東京から岡山へ移住した一開業医の危機感      三田 茂   三田医院院長 2015年10月

東京から岡山へ移住した一開業医の危機感      三田 茂   三田医院院長
岡山の雑誌「人権21・調査と研究」2015年10月号に寄稿しました

2011年3月11日 午前の外来診療を終え、午後に向けての準備中に地震は始まりました。  以前より東京では地震は全く日常茶飯事で、震度3位はあたり前、しかしこのときは違いました。  振幅は次第に大きく長周期となり、経験したことの無い揺れかたとなりました。
「これが遠く離れた大地震による長周期地震動だな。いよいよ東南海大地震。となると浜岡原発(静岡)のメルトダウンによって東京は放射能汚染されるのかな。」と瞬間的に考えましたが、震源は東北でした。  東京電力フクシマ第一原子力発電所の原子炉群の温度は上昇し、なすすべも無く大爆発、メルトダウン。  東日本は広域にわたり放射能汚染されてしまいました。
じつは東京も高度に汚染されていて、その土壌の放射線量は現在被害に苦しむチェルノブイリ周辺の都市よりも高いのです。

父が東京都小平市に三田医院を開業したのは1963年、私が3歳のときでした。
患者さんたちは小さいときから私を跡継ぎとして期待しましたから、医師になる以外に選択はありませんでした。
 父は長年小平市医師会の副会長を務め、そのため私も世襲的に医師会理事をしてきました。
 市町村医師会の仕事は、学校医、健康診断、予防注射、時間外診療、救急体制、介護保険審査など、ほとんどボランティア的なもので理事のなり手は少ないのです。  
なかでも近い将来予測される東南海地震、首都直下地震の対策が全く不充分であることが気になり、私は災害対策担当理事として活動してきました。
地震について勉強すると、東京にとっての重大な脅威は周囲の原発の事故であることが次第に分かりました。
担当理事として行政、保健所などと交渉しましたが、原発事故に対応する意欲は全く見られず、これは、行政の「地域防災計画」によるもの、つまり国の方針に沿ったものであることが分かりました。  じっさい、今回の原発事故に対して行政はするべきことをせず全くの役立たずですが、この「地域防災計画」の「目的」が、地震、風水害に対しては「都民の健康、生命、財産を守る」とあるのに、原子力災害にたいしては「都民の不要な混乱を防止する」となっていて、これが役人の行為の拠りどころとなっているのです。 (国の方針に沿っていると言う点で岡山の地域防災計画も同じ程度のものです。 一度確認しておくことをおすすめします。)

被曝を心配する多くの親子が首都圏から遠路はるばる岡山の当院に受診しますが、その理由は首都圏で被曝の心配に対応してくれる医師が皆無!だからです。
病院に行って放射能被曝の懸念を口にすると、バカにされる、怒られる、睨みつけられる。
いつも優しかったかかりつけ医の顔色が瞬間的にかわって、「母親がしっかりしないから子どもの具合が悪いのだ」と延々説教される。
でも首都圏の子どもの具合は悪いのです。
母親たちは罵倒されて打ちのめされて疲れ果てて、岡山へ来て涙ながらに心配を訴えるのです。
放射能事故の健康被害には医学の教科書はありません。
 放射線医学は外照射やクリーンでコントロールされた放射性物質を扱っていて、放射能汚染については無力です。
 診断学や治療学もありません。
 じつは医師にとっては未知の分野、いちばんかかわりたくない分野です。
 しかしこのような事態になってしまったからには仕方ありません。地域医療を担う一開業医として市民の健康被害を防ぐために尽力することはあたりまえですから、人一倍勉強して啓蒙せねばなりません。  行政のやり方では市民を守れません。そもそも医師は一般の人達よりもずっと放射線に近いところにいます。 
 少なくとも父や私の指導医達は患者さん第一主義でしたから、仲間の臨床医達はみなそのように行動すると思いましたが、そうではありませんでした。医師仲間の自発性のなさと不勉強には失望しました。  地域の子ども達を預かる教師たちはなぜ平気でいられるのでしょう。

