない。村八分にされていますから。今の原子力ムラはできない技術までできると妄信している。私はもっと合理的で現実主義者です」 ――規制委時代の会見で、新しい規制基準について、田中さんが「それで絶対安全とは申し上げない」と言ったのが印象に残っています。 「絶対安全だなんて技術は世界中どこを探しても一つもないからです。当たり前のことを言っただけです。もちろん、致命的な事故が起きないように最善は尽くしました」 ――福島第1原発の原子炉内で溶け落ちた核燃料(デブリ)は取り出せそうですか。 「ほとんど出せないと考えたほうがいいでしょう。ただ福島の廃炉については1、2号機建屋のプールに今も残る燃料の取り出しなど、もっと大事で急を要する作業があります。デブリは今すぐ外部に悪影響を及ぼすものではありません。デブリの取り出しが始まれば、いかにも廃炉作業をやっているように見えるでしょうが、まだまだ先の先の話で、全く見通しが立ちません」 ――デブリを含め、どういう状態になれば廃炉が完了したと言えるのか、国も東電も明確にしていません。 「少なくとも、あの場所は一般的な、他の用途に利用できる土地にはならないと思います。少しずつがれきや廃棄物を片付けて、でも最終的に取り出せないデブリが残るでしょう。最後は(原子炉建屋をコンクリートで覆う)石棺にせざるを得ないかもしれません」 ――政府は今夏にも、福島第1原発にたまる放射性物質トリチウムを含む処理水を海に流す方針です。 「委員長になって2年目の日記を見ると、官邸に出向いて、漁業関係者もある程度やむを得ないと思っているので補償を含めて政治的な対応をしてください、と伝えています。でも実現しなかった。今になって500億円の基金をつくったがなかなか納得が得られない。最初に解決していたら、今ごろ誰も話題にしていないはずです。凍土壁も造らなくてよかったしタンクを千基も造らなくて済んだ。汚染水をためこんで、結局使うお金を膨らませてしまった。政治家は選挙で票を減らすようなことは言わない。役人も2、3年で担当が変わるのでその間無難にやり過ごせばいいと考える。そうして問題がずるずると先送りされるのです」 ――田中さんの委員長時代に福井県敦賀市の高速増殖原型炉もんじゅの廃炉が決まりました。もんじゅは成果を上げなくても研究さえしていれば巨額のお金が流れ込みました。「政府も国民も科学的な合理性を考えないからです。昔から『技術は千三つ』と言います。千個のアイデアがあっても実際に使えるのは三つだという意味です。もんじゅに1兆円もかけてしまった。カネと時間をかけても実用化できない技術の典型です。実現できない技術にすがって人材育成も怠り続けた結果、日本は科学技術立国ではなく『科学技術劣国』になってしまいました」 ――もんじゅは青森県六ケ所村の使用済み燃料再処理工場とともに国策の核燃料サイクルの両輪でした。 「もんじゅをやめれば、その燃料となるプルトニウムを取り出す再処理もやめるのが当然です。しかし、この国は建前上、核燃サイクルをやめるとは言わない。高速増殖炉の代わりに軽水炉(泊原発など通常の原発)でプルトニウムを混ぜた混合酸化物(MOX)燃料を使うと取り繕っています。でも、使い終えたMOX燃料は再処理ができず、やがてサイクルは必ず行き詰まります。核燃サイクルは実現性も持続可能性もない虚構です。まじめに考えると矛盾だらけでどうしようもないから、考えないで、ごまかして、国民やマスコミをだましている。そもそも使用済み燃料を再処理するのは核兵器保有国以外では日本だけです。