アメリカの原爆開発”マンハッタン計画”に携わり、その後も原発や原子力産業で働く作業員の被曝許容線量を求めてきたカール・Z・モーガン。彼は、1950年から1971年までの間、国際放射線防護委員会(ICRP)および全米放射線防護委員会(NCRP)の内部被ばく線量委員会委員長を務めた。そのカール・Z・モーガンが著書『原子力開発の光と影 核開発者からの証言』昭和堂、2003年で、トリチウムのDNAへの危険性について語っている。1947年にモーガンたちが考えたよりも、50倍癌のリスクが高まっているにもかかわらず、放射線防護基準を決める機関である国際放射線防護委員会(ICRP)が、トリチウムの「線質係数」を1.7から1に引き下げたと書いています。モーガンは、トリチウムの「線質係数」は1ではなく5に引き上げるべきだ、と書いています。
より高い「線質係数」を使うと、政府がトリチウムを使った兵器製造ができなくなるからである。
以下、『原子力開発の光と影 核開発者からの証言』第7章 保健物理学の発展と衰退 より該当部分を引用する。
カール・Z・モーガン『原子力開発の光と影 核開発者からの証言』昭和堂、2003年
第7章 保健物理学の発展と衰退 pp.153~155
1960年の早い時期、当時世界で最も著名な遺伝学者であるH.J.ミユーラー(H.J.Muller)と私は、「10日間規則」として一般に知られるようになった事柄を
国際放射線防護委員会(ICRP)が確信をもって採用できるように国際放射線防護委員会(ICRP)の支援に精力を傾けた。この規則の目的は、胎児が障害を受けないように出産年齢の婦人を防護することである。容易に実行できるようにするため、この規則は、出産年齢の婦人に対する骨盤、腹部のエックス線診断は、月経開始に続く10日間に延期すべきであると述べている。
この規則の大部分は、アリス・スチュアート(Alice Stewart )の世界的に受け入れられている研究結果に基づいている。後年国際放射線防護委員会(ICRP)は、「この10日間規則」を弱め実質的に廃止した。
国際放射線防護委員会(ICRP)はまた、核融合爆弾の主要構成要素であるトリチウム(3H)の危険性に関連して自らの名誉を悪用した。
トリチウムは、非常に弱いベータ・エネルギー放出核種で、人間の組織に沈着すると破壊的になりうる。低エネルギー・ベータ粒子が人間の組織に与える影響を理解するために、有用であるがぞっとする類似性を以下に述べる。テロリストがマシンガンを発射しながら車で家のそばをとおりかかると想像してみる。もしテロリストが1時間に80マイル(約128キロメートル)で走る場合、多分10発以上の弾丸がその家には当たらないだろう。もし車が、1時間にわずか5マイル(約8キロメートル)で移動すると、何千発もの弾丸がその家に当たるであろう。これと同じようにゆっくりと動くベータ線放出核種であるトリチウムは、何千発もの「弾丸」を放出しながら……この場合、組織の原子から電子をたたき出しながら組織を移動する。
トリチウム(3H)がどれほど危険であるかということを私たちが明らかにしたので、私と同じオークリッジ国立研究所(ORNL)保健物理部の次長であるとともに、国際放射線防護委員会(ICRP)の内部被ばく線量委員会の事務局員でもあったW.S.スナイダー(W.S.Snyder)が、私と一緒にトリチウムの「線質係数」の値を上げるよう命がけで努力した。「線質係数」を上げることは放射性核種の最大許容濃度(MPC)の値を比例して下げることになる。放射性核種の最大許容濃度(MPC)が低くなれば、産業界と軍にとってこれに対応するためにより困難が生じ経費がかかるので重大なことである。他の表現をすると、「線質係数」が高くなると、トリチウムに対する放射性核種の最大許容濃度(MPC)が低くなり、放射線を取り扱っている施設に雇用されている人の作業条件がより安全になる。
スナイダーと私は、トリチウムの「線質係数」は1.7から4あるいは5に上げることを議論した。私たちは、強い反対に直面した。英国出身の国際放射線防護委員会(ICRP)のメンバーであるグレッグ・マーレイ(Gregg Marley)は、少なくとも原子力産業界が国際放射線防護委員会(ICRP)に対して密接な関係を持っていることを率直に認めている。国際放射線防護委員会(ICRP)主委員会の会議の際に、マーレイはスナイダーと私が望んでいる、より高い「線質係数」を使えば作業条件はその分だけ安全になるが、そのように変えると政府はトリチウムを使った兵器製造ができなくなるということを公に認めた。同じことがロス・アラモスにおいても真実であり続けた。
私がとくに当惑させたことは、ロス・アラモスでグルーブ・ボックスに手を入れている大多数の放射線作業者が婦人だったことである。(グローブ・ボックスは、科学者、技術者が彼らまたは彼女らなどの手が放射性物質で汚染すること、あるいは、放射性物質を呼吸により体内に取り込むことを防ぐための装置である。この箱は、直径8インチ(約20センチメートル)の開口部を持つ約4フィート(約120センチメートル)の中さの立方体でゴムの手袋が装着されている。作業者は、汚染物質を手袋で掴むことができる。フード内は、吸入を防ぐために排気されている。)1970年に私が国際放射線防護委員会(ICRP)を去って間もなく、トリチウム問題は、「線質係数」を1.7から1に引き下げることにより解決し、それが現在も残っている。その値は3以下にするべきではなく、適切な値は5であろう。
放射線被ばくによる癌のリスクは、私たちが1947年に考えたよりも50倍高くなると現在認められているが、このことの根拠について議論されていないという理由で放射線防護基準を決める機関が最大許容被ばくレベルを上げることは良心的ではない。
私は、リスクが高くなったという意見があるにもかかわらず、許容被ばくレベルを下げるのではなく、上げたことに国際放射線防護委員会(ICRP)に対する不満を記録に残した。私は、許容被ばくレベルを上げたことは、もがきながら進んでいく原子力産業を救出したいという希望を背景に形成された利害の深刻な衝突に直接起因していると固く信じている。