内部被ばくを考える市民研究会2月例会 2021年2月28日(日)13:30~ ツィキャスのみ配信

※ 毎月最終日曜日でツイキャス、会員向けZoomにて開催しています。以下、ツイキャスをご覧下さい。会員の方はZoomでも視聴できます。

本日のテーマ

1. 原発事故から10年。増えるがん死。自分のからだと向き合うこと。
からだに良い食生活と生活習慣とは?

  13:30~ 報告:川根眞也

2.東電、福島第一原発1号機、2号機、3号機で何が起きているのか?
2.13福島県沖地震で噴き出る放射能

  14:00~ 報告:川根 眞也

3. 年間1ミリシーベルトは健康被害の出るレベル。年間1ミリシーベ
ルトすら捨て去り、年間20ミリシーベルトを国民に強要する、放射線
審議会

  14:30~  報告:川根 眞也

4.内部被ばくをめぐる問題

 15:00~ 報告:川根眞也

※ 事前に参加申し込みのあった方は、このあと、Zoomにお引越しして16:00~と19:00~ 荻野晃也著『身の回りの電磁波被曝~その危険性と対策~』第3回をやります。毎月1回行い、約半年かけて読みたいと思います。数字などが出てきて難解な部分があるので、ポイントを絞って解説したいと思います。読破する上でのヒントになればと思い始めます。

※ 当日はツイキャス中継のみを行います。

※ 2月例会終了後、ネット懇親会を20:00~22:00行います。会員限定です。会員の方で希望させるかたはZoomのアカウントを作ってお待ちください。ネット懇親会のご案内を差し上げます。

http://twitcasting.tv/naibuhibakushim/show/ こちらでは、生中継の他、過去の動画を見ることも出来ます。 聞き逃した情報などもチェックしてみてください。 それでは、沢山のご参加をお待ちしています。  

【お問い合わせ】entry.naibu@gmail.com 内部被ばくを考える市民研究会事務局

内部被ばくを考える市民研究会

内部被ばくを考える市民研究会1月例会 2021年1月31日(日)13:30~ ツィキャスのみ配信

※ 毎月最終日曜日でツイキャス、会員向けZoomにて開催しています。以下、ツイキャスをご覧下さい。会員の方はZoomでも視聴できます。

本日のテーマ

1.西洋医学の限界と中国医学~すい臓尾部を原発部位とする“がん性腹膜炎”で亡くなったかみさんの介護を通して~カッサ、イトウテルミー

  13:30~ 報告:川根眞也

カッサを受ける前と受けた後 2021年1月18日11:12 陶氏診療院(札幌)にて
カッサで使う水牛の角でできたへら

2.「福島第一原発沖で大地震が起きても5.7メートルほどの津波しか来ない」とした土木学会の評価を重視して、国の責任はないとした、福島第一原発集団訴訟・群馬 東京高裁判決(足立哲哉裁判長)のでたらめ。

  14:00~ 報告:川根 眞也

3. リニア中央新幹線による電磁波問題

  14:30~  報告:川根 眞也

  報告:川根 眞也

4.内部被ばくをめぐる問題

15:00~ 報告:川根眞也

 「福島第一原発沖で大地震が起きても5.7メートルほどの津波しか来ない」とした土木学会の評価だけを重視して、国の責任はない、とした福島第一原発集団訴訟・群馬 東京高裁判決。足立哲哉裁判長。

 2002年に国の地震調査研究推進本部は、東北のどこででも大きな津波に見舞われる可能性を示し、東電が2008年に15・7メートルの津波を計算します。

 土木学会の津波評価は2002年。2008年の東京電力の津波評価15.7メートルが無視され、2002年の土木学会の津波評価5.7メートルを東京高裁が重視する、東京高裁判決は異常です。

 東京電力が、福島第一原発で予想される津波対策をしたくないから、土木学会に「大地震が来てもそんなに高い津波は来ない」という研究報告を「書かせた」のは周知の事実です。 それを国会事故調査委員会は、原子力規制当局まで含めた「虜」の構造と呼びました。まさに、土木学会の津波評価について、国会事故調査委員会は、はっきり、次のように書いています。

 「なお、土木学会の津波評価部会は、電力共通研究での検討内容を専門家も含めた場で権威づけるために、平成11(1999)年に設置されたものである。」

 つまり、東京電力のお気に召すように津波評価し、また、その報告が専門家によるものであるか、のように、見せるために、作られたものです。

〈参考〉国会事故調査委員会報告第5部 事故当事者の組織的問題  その1

 その2 5. 1 事故原因の生まれた背景 

 5. 2 東電・電事連の「虜」となった規制当局 

 5. 3 東電の組織的問題 

 5. 4 規制当局の組織的問題その1

 http://warp.da.ndl.go.jp/…/reserved/5th-1/index.html

 その2

 http://warp.da.ndl.go.jp/…/reserved/5th-2/index.html

 木野龍逸氏がツィッターでこの東京高裁に対する弁護団の一問一答の動画を公開されています。

 その中で弁護団は「土木学会の報告の方が大事だ、なんて書いた判決は私は初めて見ました。極めて問題だ、と思います。」と述べています。更に「土木学会の津波評価は、発注者がいます。発注者は電事連です。電事連が作った津波評価を金科玉条の如く言って、長期評価を考慮しなくてよい(という東京電力)。この問題は国会事故調査委員会が言ったことです。」と述べています。また、「リーガル(法的に正しい)ではない。自分たちで基準作ってそれに則ればいい。私たちはこれを『お手盛り』と言いますが。これは不正義なわけですよね。原発ですから。しかも地震と津波。一発、基準超えたら終わり。それを足立裁判長はお手盛りでいい、と言う。ちょっと大学入り直して、法律を勉強しなおして欲しい、と言う。」と述べています。

群馬訴訟会見 https://t.co/tv7oEL9h6O 2021年1月21日 26:09

 こんな判決を認める訳には行きません。しかし、この短い動画からは弁護団からは「予見可能性」という言葉しか、出て来ません。それでは原発事故裁判には勝てません。すでに起きた重大事故に学び、それを防ぐために行うべき対策は事業者に課さます。これを「予見可能性」といいます。しかし、図らずも弁護士が「原発は一発基準超えたら終わり」と表現しているように、すでに起きた重大事故の事例がなくとも、原発のような人々の命と健康を奪い、ふるさとを奪い、大地と海と空を汚染するような、重大な損害を与える場合は、予想されるすべての対策が事前に必要とされる。これを「危惧感説」という。弁護団は「危惧感説」を強く打ち出し、最高裁判所で闘うべきだ。「予見可能性」と「危惧感説」については、古川元晴・船山泰範『 福島原発、裁かれないでいいのか』朝日新書 2015年2月13日 が詳しい。恐らく「危惧感説」について一般向けに書かれた、唯一の本。原発事故集団訴訟にかかわる方々には必読の書だと思う[記事1]福島第1原発事故 原発事故訴訟 国の責任否定 東京高裁、仙台と判断割れる2021年1月22日 毎日新聞朝刊 東京電力福島第1原発事故に伴い、福島県から群馬県に避難した住民ら91人が国と東電に総額約4億5000万円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(足立哲裁判長)は21日、国の責任を否定し、東電のみに約1億2000万円の支払いを命じた。 1審・前橋地裁判決(2017年3月)は国と東電双方の責任を認め、計約3800万円の支払いを命じていた。国の責任が争われた同種の原発訴訟の高裁判決は2例目で、国の責任を認めた仙台高裁判決(20年9月)と判断が分かれた。 判決は、政府の地震調査研究推進本部が02年に公表し、福島沖で巨大な地震が起き得ると予測した「長期評価」の信頼性について検討。長期評価は、過去約400年間に巨大津波を起こす地震が三陸沖北部から房総沖の日本海溝寄りで3回発生したことを前提としているが、判決はこの点には異論があったとしたほか、土木学会の知見とも整合しなかったと指摘し、長期評価の知見からは、原発の敷地高を超える津波の発生は予見できなかったとした。【遠山和宏】[記事2] 長期評価とは最大の争点の一つは、東電が2008年に15・7メートルの津波を計算しながら対策をとらなかった点だった。 この計算は、国の地震調査研究推進本部(地震本部)が2002年に公表した「長期評価」に基づき、東北のどこででも大きな津波に見舞われる可能性を示していた。原因となる地震が福島沖で発生した例は知られていないものの、過去400年に3回の津波があり、繰り返しているとみられた。 東電の担当者らは、長期評価は「権威ある機関」の見解で、無視できないと考えていた-福島事故、問われた「15.7m津波」 裁判で科学者は 編集委員・佐々木英輔2019年9月26日 朝日新聞より

