広島黒い雨判決の意義―原爆訴訟を俯瞰するー矢ヶ﨑克馬

pdf 広島黒い雨高裁判決の意義 原爆訴訟を俯瞰する 2022年9月18日 矢ヶ﨑克馬

(1) 現実と科学を無視した虚偽による差別の根源
米国核戦略:「爆心地に放射性降下物は無く、内部被曝は無い」。 「知られざる核戦争」(矢ヶ﨑命名)は戦後一貫した「核(兵器と原発)による被曝被害を隠蔽する似而非科学を母体とする虚偽情報操作を言う。UNSCEAR, ICRP, IAEA等の国際原子力ロビーにより未だに支配的情報統制を行っている。
「知られざる核戦争」による犠牲は内部被曝による被爆被災者が第一号。
その手段は
① 被爆指定地域を外部被曝だけで設定(内部被曝を排除)
② 被爆被害者の支援制度の差別化
<1>被爆者、
<2>第一種健康診断受診者、
<3>第二種健康診断受診者

知られざる核戦争と原爆被爆者 矢ヶ﨑克馬

 「知られざる核戦争」は国の基準から内部被曝を排除する似而非科学で固められた強固な地盤を保有する(国の言う「科学的/合理的根拠」。 その具体的内部被曝排除の手段は、①砂漠モデル、②Glasstoneの体系、③基本墾、④DS86、⑤国連報告、⑥黒い雨に関する専門家会議、等々。
 これらのほとんど全ては、矢ヶ﨑が黒い雨訴訟に際して、現場証拠として残された原子雲の写真、動画の徹底分析により、誤謬であることが明確になった(田村和之+竹森雅泰編『(仮題)原爆「黒い雨」訴訟』(山吹書店)予定を参照されたい)

(2) 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律の被爆者定義

原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律

 被爆者には4つのカテゴリーがあるが、第一の被爆地域および第二の入市被爆者の地域設定が内部被曝を排除して外部被曝だけで決められている。
第3の「救護被爆」の定義が事実上被爆者の定義として用いられている。

(3) 差別を前提とした「被爆者支援制度」の実際
 被爆被害者の支援制度は
 <1>被爆者、
 <2>第一種健康診断受診者、
 <3>第二種健康診断受診者
の3区分を為す。 実際の原爆被災者の健康被害を反映して特例を設けて「特別扱い」をし、線引きせざるを得なかった。「内部被曝は無い」ことを前提とした差別体系である。現実に原爆被災者を襲った「内部被曝」を認めないが為に、さらに偏見差別を助長せざるを得なかったのである。
3種類の差別が出そろっているのは長崎である。広島には第二種健康診断受診者特例区は無い。
長崎における被爆地域、健康診断受診者特例区域

長崎 被爆地域

 図に示した赤い円は半径12kmの爆心地を中心とする円である。

 矢ヶ﨑の原子雲の解析結果は「上空4km以下の高さに展開する水平に広がる円形原子雲の広さとほぼ一致している。この同心円が、放射能環境が形成された地域なのである。
 ① 被爆地域

 被爆地域は半径2km(初期放射線が健康被害を及ぼすとした爆心地中心の円)を描いてその部分を含む行政区全体を被爆地域とした。この区域内で被曝した者は全員被爆者とされる。

② 第一種健康診断受診者

 非常に限定された線引きである。半径5kmを含む行政区。
 原爆投下時に、広島では、放射線を帯びた「黒い雨」が降ったとされる法令で定めた区域(宇田強雨域)内にあった者とその胎児、長崎では被害実情の一部を反映した地域指定。
 第一種健康診断受診者証を交付された者は、特定の疾病の状態にあると認められた場合被爆者健康手帳へ切り替えができる。
特定の疾患
<1>造血機能障害(再生不良性貧血、鉄欠乏性貧血など)
<2>肝臓機能障害(肝硬など) <3>細胞増殖機能障害(悪性新生物、骨髄性白血病など)
<4>内分泌腺機能障害(糖尿病、甲状腺の疾患など)
<5>脳血管障害(脳出血、くも膜下出血、脳梗塞など) <6>循環器機能障害(高血圧性心疾患、慢性虚血性心疾患) <7>腎臓機能障害(慢性腎炎、ネフローゼ症候群など) <8>水晶体混濁による視機能障害(白内障) <9>呼吸器機能障害(肺気腫、慢性間質性肺炎など)
<10>運動器機能障害(変形性関節症、変形性脊椎症、骨粗鬆症 など) <11>潰瘍による消化器機能障害(胃潰瘍、十二指腸潰瘍など)