再処理せずに直接処分するべきです」 ――後志管内の寿都町と神恵内村で再処理の後に発生する高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の処分地選定に向けた文献調査が行われています。処分場は必要なのでしょうか。 「直接処分するにしても、いずれは必要になります。ただ、引き受けてもらうには(処分場の建設で先行する)北欧のように、原子力が必要だという国民の合意や共通認識がないと、ごみだけを受け入れるのは嫌だと思うのは当然です。処分地の決定まで100年ぐらいかける覚悟で国民的な議論をするべきです」(編集委員 関口裕士)<略歴>たなか・しゅんいち 1945年福島市生まれ。東北大原子核工学科卒。日本原子力研究所(当時)の東海研究所長や副理事長、日本原子力学会長、原子力委員会委員長代理などを歴任。2012~17年に原子力規制委員会初代委員長を務めた。現在、福島県飯舘村の復興アドバイザー。飯舘村と茨城県ひたちなか市の2拠点で暮らす。<ことば>原子力規制委員会 東京電力福島第1原発事故後の原発の安全性審査などを担う内閣からの独立性が高い三条委員会。2012年に発足した。13年に新しい規制基準を公表。北海道電力泊原発などの審査が続く。原子力や放射線防護、地震学などの専門家5人で構成し、委員長は2代目が日本原子力研究開発機構出身の更田豊志氏、昨年9月から大阪大元副学長の山中伸介氏。活動原則として《1》独立した意思決定《2》実効ある行動《3》透明で開かれた組織《4》向上心と責任感《5》緊急時即応―の五つを掲げる。事務局の原子力規制庁は環境省の外局。かつては内閣府原子力安全委員会と経済産業省原子力安全・保安院が原発の安全性審査を担ったが、事故を防げず国民の信頼を失った。<取材後記> 歯に衣(きぬ)着せぬ発言で知られる。おかしいことはおかしいときっぱり言う。政治家にも専門家にもメディアにも。だから田中俊一さんへのインタビューはいつも緊張する。田中さんは原子力は必要だがこのままだと自然消滅してしまうとみている。記者は原子力はやめたほうがいいがこのままだとずるずる続くのではないかと考えている。意見は逆だが、だからこそ、対話は弾み、毎回新しい発見がある。[記事2]福島第1原発「石棺」言及に地元反発、機構打ち消しに走る2016年7月15日 産経新聞 原子力損害賠償・廃炉等支援機構が、東京電力福島第1原発事故の廃炉作業の新たな「戦略プラン」で建屋をコンクリートで覆う「石棺」に言及し、地元の反発を招いている。福島県の内堀雅雄知事が15日、経済産業省を訪れ抗議、機構の山名元(はじむ)理事長も同日、福島で打ち消しに走った。機構は石棺に言及した部分を修正したプランを週明けにも公表する。 戦略プランは、第1原発の廃炉作業の技術的な裏付けとなるもので、機構が13日に改定版を公表。石棺は事故で溶け落ちた燃料(デブリ)を取り出さず、原子炉ごとコンクリートで覆うもので、チェルノブイリ原発事故で採用された。 プランの中では、格納容器を水で満たしてデブリを取り出す方法など従来の内容に加えて、石棺について言及。「当面の閉じ込め確保に効果があるとしても、長期にわたる安全管理が困難」として石棺に否定的な記載だが、「状況に応じて柔軟に見直しを図ることが適切である」と選択の余地を残した記述にもなっている。 これを受けて、内堀知事が高木陽介経産副大臣と会談し、「福島県民は非常に大きなショックを受けた。