※ 事前に参加申し込みのあった方は、このあと、Zoomにお引越しして16:00~と19:00~ 荻野晃也著『身の回りの電磁波被曝~その危険性と対策~』第3回をやります。毎月1回行い、約半年かけて読みたいと思います。数字などが出てきて難解な部分があるので、ポイントを絞って解説したいと思います。読破する上でのヒントになればと思い始めます。

※ 当日はツイキャス中継のみを行います。

※ 11月例会終了後、ネット懇親会を20:00~22:00行います。会員限定です。会員の方で希望させるかたはZoomのアカウントを作ってお待ちください。ネット懇親会のご案内を差し上げます。

http://twitcasting.tv/naibuhibakushim/show/ こちらでは、生中継の他、過去の動画を見ることも出来ます。 聞き逃した情報などもチェックしてみてください。 それでは、沢山のご参加をお待ちしています。  

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内部被ばくを考える市民研究会

内部被ばくを考える市民研究会11月例会 2020年11月29日(日)13:30~ ツィキャスのみ配信

※ 偶数月に埼玉県さいたま市で開催していました。新型コロナウィルス感染が全国で爆発的に拡大しています。今年度は基本的にインターネット中継でのみ行います。以下、ツイキャスをご覧下さい。

本日のテーマ

1.新型コロナ感染爆発第3波に考えること~布マスクの効果・小学校での集団感染・コロナにかからないために~

  13:30~ 報告:川根眞也

2.茨城県の放射能汚染について~空間線量で健康影響を考えるのは間違い・食品の放射能汚染・海の放射能汚染と白血病・がん~

  14:00~ 報告:川根 眞也

3. 携帯電話と電磁波被曝をめぐって~頭に携帯電話を押し当てて話すことは危険・電磁波のない公園で散歩を~

  14:30~  報告:川根 眞也

  報告:川根 眞也

4. 東京電力 福島第一原発の放射能汚染水を海に流すな!トリチウムのベータ線をガンマ線測定で測る詐欺事件。東京電力とバスフィールド。

15:00~ 報告:川根眞也

茨城県全域の土壌放射能濃度マップ 茨城県 2011年9月22日

 上記の茨城県で40,000ベクレル/m2を超えるところは、以下の規定される「管理区域」(一般には放射線管理区域)に相当します。「管理区域」には「放射線障害の防止のために必要な措置を講じなければな」りませんし、「人がみだりに立ち入らないような措置を講じ」なければなりません。「放射性同位元素を経口摂取するおそれのある場所での飲食及び喫煙を禁止する」とあります。

 しかし、原発事故によって放射能汚染されたこうした土地には、上記、法令が一切適用されていません。無法地帯となっています。

 その「管理区域」の規定(放射線を放出する同位元素の数量等を定める件)には、(3)に「表面密度限度の10の1」を超える恐れのある場所、とあります。

別表第4(第8条関係)にその「表面密度限度」が書かれています。単位はベクレル/cm2で書かれています。セシウム137やストロンチウム90は、アルファ線を出さない核種なので、表面密度限度は40ベクレル/cm2。この10分の1を超える場所が「管理区域」です。つまり4ベクレル/cm2。これをベクレル/m2に直すと、1mは100cmですから、1m2は10,000cm2。つまり、4ベクレル/cm2=40,000ベクレル/m2になります。

 上記、茨城県で40,000/m2を超える市町村は、利根町(51,000)、取手市(53,000)、守谷市(54,000)、稲敷市(52,000)、牛久市(63,000)、美浦村(57,000)、笠間市(45,000)、大洗町(41,000)、日立市(43,091)です。

 原発事故前から、原発や放射線を扱う大学等の研究機関で守られてきた法令によれば、上記の市町村には一般人立ち入り禁止、また、立ち入った場合は飲食禁止のはずです。

 原発事故が起きてしまったこの国に、放射能汚染から市民を守る新たな法令が必要とされています。

昭和三十二年法律第百六十七号

放射性同位元素等の規制に関する法律
(旧 放射線障害防止法 2019年9月1日に名称が変更された)

(使用の基準) 第十五条 許可使用者及び届出使用者(以下「許可届出使用者」という。)は、放射性同位元素又は放射線発生装置の使用をする場合においては、原子力規制委員会規則で定める技術上の基準に従つて放射線障害の防止のために必要な措置を講じなければならない。

昭和三十五年総理府令第五十六号

放射性同位元素等の規制に関する法律施行規則

第三章 使用の基準等(使用の基準) 第十五条

十二 管理区域には、人がみだりに立ち入らないような措置を講じ、放射線業務従事者以外の者が立ち入るときは、放射線業務従事者の指示に従わせること。

(保管の基準) 第十七条

 貯蔵施設のうち放射性同位元素を経口摂取するおそれのある場所での飲食及び喫煙を禁止すること。

 管理区域には、人がみだりに立ち入らないような措置を講じ、放射線業務従事者以外の者が立ち入るときは、放射線業務従事者の指示に従わせること。

第一章 定義(用語の定義) 第一条 この規則において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。  管理区域 外部放射線に係る線量が原子力規制委員会が定める線量を超え空気中の放射性同位元素(略)の濃度が原子力規制委員会が定める濃度を超え、又は放射性同位元素によつて汚染される物の表面の放射性同位元素の密度が原子力規制委員会が定める密度を超えるおそれのある場所

放射線を放出する同位元素の数量等を定める件
(平成12年10月23日 科学技術庁告示第5号)

第4条(管理区域に係る線量等)
放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行規則(以下「規則」という。)第1条第1号に規定する管理区域に係る外部放射線に係る線量、空気中の放射性同位元素の濃度及び放射性同位元素によって汚染される物の表面の放射性同位元素の密度は、次のとおりとする。

(1)外部放射線に係る線量については、実効線量が3月間につき1.3ミリシーベルト

(2)空気中の放射性同位元素の濃度については、3月間についての平均濃度が第7条に規定する濃度の10分の1

(3)放射性同位元素によって汚染される物の表面の放射性同位元素の密度については、第8条に規定する密度の10分の1

(4)第1号及び第2号の規定にかかわらず、外部放射線に被ばくするおそれがあり、かつ、空気中の放射性同位元素を吸入摂取するおそれがあるときは、実効線量の第1号に規定する線量に対する割合と空気中の放射性同位元素の濃度の第2号に規定する濃度に対する割合の和が1となるような実効線量及び空気中の放射性同位元素の濃度

別表第4(第8条関係)

表面密度限度区分密度(Bq/cm2

アルファ線を放出する放射性同位元素 4

アルファ線を放出しない放射性同位元素 40

※ 諸事情によりプログラムが変更になる場合があります。

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※ 11月例会終了後、ネット懇親会を20:00~22:00行います。会員限定です。会員の方で希望させるかたはZoomのアカウントを作ってお待ちください。ネット懇親会のご案内を差し上げます。

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【お問い合わせ】entry.naibu@gmail.com 内部被ばくを考える市民研究会事務局

内部被ばくを考える市民研究会

内部被ばくを考える市民研究会10月例会 2020年10月25日(日)13:30~ ツィキャスのみ配信

※ 偶数月に埼玉県さいたま市で開催していました。新型コロナウィルス感染が全国で爆発的に拡大しています。今年度は基本的にインターネット中継でのみ行います。以下、ツイキャスをご覧下さい。

本日のテーマ

1.北海道に核のゴミ 寿都町、神恵内村、そして……

  13:30~ 報告:川根眞也

2.大飯原発3号機、蒸気発生器付近で配管に重大な損傷。原因不明のまま配管を取り換えただけで再稼働か?2020年11月3日関西電力の原発はすべて停止する。一度止めた原発は二度と動かすな

  14:00~ 報告:川根 眞也

3. 携帯電話と電磁波被曝をめぐって。日本学術会議問題と大学研究

  14:30~  報告:川根 眞也

  報告:川根 眞也

4. 福島にも大阪にも放射能汚染水を流すな!10月27日菅政権、東京電力の福島第一原発事故の放射能汚染水の海洋放出の閣議決定をする予定。

15:00~ 報告:川根眞也

核のごみ調査 寿都町応募 神恵内村は申し入れ受諾 2020年10月10日 東京新聞朝刊2面

 北海道の寿都町(すっちちょう)、神恵内村(かもえないむら)が、核のごみの最終処分場の文献調査に応募を決めました。現地では受け入れ撤回を求める反対運動が起きています。この核のごみ最終処分場はすでに2012年日本学術会議が回答「高レベル放射性廃棄物の処分について 日本学術会議 2012年9月11日」を出しています。その回答書の中で

