東電 福島第一原発の「処理水」を福島県沖に流してはいけない10の理由

東電 福島第一原発事故 核燃料デブリ汚染水の「処理水」の海洋放出について

2022年6月14日

内部被ばくを考える市民研究会

川根眞也

<要約> 
(1)東電が福島県沖から海洋放出しようとしている「処理水」はトリチウム水ではない。基準値以下ではありながら、プルトニウム239、ウラン235、ストロンチウム90などを含んだ放射能汚染水である。これは核燃料デブリを冷やすために使われた放射能汚染水であることには変わらない。

(2)トリチウムについて、① 自然界でも宇宙線によってトリチウムが作られていること ② トリチウムの出す放射線はベータ線であり、そのエネルギーが非常に弱いこと ③ トリチウム水の海洋放出に関する国際基準は60,000ベクレル/Lであり、東京電力が今回計画しているトリチウム水の放射能濃度はその40分の1の1,500ベクレル/Lであること をもってして、「科学的に安全である」とか「他の韓国、カナダ(原発からのトリチウム水やトリチウム水蒸気放出)、イギリス、フランス(核燃料の再処理工場からのトリチウム水やトリチウム水蒸気放出)もしているのだから」と経済産業省は主張している。

(3)しかし、自然界で作られるトリチウム量は地球規模で、年間70PBq(ペタベクレル)に過ぎない。一方、米ソの大気圏内核実験によってトリチウムは地球環境に大量に放出された。このトリチウム量は180,000~240,000 PBq(ペタベクレル)である(1945~1963年)。大気圏内核実験によって、トリチウムや炭素14、セシウム137やストロンチウム90が大量に地球環境に撒き散らされ、全世界で先天性奇形児、死産、流産が発生した。このことが1963年の米ソの部分的核実験禁止条約の締結につながった(大気圏内核実験の禁止)。

<参考>トリチウムの環境動態  阪上正信 核融合研究 第54巻第5号1985年11月 解説 より

(4)経済産業省は、諸外国の原発の出すトリチウム量や核燃料の再処理工場の出すトリチウム量と、東電福島第一原発が保有している放射能汚染水の中のトリチウム量(0.8PBq)とを比較して、福島県沖でも放出してよいのだ、と主張している。諸外国のトリチウムを大量に放出する原発の周辺で、あるいは再処理工場の周辺で、健康被害が起きているのか、いないのか、を調べるべきである。「他の国がやっているから大丈夫だ」とはならない。イギリス、セラフィールド再処理工場の周辺では小児白血病が増えている。カナダのピッカリング原発の周辺では遺伝障害、新生児死亡、白血病死亡が見られている。経済産業省は「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」を15回開いて報告書をまとめたが、カナダ、韓国、イギリス、フランスでの現地調査を行っていない。

(5)トリチウムは水素である。放射性水素であるトリチウムは安定な(放射能のない)水素と容易に入れ替わる(同位体交換)。ヒトや生物のからだの設計図であるDNAの二重らせん構造は、水素結合で結びついている。トチリウムが水であろうと水蒸気であろうと、ヒトや生物の体内に入ったときに、容易にこのDNAの二重らせんを構成している水素と置き換わる。そして、トリチウムの半減期は12.3年であり、ヒトが生きている間に崩壊する可能性が非常に高い。DNAを構成する水素がトリチウムに置き換わり、ベータ線を出して崩壊したときに、そのDNAはずたずたになる。トリチウムがエネルギーはどんなに小さいものであっても、DNAを構成している分子の結合エネルギーよりははるかに大きい。すべての放射性核種の中でもトリチウムほど、DNAと結びつきやすいものはない。経済産業省のトリチウム水の処理についての議論で、トリチウムがDNAをもっとも結びつきやすい核種であることは検討された形跡がない。

(6)東電が福島県沖1kmで海洋放出しようとしている、「処理水」のトリチウム水濃度は最高1,500ベクレル/Lである。国際的なトリチウム水の海洋放出の基準が60,000ベクレル/Lであるから、さも安全かのような主張をしているが、そもそも、現在の海水のトリチウム水濃度は1ベクレル/L以下である。かつて、米ソが大気圏内核実験を競い合って行っていた頃には、降水中のトリチウム水濃度は一時400ベクレル/Lを超えた。東電福島第一原発事故直前の日本分析センター(千葉県千葉市)で採取された降水は0.35ベクレル/Lである。東電福島第一原発事故が起きた2011年3月1日~4月1日の平均でもたかだか1.5ベクレル/Lである。東電が来年春か秋には放出しようとしている「処理水」のトリウム水濃度は1,500ベクレル/Lであり、この1,000倍にあたる。直接、ヒトが飲むわけではないが、海洋の生物に深刻な影響を与えかねない。