(住民帰還などを)諦めることと同義語だ。風評被害の払拭にも影響が及ぶ」と強く非難。高木氏は「国として石棺で処理する考えは一切ない」と述べた。 一方、福島県庁を訪れた機構の山名理事長は鈴木正晃副知事と面会し、「石棺を検討していることは全くない。ご心配をおかけしたことをおわび申し上げたい」と陳謝した。 石棺の言及について、機構は「問題点について見解を示すためだった」と釈明、あくまでも引き続きデブリの取り出しを目指すという。[記事3]なぜ今、唐突に 「石棺化」言及 導入の布石か 2016年7月15日 福島民報東京電力福島第一原発の廃炉技術を研究する原子力損害賠償・廃炉等支援機構が溶融燃料(燃料デブリ)を建屋内に閉じ込める「石棺」方式に突然言及したことを巡り、県や立地自治体は「議論がないまま方針転換するのか」と不信感を募らせている。機構は一貫して、燃料デブリを取り出して処分すると説明してきたためだ。唐突感は否めず、「石棺化にかじを切る布石ではないか」との観測も出ている。 「通称”石棺方式”の適用は、(中略)長期にわたる安全管理が困難」。機構が13日公表した廃炉についての戦略プランは300ページに及ぶ。石棺方式に触れたのは6行のみで、前半には導入に否定的な言葉が並ぶ。 だが、文章は「(中略)今後明らかになる内部状況に応じて柔軟に見直しを図ることが適切である」と続く。「玉虫色」に見える表現の真意は一体どこにあるのか。 「石棺に選択の余地を残した」との報道を受け、機構は14日夕、「事実と異なる」とする文書をマスコミ各社に送り火消しに走った。県内の行政関係者から石棺について質問を受けるため「機構の見解を示すため記載した」とも説明している。 もともと戦略プランは、政府と東電が策定した廃炉の中長期ロードマップを進める上での課題などをまとめている。しかし、ロードマップは石棺方式に一切触れていないだけになぜ、改めて戦略プランで取り上げる必要があるのか。疑問は消えない。 中長期ロードマップでは来年を燃料デブリ取り出しの工法を決める時期としている。政府の福島第一原発事故調査・検証委メンバーを務めた九州大の吉岡斉教授は「燃料デブリの取り出しが失敗して関係者が責任を問われることがないよう、石棺化という別な方法をにおわせた可能性がある。来年以降の本格的な議論への地ならしにも見える」と指摘する。 県は「石棺化は容認できない」と強く反発しており、内堀雅雄知事が15日、高木陽介経済産業副大臣に県外処分を改めて要望する。 国の核燃料サイクル政策は、国内の原発から出た使用済み核燃料を青森県六ケ所村の再処理施設に搬入しウランなどを取り出して有効活用するとしている。東京電力福島第一原発事故前、同原発と福島第二原発からも一部が運び出されてきた経緯があり、県は燃料デブリについても同様の扱いを求めてきた。 中間貯蔵施設に運び込まれる汚染土壌などについては県外最終処分が法制化された。一方、燃料デブリについては取り出し後の保管・処理方法は白紙だ。県関係者は「急いで議論しなければ、県内への燃料デブリ固定化を招きかねない」との危機感をにじませる。わ 政府と東電は廃炉が今後、3、40年続くとしている。事故発生からわずか5年余りで石棺方式が浮上した背景について、角山茂章県原子力対策監は「機構が燃料デブリの取り出しは困難という認識を持ったためではないか」と推測している。 一方、福島第一原発が立地する双葉町の担当者は「燃料デブリを取り出さなければ、廃炉の達成とは言えない」と強く訴えている。