「そもそも(特に高レベル放射性廃棄物の最終)処分場の実現性を検討するにあたっては、長期に安定した地層が日本に存在するかどうかについて、科学的根拠の厳密な検証が必要である。日本は火山活動が活発な地域であるとともに、活断層の存在など地層の安定性には不安要素がある。さらに、万年単位に及ぶ超長期にわたって安定した地層を確認することに対して、現在の科学的知識と技術的能力では限界があることを明確に自覚する必要がある。その自覚を踏まえた上で、説得力のある方策を探すべきである。」同回答書 pp.5

また、核のごみの最終処分場についての合意形成についても、以下のように指摘しています。

「東京圏の電力需要をまかなうために、東京圏には立地ができない原子力発電所を福島県や新潟県に立地してきた。福島県や新潟県は、危険や汚染の負担という点では受苦圏でありつつ、原子力発電所の操業に伴って経済的・財政的メリットを得るという点では受益圏となっていたが、同時に操業に伴う各種の放射性廃棄物は青森県に搬出させてきた。青森県は、低レベル放射性廃棄物の埋設と、使用済み燃料の一時貯蔵、高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)の一時貯蔵を受け入れ、これに伴う経済的・財政的メリットを受益しつつも、高レベル放射性廃棄物の最終処分地は県外に設置することを要求している。このような過程において、自分が受容できない受苦を、他の主体が受容することを前提にするような態度選択が次々と連鎖的になされてきた。」同回答書 pp.8

 つまり、日本学術会議は2012年の時点で、「日本には長期的に安定した地層はない」と核のごみの地層処分について否定的であり、また、福島県や新潟県、青森県のような地方に原発のような危険と汚染の負担を強いる施設を地方に押しつけてきた経過を批判しています。そのような地方に核のごみの最終処分場を押しつけることがあってはならない、と書いているのです。

 結論として「30~50年の暫定保管というモラトリアム期間の設定」を提案しています。

回答「高レベル放射性廃棄物の処分について 日本学術会議 2012年9月11日」

 菅政権が日本学術会議の推進した学者を任命しないのは、こうした国策に日本学術会議が従わないからではないでしょうか?菅政権が任命しないのは、特に2017年の日本の学術研究が軍事力研究に協力しないとした声明の影響が大きいと思います。そして、日本の学術研究を日本の兵器産業に協力させることこそが狙いなのではないでしょうか?

 核のごみ問題でも、日本学術会議に諮問を求めたのにもかかわらず、この回答書を無視して核のごみの地層処分を進めようとしています。それも、北海道という地方にまた、危険と汚染のある施設を押しつける形です。

 菅政権は日本学術会議の回答書に基づき、核のごみの最終処分方法を根本的に見直すべきです。

※ 諸事情によりプログラムが変更になる場合があります。

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初代原子力規制委員長 田中俊一氏、1000ベクレル/kgのキノコご飯を食べても安全と。飯舘村への住民帰還をうながす読売新聞記事 2020年10月19日

 これが原子力規制委員会の実態。1000ベクレル/kg超えのキノコご飯を食べて「国の食品規制基準100ベクレル/kgには科学的合理性がない」と、初代原子力規制委員会委員長、田中俊一は読売新聞に語る。[記事1]
 年間20ミリシーベルトまで、福島に住民を帰還させている日本政府と福島県。それにお墨付きを与えているのは、原子力規制委員会だ。田中俊一は委員長退任後、飯舘村に住み着いて、しいたけ栽培している。こんな人間を「放射線の専門家」と思って信用しているから、飯舘村から「除染できなくてもいいから避難指示解除させろ」という声が出てくる。[記事2]作られた名声。作られた科学。決して住民の命と健康を守るのには、役に立たない。田中俊一は、福島帰還住民の殺人幇助罪にあたるのではないか。

[記事1]

初代原子力規制委トップ 3.11 地に落ちた信頼 田中俊一さん(75)
2020年10月19日 読売新聞 朝刊25面

[写真1]原子力規制委員会発足式で職員を前に訓示をする田中委員長(東京都港区で、2012年9月19日) 2012年9月19日、東京・六本木のビルの一室。福島の原発事故を受けて新たに発足した国の原子力規制委員会の初代委員長に就いた田中俊一さん(75)=当時67歳=は「やるしかない」と自分に言い聞かせた。 

  原子力の平和利用を推進してきた自分が、原発を規制する組織のトップを担う。あれだけの事故が起き、国民の視線は厳しい。信頼回復の基本として組織の「独立性」と「透明性」にこだわり、通算240回に上った記者会見のやりとりはすべてインターネットで生中継した。5年の任期を終えた17年9月、最後の会見で、「福島に住む」と宣言した。

 東日本大震災の発生から、来年で10年になる。福島県飯舘村の山荘に暮らし、周辺でとれた山菜やキノコを食べながら、復興について考え続けている。(社会部 田中文香)3・11 地に落ちた信頼[写真2]山荘がある雑木林でシイタケの栽培を試みる田中さん。原木は村でとれたものだ(9月23日、福島県飯舘村で)=武藤要撮影 東日本大

3.11 地に落ちた信頼 田中俊一さん(75)

 震災が起きた2011年3月11日。茨城県ひたちなか市の自宅で、田中俊一さん(75)=当時66歳=は「大変なことになる」と予感した。ラジオは津波で東京電力福島第一原子力発電所の電源が喪失したと伝えている。すでに原子力の第一線から退いた身だ。何をできるわけでもなかったが、ニュースに耳を傾けた。

「原子力ムラ」の一員として 国民に謝罪

 3日後、天皇、皇后両陛下へのご進講の要請を受けた。「現役の人は事故対応で忙しい。だから現役ではない専門家を」と望まれたという。夜中に自家用車を走らせ、東京に向かった。 

 「炉心を冷却できず、米スリーマイル島の原発事故より重大なことが起きていると想像します」。15日、両陛下にご説明した。予定の時間を超えて熱心なご質問を受けた。

 想像をはるかに超える福島の深刻な事態。かつて日本原子力学会の会長も務めた田中さんは、一科学者として「安全神話」へのおごりがあったと責任を感じていた。事故から3週間後、他の科学者らと連名で、国に事故終息のための体制強化を求める建言を公表。文部科学省で開いた記者会見で、田中さんはこう言わずにはいられなかった。

 「原子力の平和利用を先頭で進めてきた者として、国民に深く陳謝します」

   ◇ 

 太平洋戦争末期の1945年1月、福島市で生まれた。7か月後に終戦。国鉄勤務の父に伴い、伊達や会津で育った。数学と理科が好きな子どもだった。

 日本はエネルギー資源に乏しく、石油の対日禁輸は戦争の引き金にもなった。「原子力はこれから発展する夢のある分野」。そう考え、東北大で原子核工学を学んだ。

 日本原子力研究所(茨城県東海村)に就職し、放射性物質の遮蔽しゃへいや計測に関する研究を進めた。東海研究所の副所長だった99年、燃料加工会社「ジェー・シー・オー(JCO)」のウラン加工施設で臨界事故が発生。現場で放射線量を測定し、収束方法を探った。

   ◇ 

 「福島で再び人が暮らせるように」。その一心で、田中さんは事故から約2か月後の5月、仲間とともに、汚染が広がっていた福島県飯舘村の長泥地区に入った。

 民家周辺の空間線量は毎時10~15マイクロ・シーベルト。一般の人が生活するには高すぎる放射線量だった。屋根や雨どいを高圧洗浄し、土や草をはぎ取る。施設の中ではなく、どこまでも広がる環境への汚染に、打ちのめされる思いだった。

 「なかなかむつかしい」。当時の日記に、田中さんはこう書いている。

 その後、飯舘村が全村避難となると、隣の伊達市から依頼されて学校や民家での除染作業に加わった。

 その姿を、民主党政権(当時)で環境相となった細野豪志氏(49)は現地で見ていた。「原子力ムラ」の一員として国民に謝罪した人、という認識はあったが、実際に長靴姿でスコップを握る姿に「危機的な状況から逃げない。腹が据わっている」とみた。

 翌年の2012年9月。環境省の外局として、原子力の規制を担う新たな機関「原子力規制委員会」が発足し、田中さんが初代委員長に選ばれた。

 この時の心境を、「ただ夢中だった。地に落ちた原子力への信頼を取り戻すという思いだったが、成算は全くなかった」と振り返る。

記者会見 5年で240回 最後に移住宣言 

 大きな任務の一つが、安全基準の全面的な見直しだった。新たな基準は、重大事故を二度と起こさないための大がかりな設備を義務づけ、活断層や津波、さらには火山噴火の影響も厳しく見積もるよう定めた。