千葉市における月間降水中のトリチウム濃度および降下量(2011年2月~2012年1月)

(7)トリチウムがベータ崩壊をしたときに出すベータ線のエネルギーは最大18.6keV(キロ電子ボルト)である。これは様々なベータ線を出す放射性核種の中でももっとも弱いエネルギーと言ってよい。何人かの放射線の専門家がこのトチリウムの出すベータ線のエネルギーの弱さを持って、トチリウムは安全かのように説明している。しかし、これは放射線生物学をまったく知らない素人判断である。放射線が細胞やDNAに与える影響を考える際には、LET(線エネルギー付与)を考える。放射線は確率的には360°どの方向にも放射されうるし、半減期をはるかに過ぎてもまたは半減期を待たずにすぐにでも放射されうる。ただ、半分の核種が半減期には崩壊するという確率が成り立っている。しかし、放射線はたった1本の直線上に放射される。それが強いエネルギーを持っている場合は、生物の細胞の原子の軌道電子と相互作用を起こして、さらにX線や二次電子を出す。その放射線が生物の体内や水などの中で、それくらいの長さの線分をどれくらいのエネルギーを与えるか、がLET(線エネルギー付与)の考え方である。LET(線エネルギー付与)が大きい放射線ほど、細胞やDNAにダメージを与える。DNAでは、二重らせんのうち、一方だけの鎖を切断した場合は正しく修復されやすい。正常なもう一方の鎖が相手を正しく修復することができるからである。しかし、二重らせんの両方を切断された場合(二本鎖切断という)は、DNAが誤って修復される可能性が増えて、これががんの原因になりやすいと考えられている。欠失や転座がそれである。安定型染色体異常と呼ばれ、何世代にも影響を与える可能性がある。LET(線エネルギー付与)は、ベータ線でもアルファ線でも、その持つ放射線のエネルギーが大きいほど小さい。つまり、その放射線のエネルギーが小さいほど、そのLET(線エネルギー付与)は大きくなる。トリチウムの出すベータ線の最大エネルギーは18.6 keV(キロ電子ボルト)、ストロンチウム90の出すベータ線の最大エネルギーは546 keV(キロ電子ボルト)、イットリウム90の出すベータ線の最大エネルギーは2,280keV(キロ電子ボルト)。この3つのベータ核種のうち、もっともLET(線エネルギー付与)が大きいのはトリチウムである。ストロンチウム90やイットリウム90ではない。つまり、この3つの核種を比べたときに、もっともDNAの二重鎖切断あるいは欠失や転座を引き起こしかねないのは、トリチウムである。出すベータ線のエネルギーが弱いからこそ、同じDNAの近くでフリーラジカルをたくさん作り、二重鎖切断を引き起こす。エネルギーが大きければ、1つの細胞のDNAから離れた別のDNAを攻撃して切断する。同じDNAが損傷を受ける危険性が小さくなる。

(8)アメリカの原爆開発に従事し、その後、作業員の放射線の許容線量を求めたカール・Z・モーガンは、原子力産業や核兵器開発から作業員を守るために、「保健物理学会」を設立した。カール・Z・モーガンは1950年から1971年まで国際放射線防護委員会(ICRP)および全米放射線防護委員会(NCRP)の内部被ばく線量委員会の委員長を務めた。彼は、トチリウムの「線質係数」は当時1.7だったが、そのDNAへの攻撃性により、4か5に引き上げるべきだ、と主張した。しかし、国際放射線防護委員会(ICRP)は、トリチウムの線質係数を1.7から1に引き下げた。それは線質係数が引き上がれば、放射線によるガンのリスクも引き上げることになり、原子力産業が守るべき放射線防護基準が厳しくなるからであった。カール・Z・モーガンはまた、オークリッジ国立研究所(ORNL)のテネシー州の核施設で、その放射性廃棄物で周りの環境がどのくらい放射能汚染をしたのか調査した。その結果、ある種の放射性核種は、植物や動物によって、数百倍から1万倍まで濃縮されることを見つけている。また、プルトニウム生産工場があったワシントン州ハンフォードでは、コロンビア川の川底に生息している魚が川の放射能汚染の100万倍も汚染されていることを報告している。①でも書いたように、東電が福島県沖から放出しようとしている「処理水」は、核燃料デブリに触れた水である。どんなに基準値以下であろうと、プルトニウム239、ウラン235、ストロンチウム90などを含んでいる。この放射性核種が、どのような植物性プランクトン、動物性ブランクトンや魚介類、水棲生物によって、濃縮されるからはまだ、分かっていない。しかし、1万倍や100万倍に濃縮される可能性があることを前提に議論を進めるべきであろう。