 チェルノブイリ事故からそろそろ30年経ちます。
 彼の地では本来みられないはずの乳幼児の甲状腺癌が発生したことをWHO(世界保健機関)やIAEA(国際原子力委員会)も認め、その原因は放射性ヨウ素によるものとされています。
 当院にも被曝の影響を 心配する親子が超音波検査を受けに来ます。
 事故当時18歳以下の人達が対象の福島県民健康調査では「子ども」の甲状腺癌が「多い、いや多くない」と騒いでいますが、そもそも医学的には「子ども」という分類はありません。
 14歳以下が「小児」、15~19歳が「青年」、20歳以上は「成人」です。
 当院で首都圏の家族の甲状腺検査をしてきた印象では、「子ども」が心配と言って連れてこられる低年齢の子ども「小児」には甲状腺疾患はなく、その親「成人」に甲状腺癌が増えています. チェルノブイリでは、本来無いはずの「小児甲状腺癌」が発生しました。
 やや遅れて「成人」の甲状腺癌は大幅に増加しました。フクシマでは、「小児甲状腺癌」は今のところ発生していません。
 「青年」の甲状腺癌は著明に増加しています。
 「成人」は検査をしていないので不明です。
発生のパターンがチェルノブイリとは違っています。
日本では放射性ヨウ素は原因ではないのかもしれません。
首都圏では、このような調査は始まってもいませんが、私の印象では「成人」の甲状腺癌は増えていると思います。
 フクシマ事故による東日本の甲状腺癌の現時点でのハイリスクグループは「青年」「成人」であって、「小児」ではありません。
 行政に働きかけたり基金を募って小学生以下の「こども」の超音波検査をして達成感を味わっている場合ではありません。 検査をするのなら「青年」「成人」優先であるべきです。
 本当は避難、保養が最優先と思いますが…

 放射線に係わる医療者や原子力施設の作業員は定期的に「電離放射線健診」を受けるように法律で定められています。
 放射線管理区域並みの環境が点在する首都圏の人達はこの健診並みの検査を受けるべきです。
 私は2011年末より約3000人の首都圏の親子の血液検査もしてきました。
 「電離健診」の中心は血液検査だからです。
 当院ではまだ白血病などの血液疾患は見つかっていませんが、首都圏の小児にはすでに検査値の偏りがみられ、これは西日本への避難、保養で改善するのです。 呼吸器、消化器、循環器、皮膚病などのありふれた病気にかかりやすく、治しにくく、再発、重症化しやすくなってきました。
 これらも避難、保養で急速に改善します。 喘息、下痢、中耳炎、副鼻腔炎など、特に皮膚炎の改善は驚くほどです。
 診断のつかない病気、治療に反応しない状態、病気とまではいえないような「気のせい」と言われてしまうような調子不良。  首都圏の電車は「病人救護」のため頻繁にとまります。
 東京では手足口病などの小児特有の病気にかかる大人が増え、インフルエンザは小児より成人のほうが多いのです。
 40歳過ぎの健康だった友人は白血球数が低下し、普通は免疫力が低下した人しかかからない真菌性肺炎(カビ)で入院しました。
 このような状態をソ連ではチェルノブイリエイズと言ったのです。
 癌が増えることのみを統計では問題としがちですが、むしろこのような不健康な人々の増加による社会の混乱、能力低下を危惧します。
さらに次世代、将来の世代の遺伝子的負荷も非常に心配です。 
東京よりも土壌汚染の低いチェルノブイリの都市では第2第3世代の不健康な状態、人口減少が大きな社会問題になっているからです。

チェルノブイリ事故では首都モスクワは被曝を免れましたが、フクシマ事故ではトーキョーがすっかり汚染されてしまいました。
日本における最大の問題は、人々が被曝している事実を認めたくないことです。
ほとんどのメディアは本社が東京にありこのことを発信しません。
東京の三田医院には、テレビも新聞も週刊誌も映画も取材に来ましたが、記事になったことは一度もありません。
彼らが欲しいのはフクシマがかわいそうだという話で、トーキョーが危ないという話ではないのですね。
当事者は往々にして理性的な判断ができず、残念ながらトーキョーは当事者そのものです。
避難、移住を呼びかける私がトーキョーに住み続けることは矛盾していました。
三田医院が岡山へ移転したことで避難、移住を決意した人も多く、こちらへ来ることで始めてわかる事も多いのです。
西日本、外国ではテレビ、新聞取材が当たり前のように全て記事になりました。
トーキョーにいては全てかき消されてしまう。
これから私は西日本から首都圏へ警告を発し続けようと思っています。

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