 週1回の記者会見や規制委の会合はすべて公開し、記者との激しいやりとりもインターネットで中継された。

 原子力を推進してきた人物が規制の議論を主導することに、批判もあった。世界的にも厳しい基準に、原発推進派からは「過剰規制だ」との声も上がった。原子力研究所時代の上司であり、事故後の記者会見に同席した松浦祥次郎さん(84)は「自分の考えに照らしてつじつまが合わないことがあれば、誰にでもはっきりと物を言う気骨のしっかりした男。色んな圧力はあっただろうが、屈しなかった」と話す。

 5年間の任期中、12基が新基準に合格し、5基が再稼働した。通算240回目、最後の記者会見となった17年9月20日。田中さんの心は決まっていた。除染活動で縁のできた飯舘村に移り住み、今度は現場から復興に力を尽くそう。

 「一個人ですから、どこまでできるか分からない。でも、やってみたい」

飯舘の恵み食し 村民の帰還願う

[写真3]除染土を再生利用する実証実験で作られた野菜を視察する田中さん(左から2番目)。村民の声に耳を傾け、環境省との橋渡し役を担う(10月6日、飯舘村長泥で)[写真3]イノハナの炊き込みご飯

 飯舘村では、村から一軒家を借りて「飯舘山荘」と名付け、17年12月に引っ越した。18年2月には無給の復興アドバイザーに就いた。妻と2人、茨城と行き来しながら、月の半分を村で暮らす。

 ともに長泥地区の除染にかかわってきたNPO法人「放射線安全フォーラム」理事の多田順一郎さん(69)は言う。「これまでに培った人脈や経験、知名度を、福島のために利用しようと考えたのだと思う。そういうことができるのは、あの人しかいない」

 震災直後から付き合いが続く菅野典雄村長(73)は「色々な科学者が村に来ては、百八十度違うことを言って去って行った。そんな中で、混乱した現場に入って除染に取り組み、今も村に住んでくれる田中先生の科学的な物の考え方を信頼している」と語る。

 村内だけでも、除染土を詰めたフレコンバッグは230万個を超える。福島県大熊、双葉両町の中間貯蔵施設で30年保管した後、県外へ持って行くことが法律で決まっているが、田中さんは「他県に受け入れ先を見つけるのは現実的ではない」と懐疑的だ。

 飯舘村の長泥地区では、除染土の上にきれいな土をかぶせ、農業ができるよう再生させる事業を、環境省と村で進めている。

 春になれば山荘のすぐ裏でコシアブラやタラノメなどの山菜を採り、夏には2人の孫娘を呼び寄せて盆踊りに参加。村で「イノハナ」と呼ばれ、秋の味覚として珍重されてきた香茸こうたけを村の人におすそ分けしてもらうこともある。

不安払拭へ 山菜やキノコ 線量測定し記録

 野山でとれる山菜やキノコを食べる前には、山荘に置いた放射線測定器で線量を測り、記録している。イノハナの炊き込みご飯の放射性セシウムは1キロあたり1000ベクレル程度で、国の食品規制基準(1キロあたり100ベクレル)を上回る。

 田中さんは、「この基準には科学的合理性がない」と言う。「国の放射線防護の目安は年間1ミリ・シーベルトで、これは7万6000ベクレルのセシウムを摂取した場合の線量。イノハナご飯を70キロ以上も食べることはない。1杯なら、歯医者さんで口内のパノラマ写真を撮ったのと同じか、それ以下だ」

 だが、村の野山でとれた物を食べることに抵抗を感じる人もいる。「一度心に宿った不安の払拭ふっしょくは容易ではない」と田中さんは感じている。

 田中さんを信頼しつつも、複雑な思いを抱えているのは長泥地区の前行政区長、鴫原しぎはら良友さん(70)。「言っていることはわかるけれど、安全安心を自分の知識のレベルで言われても体が追いつかない」と率直に語る。

 農業を営む菅野クニさん(68)は、田中さん宅で友人とともにイノハナご飯を食べた一人だ。線量を測り、数値を確認しながら食べた。「現実にこの村で生きていくには、自分でリスクを見極め、納得することが必要。知識は武器だと思う」。村の人たちは様々に思いを抱え、毎日を暮らしている。

 震災前、約6500人いた飯舘村の人口は現在、1480人。田中さんは村の復興には山林資源の活用が欠かせないと考えている。

 かつて村では、山のナラの木を原木にしたシイタケ栽培が盛んだった。汚染された原木の表皮からどれだけシイタケに放射性物質が移行するのか。山荘の庭にも菌を植えた原木を置き、シイタケが出てくる日を待つ。「困難な状況の中でも、この村に戻ってもう一度暮らしたい、という人たちの手伝いができれば本望です」。自分の仕事は、まだまだ山積みだと思っている。

 田中文香記者 たなか・あやか 2012年入社。北海道支社で行政や司法を担当し、18年8月から東京本社社会部。伊豆大島や三宅島など島しょ部で起きた災害取材などに携わる。福島県飯舘村の田中さん宅でごちそうになった、イノハナの炊き込みご飯のおいしさが忘れられない。31歳。

[記事2]

長泥の居住、村長「住民判断」 飯舘の復興拠点外、全面除染なし検討2020年8月12日 朝日新聞 朝刊 福島版

 原発事故の避難指示区域が残る飯舘村の菅野典雄村長は、朝日新聞の取材に応じ、国が全面的な除染をせず避難指示の解除を検討している長泥地区について、「避難指示解除になったら、住もうと住むまいと住民の判断」との見解を示した。一方、国は現時点で居住を想定しておらず、居住も含めた検討が求められる可能性がある。

 国は2018年、村の長泥地区に残る避難区域のうち約17%(約186ヘクタール)を「特定復興再生拠点」(復興拠点)と認定した。避難指示解除の要件=キーワード=である「除染作業が十分に進捗(しんちょく)」に基づき、森林や水面以外を全面的に除染し、23年春ごろの解除を目指している。

 一方、解除の見通しが立っていなかった残る約83%(約900ヘクタール)の拠点外について、村は2月、「復興公園」を設けて住民が自由に往来できるよう、一括での避難解除を要望。これを受け、国は全面的な除染を行わない代わりに人は住まない想定で、一括解除に向けて調整している。

 拠点外に住民登録しているのは11世帯。内閣府によると、長泥地区の拠点外のほとんどが、解除要件の年20ミリシーベルト以下を満たしている。

 さらに復興拠点の除染の一環として、拠点外の集落を通る村道と、道の両脇から原則、最大20メートルを除染をする計画もある。こうした部分的な除染も踏まえ、菅野村長は「(居住は)個人の判断。(避難解除後に村が居住を制約することは)しない」と話した。

 ただ、それ以外では除染しない場所も多く残るため、内閣府の原子力被災者生活支援チームは「日常的な生活を営むことは想定していない」。滞在時間が居住より短く、被曝(ひばく)のリスクが比較的小さい公園のほか、物流施設など限られた土地活用の案を示し、原子力規制委員会が避難解除の妥当性を審議している。

 一方で、同チームは「避難指示が解除されれば、居住を制限するものはないのは事実」と認める。村内に仕事を持ち、避難先から車で片道1時間掛けて通う拠点外の住民の一人は「冬は降雪で通うのが大変。ガソリン代もかさむ。避難解除後は、長泥に戻って住みたい気持ちが強い」と話す。

 同チームは避難指示の解除後に居住できるかについて「村の意向が第一。要望があれば改めて(解除の要件を)検討したい」としている。(関根慎一)

 ◆キーワード
 <避難指示の解除要件>
・空間線量率で推定された年間積算線量が20ミリシーベルト以下になることが確実
・インフラや生活関連サービスがおおむね復旧、子どもの生活環境を中心とする除染作業が十分に進捗(しんちょく)
・県、市町村、住民との十分な協議
菅野典雄村長特定復興再生拠点を外れた飯舘村長泥地区曲田。事故前、水田だったという場所には雑草が生い茂っていた=7月12日、飯舘村、小玉重隆撮影

内部被ばくを考える市民研究会9月例会 2020年9月27日(日)

※ 偶数月に埼玉県さいたま市で開催していました。新型コロナウィルス感染が全国で爆発的に拡大しています。今年度は基本的にインターネット中継でのみ行います。以下、ツイキャスをご覧下さい。

日 時 9月27日(日) 13:30〜15:30
場 所 内部被ばくを考える市民研究会ツイキャス
http://twitcasting.tv/naibuhibakushim/show/
参加費 無料

本日のテーマ

1.福島県の小児甲状腺がん245人

  13:30~ 報告:川根眞也

2.電磁波問題と放射線問題、その共通点とは?
ー国際放射線防護委員会(ICRP)と国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)

  14:00~ 報告:川根 眞也

3. 北海道を核のゴミ捨て場にしてはいけない。構造的な暴力をなくそう。

  14:30~  報告:川根 眞也

  報告:川根 眞也

4. 内部被ばくを巡って
・台風15号、19号で放射能汚染土壌が東日本の太平洋側に 

・東京電力に柏崎刈羽原発を動かす資格があるのか?