3月例会ツイキャスおよび資料 2025年3月16日(日)内部被ばくを考える市民研究会

福島県の避難指示解除の何がダメか、処理水の海洋投棄何がダメか、放射能汚染土の全国バラ撒き何がダメか、話しました。

内部被ばくを考える市民研究会 3月例会 2025年3月16日(日)

ツイキャス録画はこちら。内部被ばくを考える市民研究会3月例会

内部被ばくを考える市民研究会 3月例会 2025年3月16日(日)14:10〜16:40 ツイキャス録画はこちら。内部被ばくを考える市民研究会3月例会 日時 2025年3月16日(日)

(1)放射能除染土、全国ばら撒き作戦が始まる。都道府県と市町村条例を!
14:10~14:56
https://twitcasting.tv/naibuhibakushim/movie/812821090

(2)私たちは2011年3月15日、どのような空気を吸っていたのか?
https://twitcasting.tv/naibuhibakushim/movie/812823079

(3)今、日本の食品の放射能汚染はどうなっているか?
https://twitcasting.tv/naibuhibakushim/movie/812824457

(4) 川根の『能力減退症』とその治療の効果について
https://twitcasting.tv/naibuhibakushim/movie/812826112

3月例会でお話しした時に使った資料は以下です。

内部被ばくを考える市民研究会 3月例会資料 2025年3月16日

https://drive.google.com/file/d/13e4rSh-sae3vtZz1klSh31tKUYpNulAL/view?usp=drive_link

厚生労働省 食品中の放射性物質 月別検査結果 2023年4月〜2024年3月 検査結果まとめ データ収集・作成 内部被ばくを考える市民研究会 川根眞也

https://drive.google.com/file/d/1fraaeqgEvx43TgpdtdgJF976vi6P-9Wi/view?usp=drive_link

令和5年度山梨県産きのこ、山菜(野生)、たけのこの放射性物質検査結果一覧

https://drive.google.com/file/d/1kHNm7YehKZ3UuoS9g6sBQDf89tc9paID/view?usp=drive_link

令和6年度山梨県産きのこ、山菜(野生)、たけのこの放射性物質検査結果一覧

https://drive.google.com/file/d/1IL8WGB_EDiFRFB3AgmsDyuPHavwlO1Md/view?usp=drive_link

令和5年度千葉県内特用林産物の放射性物質検査結果

https://drive.google.com/file/d/1ieLDTpl1KgdSdyvtJHsdNiAYSlFW2UM_/view?usp=drive_link

2011年3月15日10時~11時の吸入摂取による実効線量(成人) 東京都立産業技術研究センター

https://drive.google.com/file/d/1P17IvOVLtFAeHOEKwatSrl02J23s3c2g/view?usp=drive_link


カンパもよろしくお願いします🙇

内部被ばくを考える市民研究会事務局
E-mail entry.naibu@gmail.com まで
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振込先:内部被ばくを考える市民研究会
ゆうちょ銀行からの場合
ゆうちょ銀行 記号 10370 番号73181351

ゆうちょ銀行以外の金融機関からの場合
ゆうちょ銀行 店名 〇三八(読み方 ゼロサンハチ) 普)7318135

※ 内部被ばくを考える市民研究会の例会は、隔月に1回、日曜日に開催しています。



内部被ばくを考える市民研究会 3月例会  2025年3月16日(日)13:30~16:30 埼玉県浦和PARCO9階市民活動サポートセンターDE(一般参加は500円。ツイキャスは無料。)  夕方 懇親会。 Zoomもあり(昼および夜会員のみ)

3月例会 
日時 2025年3月16日(日) 13:30~16:30
会場 浦和PARCO9階 市民活動サポートセンター 南ラウンジテーブルDE
(埼玉県さいたま市浦和区東高砂町11-1  JR浦和駅東口より徒歩1分)
参加費(資料代) 会員・避難者・大学生 300円、一般 500円、高校生以下 無料
ツイキャス http://twitcasting.tv/naibuhibakushim/show/
会員の方はZoomでも参加できます。

(1)放射能除染土、全国ばら撒き作戦が始まる。都道府県と市町村条例を!
報告:川根眞也(内部被ばくを考える市民研究会) 13:30~14:00
(2)私たちは2011年3月15日、どのような空気を吸っていたのか?
報告:川根眞也(内部被ばくを考える市民研究会) 14:10~14:40
(3)今、日本の食品の放射能汚染はどうなっているか?
報告:川根眞也(内部被ばくを考える市民研究会) 14:50~15:20
(4)川根の『能力減退症』とその治療の効果について 
報告:川根眞也(内部被ばくを考える市民研究会) 15:30~16:00
(5)質問コーナー
報告:川根眞也(内部被ばくを考える市民研究会) 16:10~16:30

会員の方、および事前申し込みの方はZoomでも参加できます。視聴、Zoom参加される方はカンパ500円程度をよろしくお願いいたします。会員の方は300円です。

※ 事前申し込み(カンパもよろしくお願いします)
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※ 内部被ばくを考える市民研究会の例会は、隔月に1回、日曜日に開催しています。以下、ツイキャスをご覧下さい。会員の方はZoomでも視聴できます。

ぜひ、ツィキャスをご覧下さい。過去の録画も視聴できます。

ツイキャス http://twitcasting.tv/naibuhibakushim/show/