③ 第二種健康診断受診者
 線引きが現実に合わないから、広島では広範囲「黒い雨」降雨域の、長崎では「被爆地域見直し」として適用範囲の拡大要求が必然的に現れた。長崎では「第二種健康診断受診者」制度が作られた。長崎被爆体験者である。

 原爆投下時に、長崎の爆心地から12キロメートル以内の法令で定めた区域にあった者とその胎児
 特徴は「第一種」と異なり、被爆者健康手帳への切り替え制度はないことともう一つ、重大な「国家による偏見差別」があることである。 (医療費給付)について次のような規定がある。
<疾病原因を精神の病(精神的ストレス)とされること>
 「第二種健康診断受診者証をお持ちのかたで、現在も長崎県内にお住まいのかた(胎児を除く)は、被爆体験による精神的要因に基づく健康影響に関連する特定の精神疾患(これに合併する身体化症状や心身症を含む)が認められる場合、医療費の給付が受けられる制度の対象となります」(長崎市HP)。
 第二種健診受診者の医療手当資格には「精神神経科あるいは心療内科の通院証明」が必要なのである。 これは「ハンセン氏病」に対する国差別が法制化されていたことと同様な、国による偏見差別の法制化である。
 二重の差別を受けた集団である。旧ハンセン氏病患者と同様な「国家が謝罪すべき不当な偏見を強制されてきた人々なのだ。
 さらに、
 第二種健康診断受診者(被爆体験者)の治療費支給対象となる疾病群からは「がん」が排除されているため(第1種健康診断受診者に対しては上記11種疾病が適用され明確にがんが含まれている)、被爆体験者に最も深刻ながんが発生すれば、その個人が今まで支給されてきた医療費支給が停止される、という極めて残酷な取り扱いを受ける。精神疾患からはがんは発生しないというのである。
  許し難い「人道破壊」の差別制度である。
 「被爆体験者(第二種健康診断受診特例者)」の名称の由来は、「あなたは原爆の被爆を受けていません。『被爆したのでは無いかとと思う』『精神的ストレス』があなたの健康を害しているのです」というものである。これが「知られざる核戦争」の被害者最前線なのである。

広島における雨域と被曝指定区域および第一種健康診断特例区域

広島の地域指定

 左図の右下の細点で示した地域が被曝指定区域、左上の斜線で指定された区域が第一種健康診断特例区域である。この区域は右図の赤線で示される宇田強雨域である。ここで増田雨域は群青色、大瀧雨域は青色の線で示されている。

(4) 広島の原子雲
 核分裂の行われた「火球」内で生成し、火球内に存在した放射性物質がどのようにして直径30km 程の広域に運ばれたか?その自然科学的機序は?
 それは上空4km以下程度(逆転層)に広がる水平な円形原子雲による。
 原子雲は高温気塊(元火球)の浮力により形成され発展した。きのこ雲の頭部および中心軸には放射能が充満しているが、逆転層に展開する水平原子雲には中心軸の放射性物質が移行する。直径30km程度の範囲に放射能がもたらされた科学的根拠である。   
 この水平原子雲は放射能を強烈に含むため、電離による電荷生成が水滴、雨滴の形成を激しく行う。通常の雨が、雲の上昇による気温低下により、飽和蒸気圧温度以下になることを必要としているが、放射能に満ちた水平に広がる原子雲はその場にいるだけで、放射線による被ばくで水滴を生じるのだ。
  即ち雲内の温度を降下させる必要は無い。比較的薄い雲でも、放射能が十分に供給されれば降雨が発生する。放射能の電離により水滴および雨滴を生じて雨を降らす。水平に広がる原子雲が降雨をもたらす科学的根拠である。
 さらに放射性微粒子の構造は乱雑な原子配置をしているために光を吸収し黒い微粒子となる。黒い雨の放射能原因の「黒」が科学的に保障される。
 広域に放射能を運び、黒い雨を降らせたのは約4km程の上空の逆転層に広がる水平原子雲なのである。
 下図は原爆投下後約1時間で撮影された原子雲である。

火球内の放射性物質を直径30kmにまで運んだのは水平に広がる円形原子雲

 図中赤丸で示す位置が爆心地であり、爆心地から北西にきのこ雲が約9km移動している。きのこ雲を中心として左半分には頭部の影を映した円形水平原子雲が明瞭に見える、右手奥側には円形原子雲が見える。右手手前の部分は南西の方向であり、自然風との相互作用で水平に広がる原子雲が乱れているが、全体として水平に広がる原子雲が確認出来る。
 この雲の直径は約30kmであり、大枠として降雨がほぼ一時間後から始る増田雨域、大瀧雨域の大きさと一致している。直径30km程の空間が放射能空間を形成しており、水平原子雲が移動するとともに雨域も移動している。水平原子雲には放射能が充満する必然性があり放射能空間を形成する。その雲が降らす黒い雨は放射能領域を大雑把に示すものである。