・日本の食品の放射能汚染 福島避難指示解除を進めて良いのか?

15:00~ 報告:川根眞也

2020年8月31日、福島県県民健康調査検討委員会が開かれ、福島の子どもたちの甲状腺がんについて報告されました。先行検査、本格検査2~4回目、25歳時検査で見つかったのは、実に245人の甲状腺がん。

(1)しかし報道するのは、地元紙、福島民報、福島民友だけです。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞はガン無視しました。4紙はかつては2cm×3cmくらいのベタ記事で載せたこともありました。または、全国版では載せず、福島版でだけ記事を載せたこともありました。しかし、朝日毎日読売日経は翌日9月1日朝刊に、この245人の子どもたちの甲状腺がんの記事を書きませんでした。東京新聞も今回は記事を書きませんでした。

(2) 福島県は意図的に、検査対象から20歳以降を特別枠にして、2年置きの検査を5年置きにしました。2016年からの検査3回目から、それまで2年置きに行っていた甲状腺超音波検査を、20歳以降は25歳、30歳の5年置きにしました。

多発している小児甲状腺がんを隠し、検査を縮小している福島県の問題を語ります。

※ 諸事情によりプログラムが変更になる場合があります。

※ 事前に参加申し込みのあった方は、このあと、Zoomにお引越しして16:00~と19:00~ 荻野晃也著『身の回りの電磁波被曝~その危険性と対策~』第2回をやります。毎月1回行い、約半年かけて読みたいと思います。数字などが出てきて難解な部分があるので、ポイントを絞って解説したいと思います。読破する上でのヒントになればと思い始めます。

※ 当日はツイキャス中継のみを行います。

※ 9月例会終了後、ネット懇親会を20:00~22:00行います。会員限定です。会員の方で希望させるかたはZoomのアカウントを作ってお待ちください。ネット懇親会のご案内を差し上げます。

http://twitcasting.tv/naibuhibakushim/show/ こちらでは、生中継の他、過去の動画を見ることも出来ます。 聞き逃した情報などもチェックしてみてください。 それでは、沢山のご参加をお待ちしています。  

【お問い合わせ】entry.naibu@gmail.com 内部被ばくを考える市民研究会事務局

内部被ばくを考える市民研究会

福島県民健康調査検討委員会、小児甲状腺がん245人と報告。2020年8月31日。報道するのは地元紙、福島民報、福島民友のみ。朝日、毎日、読売、日経はガン無視。

2020年8月31日、福島県県民健康調査検討委員会が開かれ、福島の子どもたちの甲状腺がんについて報告されました。先行検査、本格検査2~4回目、25歳時検査で見つかったのは、実に245人の甲状腺がん。

(1)しかし報道するのは、地元紙、福島民報、福島民友だけです。朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞はガン無視しました。4紙はかつては2cm×3cmくらいのベタ記事で載せたこともありました。または、全国版では載せず、福島版でだけ記事を載せたこともありました。しかし、朝日毎日読売日経は翌日9月1日朝刊に、この245人の子どもたちの甲状腺がんの記事を書きませんでした。東京新聞も今回は記事を書きませんでした。

(2) 福島県は意図的に、検査対象から20歳以降を特別枠にして、2年置きの検査を5年置きにしました。2016年からの検査3回目から、それまで2年置きに行っていた甲状腺超音波検査を、20歳以降は25歳、30歳の5年置きにしたのです。

第31回福島県県民健康調査 甲状腺検査 本格検査(検査3回目)実施状況 2018年6月18日

実は先行検査(原発事故のあった年2011年度~2013年度)の検査で、もっとも甲状腺がんを発症したのは、原発事故当時14.9歳の子どもたち。ちょうど中学3年生の世代で2011年3月16日は県公立高校の合格発表でした。3月15日、3月16日と言えば福島市でももっとも放射能ブルームが高かった時です。高校の合格発表を見に行き、合格手続きをした中学3年生の子どもたちは、1日屋外にいました。原発事故が起きたのだから今日は家にいてと両親から言われた子どももいます。今日の合格発表は危険だから延期してほしい、と校長に頼んだ高校教師もいます。しかし、避難指示の出ていた、双葉町、大熊町などの原発20km圏内以外は、2011年3月16日に県公立高校合格発表は強行されました。その日は福島市など雨も降っていました。中学3年生たちはその雨を浴び、放射能の空気を吸いました。その後も中学生、高校生は部活動をやっていました。郡山市は合唱がさかんで合唱部の部活動では校舎の外で2011年4月5月も合唱練習をするところがあった、といいます。この中学3年生と中学高校生の部活動をやっていた世代が、ヨウ素131をはじめとする放射能をもっとも多く吸っていたと考えられます。

以下は、東京新聞2019年1月21日の記事ですが、福島県中通りに住む女性が大学生の時に甲状腺がんが見つかった、と言います。原発事故当時、中学3年生、原発事故直後だったので両親は「家にいて」と言いましたが、進学する高校の手続きで外に出て、雨にも濡れたと言います。

 「一〇〇ミリシーベルトの少女」が福島県双葉町にいたとされる事故発生時、同県中通り地方で暮らす中学三年生だった女性。大学進学後、甲状腺がんが見つかった。二十代の今、「私の家系で甲状腺がんになった人はいない。被ばく以外に原因が考えられない」と憤る。甲状腺は新陳代謝に関わるホルモンを分泌する器官。事故で放出された放射性ヨウ素は呼吸などで体に入ると甲状腺に集まり、がんの原因となる内部被ばくをもたらす。一九八六年のチェルノブイリ原発事故で、特に子どもの甲状腺がんが多発した原因とされる。がんの検査を行う県の資料にも、同事故で「一〇〇ミリシーベルト以上でがん発症」とある。二〇一一年三月、原発が次々と爆発し、大量の放射性物質が放出された。両親は「家の中にいて」と娘の身を案じた。それでも、進学する高校の手続きなどで外に出て、雨にも濡(ぬ)れた。四年後、大学生の時に福島県の超音波検査を受けた。その後、県立医科大に呼ばれ、詳しい検査の後、「甲状腺がんです」と宣告を受けた。「私は覚悟してたけど、母の泣きそうな顔を見るとつらかった」医大の患者対応に信頼が持てず、手術は別の病院で受けた。転移はなく、今は東京都内の会社で働く。時々、再発しないか不安になる。そしてもう一つ、消えない思いがある。「事故のせいでは」国、県はその思いを認めない。被災した人たちはそれほど被ばくしていないから、関連性は「考えにくい」という理屈だ。

線量測定わずか1080人 2019年1月21日 東京新聞 朝刊28面

そのもっとも甲状腺がんのリスクが高い世代が、20歳になろうとしている時に、2016年の本格検査3回目から福島県は、検査間隔を2年から5年に伸ばしたのです。原発事故から5年経ち、14.9歳の世代が20歳になる時にわざと検査の機会を減らしたと考えることができます。

先行検査で細胞診等で悪性ないし悪性疑いであった116人の年齢、性分布 2017年6月5日 平均年齢は震災当時14.9歳

東京オリンピックが2020年に予定されていました。その時に原発事故で小児甲状腺がんが多発していたら、問題だからでしょう。東京オリンピックのために、新型コロナの感染者数を低く見せるためPCR検査を抑制もしました。検査数を減らせば、小児甲状腺がん患者数も新型コロナの感染者数も低くなります。見かけ上は。

(3)245人の甲状腺がんは対象者は約38万人。原発事故0~18歳だった子どもたち、および原発事故後に生まれた子どもたち、です。原発事故から9年。245÷9=28人/年。

10万人あたりの罹患率にすると、対象者が38万人だから28÷38000×10000=7.3人/10万人あたり・年間。異常な発症率です。チェルノブイリ原発事故でもっとも放射能が降ったと言われるベラルーシの小児甲状腺がんの発症割合に匹敵する患者数です。 人/10万あたり・年間でのグラフが以下です。 ゴメリ州で原発事故5年目の1991年に11人。ブレスト州で原発事故7年目の1993年で7人です。福島県では、この7人の状況が9年間続いていることに匹敵します。

1986年から1994年までのベラルーシ各州における小児甲状腺がん発症率(10万人あたり)

福島県県民健康調査検討委員会は、チェルノブイリ原発事故の小児甲状腺がんの、10万人あたりの罹患率と比べることをしません。国連科学委員会の福島県民の被ばく線量の推計(あくまでも推計)と罹患率を比べるばかりです。この7.3人/10万人も低めの数値です。何故ならば、20歳以降は5年置きの検査とされていて38万人全員が検査を受けていないからです。5年置きの検査、25歳時検診の受診率はたった8.4%です。25歳時検診の対象者が6万6000人いるのに5500人しか検査を受けていません。高校大学生などを出て社会人になったこともあるでしょうが、検査を受けることのメリット・デメリット論が相当影響していると考えられます。「甲状腺がんは予後がいいがん」「本来、放置していてもいいがんをわざわざ見つけてがん患者にしてしまう」「若くしてがん患者のレッテルを貼っていいのか」などが、SYNODOS、朝日新聞論座などで繰り返し繰り返し流されています。県民健康調査検討委員会と甲状腺評価部会の高野徹氏などが論じています。この25歳時検診6万6000人対象のうち、5500人しか受けていないのですが、すでに7人の甲状腺がんが見つかっています。もし8.4%ではなく、全員が検査を受けたら、どうなるのでしょうか?