(9)東電は、トリチウム汚染水(東京電力はALPS処理水と呼ぶ)を海洋放出するにあたって、その汚染水でヒラメを育てる、という計画を発表している。2022年3月17日からそのための「海洋生物飼育練習」が開始されている。基本的に、東京電力が行う海洋生物実験は、利益相反があるので、安全性の証明にはならない。国際原子力機関(IAEA)も同様に利益相反があるので、行ってはならない。地元福島県漁協を含めた、中国や韓国、北朝鮮の漁協も参加し、海洋調査機構による海洋生物実験ならば、安全性の証明になるだろう。東京電力の「海洋生物飼育練習」はお粗末そのもので、まだ、ALPS処理水も入れていない段階でヒラメが次々と死んでいる(2022年5月24日以降)。そもそも、魚を単純に海水の中で、エサを与えて育てるという発想そのものが単純であり、海の魚が生息できる環境をまったく理解していない。そもそも、海洋生態系の中で、放射能の生物濃縮が起こるのであり、水槽にALPS処理水を入れたのはまったく違うことが、トリチウム汚染水(トリチウムだけではない)を海洋放出した際には起こる。東電の海洋生物実験は、海洋生態系を無視し、実際の海洋放出とはまったく異なるものである。即刻中止すべきである。

(10)東京電力や経済産業省は、問題をトリチウム汚染水だけの問題に矮小化している。しかし、根本的な問題は、核燃料デブリが取り出せない、という問題であり、また、今後数十念、数百年、数千年、はたまた数万年も核燃料デブリを冷やし続けなくてはならないという問題である。核燃料デブリが今、どこに、どのような状態であるのかもわからないのに、核燃料デブリは取り出せない。そもそも、取り出した核燃料デブリはどこにどうやって保管するのか。現在のまま、水密で保管した方が危険性が少ないのは明らかである。また、核燃料デブリの調査のたびに、大量の放射能が環境に撒き散らされているのは明らかである。トリチウム汚染水の問題よりも、核燃料デブリをどのようにして安全に保管するのか、そして、核燃料デブリに触れた汚染水をALPSで処理しているが、その処理の際に取り除かれたプルトニウム239やウラン235、ストロンチウム90などをどうやって安全に保管できるのか、が重要である。ウラルの核事故の例に見るように、高レベルの核廃棄物の処分場では、しばしば大爆発が起きている。増え続ける汚染水の問題と同時に、核燃料デブリが取り出せないという結論を出すべきであるし、核燃料デブリに触れた汚染水を処理する際に出来た高レベルの放射性廃棄物をどのようにして安全に管理すべきか、早急に結論を出すべきである。

<参考1>

低レベル・トリチウムの遺伝的効果について 特に染色体異常を中心に 堀雅明*1, 中井斌*1 保健物理, 11, 1~11(1976) 総説

<参考2>

極めて低線量のトリチウム被ばくによるヒトリンパ球で誘導された染色体異常の、普通ではない線量―応答関係 堀雅明 中井斌

<参考3>

国連科学委員会1977年報告 p.476~477 ANNEX H 375 376 377 トリチウム水によるヒトリンパ球の染色体異常の誘導 堀雅明 中井斌による研究

[解説]内部被ばくを考える市民研究会 川根眞也

 上記の3つの資料では、トリチウム水(HTO)やトリチウム-チミジン(3H-TdR)が染色分体異常を引き起こすことが書かれている。特に重要なのは<参考1>で日本語で書かれた論文だが、論文中にはコメントされていないが、37ベクレル/Lのトリチウム水で、3700ベクレル/Lのトチリウム水と同じ程度の、染色分体異常が引き起こされている実験結果が示されていることである。以下に実験結果を再掲する。これは、<参考2>では削除され、<参考3>のUNSCEAR1977年報告では言及されていない。

<参考4>

トリチウムの「線質係数」は1.7ではなく、4か5にすべきだ。ーカール・Z・モーガン

 アメリカの原爆開発”マンハッタン計画”に携わり、その後も原発や原子力産業で働く作業員の被曝許容線量を求めてきたカール・Z・モーガン。彼は、1950年から1971年までの間、国際放射線防護委員会(ICRP)および全米放射線防護委員会(NCRP)の内部被ばく線量委員会委員長を務めた。そのカール・Z・モーガンが著書『原子力開発の光と影 核開発者からの証言』昭和堂、2003年で、トリチウムのDNAへの危険性について語っている。1947年にモーガンたちが考えたよりも、50倍癌のリスクが高まっているにもかかわらず、放射線防護基準を決める機関である国際放射線防護委員会(ICRP)が、トリチウムの「線質係数」を1.7から1に引き下げたと書いています。モーガンは、トリチウムの「線質係数」は1ではなく5に引き上げるべきだ、と書いています。

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