5) 砂漠モデルーー爆心地には放射能は無い

砂漠モデル

 湿度の極端に少ない砂漠では原子雲はいったん出現するが直ぐ解消する。
 放射性微粒子は水と合体すること無く単独の微粒子のままでいる。その時微粒子の落下速度は毎秒1mm程度の低速度である(ストークスの法則)。自然風の早さが毎秒1m程度ならば、微粒子は横へ1m運ばれる間にわずか1mm程度しか落下しない。従って爆心地には全く放射性微粒子は落下しない。
 これは高湿度空間中で爆発し、放射性微粒子が水滴との合体を果した広島・長崎の気象現象とあいまった物理現象(水平の円形原子雲の形成等)とは全く異なる。
 しかし、これが放射性物質が爆心地には無いことの普遍的科学的説明とされ、米核戦略(知られざる核戦争)の柱となった。この放射性微粒子の降下機序を矢ヶ﨑は「砂漠モデル」と呼ぶ。広島長崎に砂漠モデルは適用出来ない。
 さらに爆心地には放射性降下物が無かった「現場証拠」として原爆線量評価体系「DS86」の第6章「放射性降下物」が日米の合作として提示された。しかし、ここで用いられているデータの全てが枕崎台風の後で一斉に測定されたものであることを矢ヶ﨑が暴露した(広島では「床上1mの濁流」の大洪水、長崎では記録的大雨があった)(「隠された被爆」(新日本出版))。
  DS86には濁流で洗われた後の放射性物質量を風雨の影響が無く「初めからこれだけしか無かった」ものとし、「健康に影響する放射性降下物は初めから無かった」としたのである。

(6) 広島黒い雨判決の意義
 1審判決は従来被災者を分断差別化する枠組みの中での判決であった。即ち「法定の11種類の疾病に罹っているので被爆者である」ことが判決の柱であった。この枠組みは従来の法的枠組み(被爆行政の組み立て原理)をいささかも変更していない。
 しかし高等裁判所、控訴審の判決は従来の科学的虚偽を否定し、内部被曝を全面的に認め、放射能が広域に分散される科学的機序を認め、黒い雨に打たれることだけは無くその領域にいることによって内部被曝をする必然性があったとしたのである。矢ヶ﨑の主張がそのまま判決に表された感があった。
 国の「科学的/合理的」根拠に対して明快で正直な科学的判断をし、援護法の精神に則って、被爆被害者の実態を誠実に評価したのである。
 判決史に残る名判決である(西井和徒裁判長)。
 国は上告せずに高裁判決を最終判決とした(国は、法的には高裁判決を「是」としたので在る)。しかし、卑劣なことに国が示した審査の基準は一審レベルに戻り、「法定11疾病に罹患すること」「実際に黒い雨に打たれたこと」としている。新たな差別と分断を招く「基準」であり、三権分立の原則を持つ立憲民主主義を踏み砕く暴挙である。

広島黒い雨裁判判決の意義

(7) 原爆裁判と内部被曝の歴史

 法廷で「内部被曝」が初めて主張されたのは2003年の「原爆症認定集団訴訟」である。
 この時、矢ヶ﨑は
①DS86第6章の放射性降下物データは、「床上1mの濁流で爆心地周辺が洗われた後のデータ」であることを暴露し、
②内部被曝は外部被曝より深刻な健康被害をもたらすことを主張した。
 17地裁全部で勝訴を勝ち取ったがとりわけ熊本地裁では明確に「内部被曝」の機序を認めた。
 その後特記すべきは広島地裁に於いて「3号被爆者の健康手帳取得」に関する裁判であった。救護所内の内部被曝の機序を明確に認め全員勝訴を勝ち取った(野々上友之裁判長)。
 長崎被爆体験者訴訟では、広島黒い雨と同様な主張を矢ヶ﨑は法廷で行ったが、完全敗訴を喫した。裁判官の特徴的姿勢は、矢ヶ﨑にレッテル張り『完全な反ICRP派である』を行い、矢ヶ﨑の主張を取り扱わない口実とした。
 裁判所が国際原子力ロビーの体制派に与して、権力側の立場をそのまま裁判に持ち込んでいるのである。
 司法にあるまじき姿勢であり、裁判所の自殺行為である。
 これに対し、広島黒い雨裁判で示した裁判官の姿勢は人道的にも科学的にも「事実を探究する司法の原則的気概」に貫かれていた。

原爆訴訟と内部被曝(主たるもの矢ヶ﨑)

2022年9月18日

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