7÷5500×66000=84人なんと84人の甲状腺がん患者が見つかることになります。高野徹氏のメリット・デメリット論や、福島県の2年置きの検査を5年置きにする作戦が、本来、84人の甲状腺がん→7人の甲状腺がんにした、と言えます。朝日、毎日、読売、日経は245人の甲状腺がんの発症もガン無視ですが、福島民報、福島民友も、2020年9月1日の記事では、25歳時検診の問題には触れていません。8.4%の異常な検診率の低さについても触れていません。もし、25歳全員が検査を受けたら84人の患者が出るかもしれないことも書いていません。

(4)2020年6月15日に甲状腺評価部会が開かれ、本格検査3回目(2016年度、2017年度)の検査結果の確定版が出されました。先日9月9日にその評価部会の議事録が公表されました。ここでも議論の中心は、国連科学委員会の被ばく線量と甲状腺がんの発症の関係ばかりです。なぜ原発事故当時、中学高校の世代の発症が多いのか、の分析は一切ありません。世代や行動分析を具体的にしていないのです。地域と甲状腺がんの発症率との関係のみ。結論として、被ばくと甲状腺がんとは関係がない、としています。この結論を引き出すために、国連科学委員会の被ばく線量評価を持ち出してきたのにすぎない、と思われます。だいたい、実測値はなく、すべて推計に過ぎません。あの2011年3月16日に、中学1年生でずっと家にいた子どもと、中学3年生で高校の合格発表でずっと外にいた子どもの被ばく線量は、同じ家に生まれた兄弟姉妹でもまったく違うでしょう。地域的な被ばく線量では、この2人の子どもの被ばく線量は足して2で割ることになります。つまり、過小評価になります。地域の被ばく線量の推計を個人にあてはめてはダメです。地域の被ばく線量の推計を個人にあてはめてるのは、過小評価したいからだ、と考えるべきです。

(5)6月15日の甲状腺評価部会で発表された、本格検査3回目の確定版には、驚くべき数字がありました。1次検査を終えて、甲状腺に5.1mm以上の結節などがあり「2次検査が必要ですよ」と通知された人が、25%もいました。4人に1人が2次検査を受けていないのです。本格検査3回目は2016年度、2017年度であり、すでにまる2年は経過しています。

つまり、がんに例えるなら「肺にちょっと影がありますね。精密検査を受けた方がいいですよ」と言われた100人のうち、25%、25人が精密検査を受けていない、ことに相当します。しかも、福島県民健康調査の1次検査も2次検査も無料です。この本格検査3回目で見つかった、甲状腺がんの患者は31人です。もし、2次検査未受診者が全員受けたら、どうなるでしょうか?31÷75×100=41人の甲状腺がんの患者になります。

本来、41人の甲状腺がん患者であるはずが、31人の甲状腺がん患者として公表されていることになります。6月15日の甲状腺評価部会では、この2次検査の未受診者25%については一切、議論されていません。

(6)20歳以降の世代、原発事故当時中学高校の世代の甲状腺がんの発症が心配です。原発事故由来の小児甲状腺がんは、悪性で転移が早く、肺に転移した場合に、今回が血を吐いて亡くなった例も報告されています。チェルノブイリ原発事故の際のベラルーシでの経験です。福島県立医大や県民健康調査検討委員会は、ベラルーシの内分泌専門で原発事故後の小児甲状腺がんに取り組んできた、ユーリ・デミチック博士を日本に呼び、何度もこの話を聞いています。それなのに、この原発事故当時、外に出て被ばくしていた可能性の高い中学高校の世代の検査を5年置きにして、また、メリット・デメリット論で検査を受けることが不利のように宣伝しています。原発事故による風評被害の払拭と、子ども・青年の命のどちらが大事なのでしょうか?

福島民報、福島民友の記者の方々。是非、本当の分析を記事にして欲しいです。20歳以降の世代、原発事故当時中学高校の世代の甲状腺がんの発症が心配です。

受検意思、実態把握へ 県民健康調査検討委 学校の甲状腺検査で 2020年9月1日 福島民報 2面

[写真1]2020年9月1日 福島民友新聞 2面

甲状腺学校調査 保護者ら聞き取りへ 子どもアンケートも 2020年9月1日 福島民友新聞 2面

阿蘇のコシヒカリの農家さんのご紹介 2020 水田土壌はセシウム137 1.7ベクレル/kg セシウム134は不検出(<0.094)

阿蘇のコシヒカリ農家さんの農地土壌を採取し、阿蘇のコシヒカリの水田土壌を測定させていただきました。新型コロナ感染症拡大予防のために、今回は、川根が現地に飛んで土壌を採取することができず、お米農家の田中幸博さんに土壌採取をお願いしました。昨年までとは別の水田です。

 ちくりん舎のゲルマニウム半導体検出器で66時間測定で、セシウム134 不検出(検出限界0.094ベクレル/kg)、セシウム137だけが検出されました。1.7±0.3ベクレル/kgです。 

水田土壌測定結果 

阿蘇 水田土壌(阿蘇市 狩尾中務原33-1 ) 920.5g セシウム134 不検出(検出限界0.094ベクレル/kg) セシウム137 1.7±0.3Bq/kg 土壌採取日 2020年6月16日 8:00am 測定日 2020年7月9日 Ge半導体検出器 66時間測定

 これはほぼ大気圏内核実験によって降下したセシウム137のみと考えられるほど低い汚染度であると思います。2009年平均の日本全国の土壌0~5cmのセシウム137の汚染度は下記をご覧下さい。熊本県阿蘇市西原村の土壌はセシウム137が38ベクレル/kg(表土0~5cm)でした。これと比較すると非常に低い汚染であると考えられます。

図1 熊本県 阿蘇市 水田土壌  阿蘇市狩尾中務原33-1  セシウム134 不検出 0.094未満 セシウム137  1.7Bq/kg 検査報告書 2020年6月16日採取
図2 熊本県 阿蘇市 水田土壌  阿蘇市狩尾中務原33-1  セシウム134 不検出 0.094未満 セシウム137  1.7Bq/kg スペクトルデータ 2020年6月16日採取
図3 熊本県 阿蘇市 水田土壌  阿蘇市狩尾中務原33-1  セシウム134 不検出 0.094未満 セシウム137  1.7Bq/kg スペクトルデータ拡大図 2020年6月16日採取

『原発事故前の日本の土壌はどれくらいセシウム137で汚染されていたのか? 【データ出典】日本の環境放射能と放射線データベース』http://www.radiationexposuresociety.com/archives/11619

  以下が、原発事故前の2009年度白米および水田作土のストロンチウム90、セシウム137濃度です。文科省 第52回環境放射能調査研究 成果論文抄録集(平成21年度) p.15~16より。

 かつての水田作土中のセシウム137汚染度は3.8ベクレル/kg(石川県金沢)~14.9(新潟県上越)、ストロンチウム90の汚染度は0.2(福岡県筑紫野)~1.6(新潟県上越)でした。

2009年度 白米および水田作土のストロンチウム90、セシウム137濃度 【単位】ベクレル/kg

この資料から、この阿蘇の米農家さんの土壌 セシウム137 1.7ベクレル/kgの水田土壌で作られたお米からは セシウム137が0.01ベクレル/kgも含まれることはない、と考えることができます。原発事故前のセシウム137の汚染と同じくらいのお米ができると思います。

阿蘇のコシヒカリ栽培農家

熊本県阿蘇市
農業者 田中幸博さん
経営規模 水田   264アール
     水稲   165アール
     飼料稲    70アール
飼料用とうもろこし 14アール
   ねぎ     15アール(35アールは条件の良いところを借りて栽培)

        合計50アール栽培
繁殖牛  赤毛和種 2頭 黒毛和種 1頭を飼育

 2016年、これまで阿蘇のコシヒカリを作付してきた水田は、熊本地震により亀裂が入りました。震災3年かけても水田の基盤整備は終わっていません。2016年から亀裂の入っていない、別の田んぼで作付をしています。

2013年~2015年の水田の土壌データ

2013年

ちくりん舎のゲルマニウム半導体検出器で17時間測定、検出限界ーセシウム134 0.45ベクレル/kg、 セシウム137 0.477ベクレル/kgーで、セシウム137のみ 2.02±0.37ベクレル/kg検出されました。土壌採取日:2013年5月4日 測定日:2013年8年15日 Ge半導体検出器 17時間測定 

2014年

ちくりん舎のゲルマニウム半導体検出器で4時間測定、セシウム134 不検出 検出限界0.91ベクレル/kg、セシウム137のみ検出 2.2±0.57ベクレル/kg検出されました。土壌採取日:2014年5月4日 測定日:2014年6年13日  Ge半導体検出器 4時間測定 

2015年

ちくりん舎のゲルマニウム半導体検出器で15時間測定、セシウム134 不検出 検出限界0.20ベクレル/kg、セシウム137のみ検出 2.0±0.43ベクレル/kg検出されました。土壌採取日:2015年5月3日 測定日:2015年7年7日 Ge半導体検出器 15時間測定 

2016年  阿蘇市中原97 中原127

2013年~2015年の水田は2016年4月14日および4月16日の熊本地震で亀裂が入り、水がたまらなくなってしまいました。2016年度から別の水田(阿蘇市中原97 中原127)でお米を作っています。

ちくりん舎のゲルマニウム半導体検出器で118時間測定、セシウム134 不検出(検出限界0.066ベクレル/kg)、セシウム137のみ検出 0.52±0.11ベクレル/kg検出されました。土壌採取日:2016年7月18日 測定日:2016年8年12日  Ge半導体検出器 118時間測定

2017年  阿蘇市中原97 中原127

ちくりん舎のゲルマニウム半導体検出器で64時間測定、セシウム134 不検出(検出限界0.081ベクレル/kg)、セシウム137のみ検出 0.96±0.2ベクレル/kg検出されました。土壌採取日:2017年5月5日 測定日:2017年7年21日  Ge半導体検出器 64時間測定

2018年 阿蘇市中原97

ちくりん舎のゲルマニウム半導体検出器で70時間測定、セシウム134 不検出(検出限界0.096ベクレル/kg)、セシウム137のみ検出 1.2±0.24ベクレル/kg検出されました。土壌採取日:2018年5月3日 測定日:2018年7年20日  Ge半導体検出器 70時間測定

2019年 阿蘇市 中原127

ちくりん舎のゲルマニウム半導体検出器で64時間測定、セシウム134 不検出(検出限界0.097ベクレル/kg)、セシウム137のみ検出 1.1±0.21ベクレル/kg検出されました。土壌採取日:2019年5月4日 測定日:2019年8年16日  Ge半導体検出器 70時間測定

 2015年までお米を作っていた水田には、2016年4月14日、4月16日の熊本地震によって亀裂が入りました。

 水路も寸断されて、修復が必要です。

こうした中、震災からの復興に向けて、阿蘇の米農家さんは頑張っています。2019年、5月に訪問した際には、亀裂を埋める基盤整備が行われていました。

 阿蘇のコシヒカリの販売をします。検査費用カンパ1000円を含み、1俵(30kg袋×2、合計60kg)を2万7000円(送料込み)です。また、阿蘇の米農家さんへの義捐金も受け付けます。また、半俵(30kg袋×1g)を1万3500円(送料込み)です。

 一昨年より好評につき、ねぎ5kgも販売します。送料込みで1箱5kg入りで4000円です。お金はお米と同時期に納入いただきますが、ねぎの発送は一番おいしくなった12月の中旬に送らせていただきます。

 数量は25俵(50袋)です。

 お申し込みは9月25日までに下記のアドレスまでお申し込み下さい。かならず、下記の内容をお書き下さい。また、申し込み受付後に郵便口座をご案内します。ご案内後に1俵あたり27,000円、半俵あたり13,500円、ねぎ5kg 1箱4,000をお振り込み下さい。振り込み先は申し込みを確認した際に改めてご案内します。今回は第2次募集は行いません。また、中国からのウンカの被害もあり、今年は収量が少なくなると思われます。例年行っていた来年1月末発送は今回行いません。ご理解をよろしくお願いいたします。

申し込みアドレス

entry.naibu@gmail.com 内部被ばくを考える市民研究会事務局

申し込み内容

1.氏名
2.メールアドレス
3.申し込み俵数・箱数
阿蘇のコシヒカリ   俵
ねぎ       箱
(1俵あたり27,000円、半俵13,500円、ねぎ5kg 1箱4,000円)
4.送付先住所
5.電話番号
6.振り込み金額      円

(1俵あたり27,000円、半俵13,500円、ねぎ5kg 1箱4,000円)
7.振込者名
※ 申し込み者と振込者名が違う場合は必ず7番をお書き下さい。
同じ場合は「1に同じ」で結構です。

<申し込み締め切り> 2019年9月25日 数量は25俵(30kg×50袋)まで。

 受付期間 2019年9月14日~9月25日

内部被ばくを考える市民研究会

クローズアップ 黒い雨、被害置き去り 米「残留放射線なし」毎日新聞2020年7月26日 東京朝刊 朝刊3面

クローズアップ 黒い雨、被害置き去り 米「残留放射線なし」

毎日新聞2020年7月26日 東京朝刊 朝刊3面

 広島と長崎に設置されていた米原爆傷害調査委員会(ABCC)の医師が1950年代半ば、米政府の公式見解に異を唱え、原爆投下直後に降った「黒い雨」が住民たちの病気の原因になった可能性があると指摘していた。しかし、被爆75年を迎える今も、黒い雨の健康への影響を巡って論争が続く。なぜ、医師の訴えは届かず、黒い雨による「被ばく」は置き去りにされたのか。【小山美砂】

原爆の放射線研究と黒い雨を巡る動き

 「広島の残留放射線及び放射線による兆候と症状」と題した9ページの報告書。添付された広島市の地図には、48個の小さな丸印が書かれている。原爆の爆心地からの距離は2~6・5キロ。いずれも爆発時に放出された直接放射線の影響がほとんどないとされた場所だ。だが、そこにいた人たちも脱毛や紫斑などの急性症状に見舞われた。「現在入手できる客観的証拠では、原爆投下後の残留放射線は無視できるとされている。なのに放射線を浴びた時の兆候や症状が表れている」。報告書は矛盾を指摘する。

大野陸軍病院で東京帝国大学の都築正男博士の説明を聞くマンハッタン管区調査団のスタフォード・ウォレン軍医大佐(後列右)=広島県佐伯郡大野村(現廿日市市)で1945年9月10日、新見達郎撮影

 報告書を作ったのはABCCの生物統計部長、ローウェル・ウッドベリー医師(故人)。原爆放射線による人体への影響を調査する研究の中枢にいた。

 広島では原爆投下直後、原子雲や火災に伴ってできた積乱雲から、核分裂で飛び散った放射性物質を含む黒い雨が降った。爆風で巻き上げられたほこりやちりも放射性物質とともに広範囲に落ちた。多くの人が浴び、空気や水、食物と一緒に体内に取り込んで被ばくしたと考えられる。

 だが、米政府は一貫して直接放射線以外の放射線の影響を否定した。被爆1カ月後の45年9月12日、広島・長崎を視察した原爆製造計画「マンハッタン計画」の副責任者だった米軍准将が「広島の廃虚に残留する放射線はない」と発表し、翌日の米紙ニューヨーク・タイムズが報じた。

 54年3月には米国のビキニ水爆実験で、静岡・焼津のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員らが放射性降下物の「死の灰」を浴びて被ばくした。それでも米原子力委員会は55年2月、上空500~600メートルで爆発した広島と長崎の原爆は水爆と異なり「危険な核物質は消散した」と発表した。

 ウッドベリー氏が、米本国のスタッフォード・ウォーレン医師(故人)らに異論を伝えたのはこの頃だ。だが、壁は厚かった。ウォーレン氏はマンハッタン計画の安全対策責任者。放射能を洗い流したといわれる45年9月中旬の枕崎台風の前後に広島と長崎に入り「患者の障害は危険な量の放射能が地上に残った結果ではない」と報告して政府見解を支えた。核開発にその後も関わった放射線研究の権威にウッドベリー氏ははね返され、政府を動かすことはできなかった。

 ABCC内部で黒い雨はどう見られていたのか。「組織として『調査をしよう』という動きはなかった」。当時、ABCCの印刷課にいた宮川寅二さん(93)=広島市南区=は証言する。ABCCは広島と長崎の被爆者ら約12万人を対象に55年ごろに始めた寿命調査で「黒い雨に遭ったか」との質問を設けた。質問票の書式を任された宮川さんは「余白ができたから盛り込んだだけだった」と言う。

 宮川さんの質問票が使われた61年までの調査に対し、約1万3000人が黒い雨に遭ったと回答した。しかし、75年にABCCが日米共同運営の放射線影響研究所(放影研)に改組された後も、長崎の医師らが回答の存在を2011年に指摘するまで「黒い雨に遭った場所や時間の情報が不十分だった」との理由で解析しなかった。

 ウッドベリー氏と同時期にABCCで被爆者らを診察した医師の玉垣秀也さん(97)=広島市佐伯区=も、黒い雨の影響を感じていた一人だ。「でも、ケロイドなどで苦しむ人が多い中、目に見えない問題に時間を割く余裕はなかった」と振り返って続けた。「もし、あの頃に詳細な調査を始め、黒い雨と症状の関連性が究明されていれば、国の援護政策は変わっていたかもしれない」

広島県と市が黒い雨が降ったと主張している区域

援護区域、国変えず 内部被ばくの影響無視

 国による被爆者援護は、原爆投下から12年後の1957年に原爆医療法(現被爆者援護法)が施行されて始まった。対象地域の拡大や手当の創設などが進められ、黒い雨を巡っては76年、広島の爆心地から北西側に広がる長さ約19キロ、幅約11キロの楕円(だえん)状の地域が援護対象区域に指定された。この区域にいた人は無料で健康診断を受けられ、国が「放射線の影響を否定できない」と定める11障害を伴う病気になれば、医療費が免除になる被爆者健康手帳を受け取れる。

 区域指定の根拠となったのは、終戦直後の45年8~12月、広島管区気象台(当時)の技師らが百数十人に聞き取りをし、53年に発表した大雨の雨域図だ。集落を内外に分断するような線引きに住民らは反発した。爆心地から約18キロの自宅で雨を浴びた本毛稔さん(80)は一緒にいた弟を翌月に肝硬変で亡くし自身も60歳を過ぎて白内障などを患った。自宅前を流れる川の対岸にいた同級生らと違って援護を受けられず「不公平だ」と憤る。

 しかし、国は80年に厚相(当時)の諮問機関が出した「被爆地域の指定は科学的・合理的根拠のある場合に限定して行うべきだ」との意見書を盾に、区域の見直しをしなかった。黒い雨に遭った人の高齢化も進み、広島市や県は2008年、3万人超を対象にアンケートを実施。援護区域の6倍の広さで黒い雨が降ったとして国に区域拡大を求めたが「60年前の記憶によっていて、正確性が明らかにできない」と退けられた。

 黒い雨の健康被害を認めない国がよりどころにするのが、45年8~11月の現地調査などのデータから放影研が作り、被ばく推定線量の計算に使われる評価システムだ。放影研は87年に出したシステムに関する報告書で「残留放射線の影響は無視できる程度に少ない」との見解を示している。

 「直接放射線による外部被ばくだけでは、被爆者にもたらされた健康被害の説明がつかない」。19年10月、広島地裁。援護区域外で黒い雨に遭った住民ら84人が被爆者健康手帳の交付を求めた「黒い雨訴訟」で、住民側の証人として出廷した広島大の大瀧慈(めぐ)名誉教授(69)は訴えた。

 75年から広島大原爆放射線医科学研究所に勤め、統計学の観点から原爆の影響を見続けてきた。広島市などのアンケートにも携わった研究者に気付きをもたらしたのは、11年3月の東京電力福島第1原発事故だった。

 低線量被ばくや内部被ばくが議論される中、広島大が約1万8000人の被爆者を対象に10年までの40年間に実施した健康調査のデータを改めて分析し、黒い雨が降った爆心地の西側では被爆した場所が遠いほど、がんで死亡する割合が高いとの結果が出た。原爆の放射線による健康被害のリスクは爆心地に近いほど高いという「定説」と矛盾する。「放射性物質を空気や水、野菜とともに体内に取り込んだことによる内部被ばくの影響が否定できない」と結論づけた。

 放射性物質が体内に入ると、排出されない限り局所的な被ばくが続く。だが、放射線量の測定方法は確立されておらず、がんの発生など健康への影響も解明されていない。被爆者援護法は「他の戦争被害とは異なる特殊の被害」を受けた人々を救済するために制定された。その趣旨を踏まえ、大瀧名誉教授は主張する。「黒い雨の影響で健康被害が生じたと断定できなくても、疑われるなら国は救済すべきだ」。29日に言い渡される判決が、国が内部被ばくと向き合う契機となることを期待している。

ABCC幹部 「黒い雨」の健康被害指摘 1950年代 米政府見解に異唱え 毎日新聞 2020年7月26日 朝刊1面

ABCC幹部 「黒い雨」の健康被害指摘 1950年代 米政府見解に異唱え

毎日新聞 2020年7月26日 朝刊1面

ローウェル・ウッドベリー医師の報告書に添付された広島市の地図。原爆の爆心地から1キロごとの距離を示す円と、原爆投下時に48人がいた位置を示す小さな丸印が書かれている
米テキサス医療センター図書館に残されていたローウェル・ウッドベリー医師の報告書=大阪市北区で2020年7月23日、平川義之撮影

米テキサス医療センター図書館に残されていたローウェル・ウッドベリー医師の報告書=大阪市北区で2020年7月23日、平川義之撮影

 原爆による放射線の人体への影響を研究していた米原爆傷害調査委員会(ABCC)の幹部が1950年代半ば、広島で原爆投下直後に降った「黒い雨」などの放射性降下物が病気の原因になった疑いがあると指摘し、詳細な調査が必要だと米政府関係者に伝えていた。原爆投下後の放射性降下物の人体への影響はないという米政府の見解に異を唱える内容だった。ABCCでもその後、詳細な調査は行われず、被爆75年を迎える今も、米政府は見解を変えていない。

テキサス医療センターに未公開報告書

 ABCCの生物統計部長だったローウェル・ウッドベリー医師(故人)が、戦後、米軍から核政策を引き継いだ米原子力委員会(現エネルギー省)の関係者らに送った未公開の報告書がテキサス医療センター図書館に残されていた。日付はないが、54年3月に米国が南太平洋のビキニ環礁周辺で水爆実験を実施し、被ばくが問題になった直後の調査の記述があることなどから、以後数年間に作成されたとみられる。

 報告書は、ABCCが広島・長崎で被爆した約4万人を対象に53~55年に実施した疾病調査で、原爆爆発時に出た直接放射線の影響がほぼないとされた爆心地から2キロ超の地点にいた48人に、放射線が原因とみられる急性症状や病気が確認されたと説明。4・9キロの地点にいて、投下翌日から放射性降下物が降った地域で父親を捜した女性(当時20歳)に脱毛が見られたことを例に挙げ「放射性物質が落ちた地域の線量は強く、症状を引き起こすだけの被ばくをした恐れがある」と指摘した。甲状腺機能障害とみられる症状が2キロ以内の人と同様に見られる点にも注目し「原因が黒い雨なのか、詳細な調査が必要だ」と訴えていた。

 原爆投下後の残留放射線について、米政府は45年9月に「存在しない」との公式見解を発表。55年2月には米原子力委が、上空500~600メートルで爆発した広島・長崎の原爆では放射性降下物は「害なく消えた」との見解を示し、その後も覆していない。ABCCの調査・研究を引き継いだ放射線影響研究所は「黒い雨について聞き取りはしたが、詳細な調査はしてこなかった」としている。

専門家「米政府があえて無視した可能性」

 米国の核政策とABCCの歴史に詳しい奈良大の高橋博子教授(日米関係史)は「広範囲に降った黒い雨の影響を認めれば『不必要な苦しみを与える兵器』の使用を禁ずる国際法に反する恐れがあり、米政府がウッドベリー氏の指摘をあえて無視した可能性がある」と話している。

 黒い雨を巡っては、広島県内の男女84人が、雨に遭ったのに被爆者健康手帳の交付申請を却下されたのは不当だとして、県と広島市に却下処分の取り消しを求めた訴訟の判決が29日、広島地裁で言い渡される。【小山美砂】

米原爆傷害調査委員会(ABCC)

 原爆による放射線の人体への影響を追跡調査するため、原爆投下を命じたトルーマン米大統領の指示で米学士院が設立した研究機関。1947年3月に広島市で研究を始め、翌年には長崎市にも拠点を置いた。75年に日米が共同運営する研究機関「放射線影響研究所」(放影研)に改組され、調査・研究を受け継いだ。